3人のおじさん書店員が独断で決める2010年夏の文庫フェアベスト10

文=本の雑誌特派員

日本の夏には「夏100」と呼ばれる文庫フェアがあるが、新潮文庫、角川文庫、集英社文庫と三社合わせて300冊以上もお店に並び、ここから本を選ぶのもさあ大変! そこですっかり年を取っているのにも気付かず、自分がサザンやビーチ・ボーイズ並みに夏が似合うと思い込んでいるおじさん書店員三人が立ち上がり「俺たちが勝手にランキング付けちゃうから、ビールちょうだい!!」と居酒屋で座談会を始めてしまった。名作と傑作が並ぶ夏100文庫から、本好き酔っぱらいおじさん書店員達が何を選ぶのか、乞うご期待!


内田剛(41歳) 三省堂書店成城店
沢田史郎(40歳) 丸善ラゾーナ川崎店
高坂浩一(39歳) 堀江良文堂松戸店

1位 『映画篇』 金城一紀 集英社文庫
2位 『岳物語』 椎名誠 集英社文庫
3位 『エイジ』 重松清 新潮文庫
4位 『夏の庭』 湯本香樹実 新潮文庫
5位 『永遠の出口』 森絵都 集英社文庫
6位 『フライ、ダディ、フライ』 金城一紀 角川文庫
7位 『家日和』 奥田英朗 集英社文庫
8位 『ブラバン』 津原泰水 新潮文庫
9位 『青の炎』 貴志祐介 角川文庫
10位 『無人島に生きる十六人』 須川邦彦 新潮文庫

女性部門
1位 『塩狩峠』 三浦綾子 新潮文庫


内田 文庫売り場には定番の夏の100冊フェアがあって、新潮文庫、角川文庫、集英社文庫の3社で300冊以上あるわけですよね。その中からベスト10を作っちゃおうという無謀な企画がこの座談会です。

沢田 この10冊だけはこの夏に読んで欲しいと。

高坂 書店によっては裏夏とかいって出版社の100冊以外から本を選んでフェアとかしてますけどね。

沢田 うちやってるよ。

内田 でも今回は裏じゃなくて、表の中からベスト10を選ぶんですよね。

沢田 ありそうでなかった。ただ、冊子見ながら選んだんだけど10冊選ぶのが大変だったよ。意外とない。

内田 えっ?! 僕なんか各社で10冊ずつ、全部で30冊選んで来ましたよ。

高坂 ヤラシイなあ(笑)。

沢田 卑怯な善人だね。なんか好きじゃないな(笑)。

高坂 今回は各社平均して何冊とか商売的なことは抜きにして、本当に好きなものでベスト10を作りましょう。

沢田 堂々と胸張って「これだけは死んでも読め!」っていうのね。俺は300冊の中から4冊かな。

内田 じゃあそれを言って行きましょう。

沢田 まずは当り前過ぎて申し訳ないけど夏目漱石の『坊っちゃん』! ほんとうに大好きで、朗読のCDも持ってるの。

高坂 好きなんですよねえ。以前一緒に飲んで駅に向かって歩いている時、朗読してたもんね。

沢田 うん。『坊っちゃん』の朗読は風間杜夫がやってるんだけど、すごく上手いの。それから金城一紀の『映画篇』。何で本屋大賞取らなかったんだろう? 今でも信じられない。それと重松清の『エイジ』。最後に椎名誠の『岳物語』。この4冊は譲れない。

内田 『岳物語』、僕も入れてますよ。なぜか今年はカバーが蜂の表紙になっちゃったけど。

沢田 あっ! ほんとだ。これはショック!! 小冊子に付箋貼ってるのに気がつかなかった。あの魚釣りのカバーが良かったのに......。蜂の表紙がカワイイのは認めるけど、『岳物語』はこれじゃない!

内田 この表紙見て、女子高生とかが買ったら、「なにこれ!」ってビックリするかも(笑)。

沢田 ほんとうは『続 岳物語』の方が好きなんだよね。息子の岳君が椎名さんをプロレスで持ち上げちゃうってシーン。あれは切なくてカッコよかった。

高坂 本気で推してるのは、この4冊ってことですね。

沢田 うん、そうだね。この4冊を読んでなんか文句があるなら、「表に出ろ」って感じ(笑)。

内田 それはツライなあ。

沢田 別に表に出て何をするってわけでもないけど(笑)。

高坂 じゃあ、次は俺ね。全部で10冊選んできてるんだけど、まず沢田さんと被ったのは、まず金城一紀の『映画篇』。それと同じ金城一紀の『レボリューションNo.3』と『フライ、ダディ、フライ』でしょう......って10冊中3冊金城一紀ってどんだけ好きなんだって感じだけど(笑)。

内田 僕も『映画篇』と『フライ、ダディ、フライ』を入れてますよ。

高坂 それから今現在のオッサン的な視点で考えて奥田英朗の『家日和』。

沢田 それは入れるか迷った。

高坂 オッサンが読んで楽しめる夏100って言ったら入るよね。また沢田さんと被るんだけど『岳物語』。「表に出ろ!」とは言わないけど(笑)。それから山本幸久の『美晴さんランナウェイ』ですね。

沢田 山本幸久は俺も大好きなんだけど、ただ『美晴さんランナウェイ』でいいのか? って問題があるよね。

高坂 良い作品だけど代表作とは言えないですね。ただ、夏100に入っているのこの作品だけなんですよ。

内田 そうなんですよ。それは高野秀行も一緒ですよね。

沢田 『異国トーキョー漂流記』が入っていて、作品としても俺は好きだけど、高野さんの中のNo.1かって言われるとね。

内田 今回は夏100から選ぶっていう条件だからそこが歯がゆい。

沢田 いつかみんなで挑戦的なフェアをやってみたいね。これを読むんだったら、こっちだろうって。

内田 異議申し立てフェア(笑)。

高坂 面白いかも。

内田 で、高坂さんはとにかく金城一紀3作ですか?

高坂 だって、金城一紀のファンなんだからワン・ツー・スリーで決まりじゃん!(笑)

内田 『映画篇』の完成度も素晴らしいし、『レボリューションNO.3』と『フライ、ダディ、フライ』の<ゾンビーズ・シリーズ>はしびれちゃいますね。

沢田 お客さんから『レボリューションNo.3』のNo.1とNo.2はどこですか? って訊かれたことがある(笑)。

高坂 あと本屋大賞が取れなくて残念だった三浦しをんの『風が強く吹いている』。青春モノを夏に読みたいって人にはオススメだね。それから今回表紙が変わった中で宮部みゆきの『レベル7』が良かったかな。『レベル7』すごく好きなんだよね。

沢田 そう? 俺は宮部みゆきって、絶対『レベル7』じゃないんだよ。

高坂 それは分かるんだけど、初めて読んだ時に、最初と最後がつながったのと、『パーフェクト・ブルー』の蓮見探偵事務所がチョット出てきたのが何か凄く嬉しかったんだよね。

沢田 全然覚えてないや(笑)。

高坂 本屋大賞の恩田陸『夜のピクニック』も入れておきたいし、貴志祐介の『青の炎』も好きなんだよね。若さ故の暴走が切ない。あれはオッサンが読んでも切ないんじゃないかな。

沢田 青春モノで俺が好きなのはね、津原泰水の『ブラバン』ね。ただこの良さがわかるのはある程度年をとってからかも。

高坂 じゃあ公平に選んできた善人の内田さんのベストを。

内田 30点も選んできっちゃったから整理しながら発表しますね(笑)。新潮文庫から夏だったら絶対読みたいNo.1は、『無人島に生きる16人』須川邦彦。

高坂 『十五少年漂流記』のオッサン版ですね(笑)。

内田 これで初めて会社サボりました。

沢田 えっ、本当に?

内田 通勤の電車の中で読んでいて、あまりにも天気が良くて、しかもこんな面白い本を読んでいて......。「ああ、今日会社に行きたくないな」って。会社の目の前から電話して、「スイマセン、今日具合が......」とか言って休んじゃいました。

高坂 そんなことここでカミングアウトしていいの?(笑)

内田 それほど面白いと進退をかけてオススメしたい(笑)。あと定番でしょうが、湯本香樹実の『夏の庭』と『西の魔女が死んだ』は外せない。角川文庫は『フライ、ダディ、フライ』絶対の推薦で、笹生陽子の『楽園のつくりかた』と川島誠の『夏のこどもたち』。あさのあつこの『バッテリー』やはらだみずき『サッカーボーイズ』も入れたい。集英社文庫の代表はまず『映画篇』! あと森絵都の『永遠の出口』が大好きで、僕の中では第1回本屋大賞受賞作として勝手に表彰しています。実際には残念ながら4位なんですよね。しかもこれ昔の千葉そごうが出てくるんですけど、僕ちょうど単行本が出た時に千葉そごう店で働いていたんで、より一層愛着が湧くんですよ。

沢田 昔の千葉そごうでいつ頃の?

内田 かなり前ですよ。今の場所じゃなくて、ヨドバシのビルに東洋一の百貨店が出来たという頃です。

沢田 エレベーターのところに、いらっしゃいませ人形がいたんだよね。一日中「いらっしゃいませ」って言っていたよ(笑)。

高坂 しかし、みんなバラバラですねぇ。

内田 挙げてないけど当然の名作もいっぱいありますからね。夏目漱石の『こころ』や宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、絶対読んで欲しいですよ。

高坂 集英社に川上健一が入っていないのが残念だよね。

沢田 俺、個人的には川上健一をそんなに好きじゃないけど、確かに『翼はいつまでも』は夏の文庫に入っていて欲しいね。

高坂 この時期、川上健一を売らないで、いつ売ればいいんだよって。

内田 夏に売りたい作家ですよね。そういう作家を選んで欲しい。

高坂 今の若い子には受けないって判断なのかなあ。携帯電話のない時代を知らない世代には理解しがたいのか。

内田 でも読んで欲しいですよね。

沢田 そういえば入ってないといえば、太宰治の『走れメロス』が入ってないね。

高坂 3社とも『人間失格』だ。

沢田 「メロスは激怒した」とかって、ぶった切ったような文体が好きなのになあ。勢いがあってね。

内田 いいですよね。

沢田 太宰治って『人間失格』のイメージが強いけど、希望をもてる話もすごい良いんだよね。『バンドラの匣』とか大好きなんだ。

内田 みんなが同じ作品を選ぶことはないですよね。シェアして欲しい。

高坂 カバーを人気の漫画家に描いてもらったりして工夫はしているんですけどね。

沢田 そこは評価してるんだよね。

内田 いろんな入口から本に触れますから。きっかけ作りですよ。

沢田 表紙で本の世界に入るのも、「王様のブランチ」から本を読むのも一緒だもんね。

高坂 確かにね。

内田 本を手にする手掛かりになってくれればいいですよね。

沢田 新潮社の宮本輝も著者のライフワークだから『流転の海』にしたくなる気持ちもわかるけど、初めて宮本輝を読む人が、『流転の海』なの?って気がするね。

内田 そうですね。何がいいですか?

沢田 『優駿』が一番好きだけど、それも違うかも。『蛍川・泥の河』は難しいかもしれないし、『青が散る』かなあ。

高坂 新潮文庫じゃないですよ(笑)。

内田 そうなんですよね(笑)。角田光代とかもこの3社じゃないところに名作がある。

高坂 ところで自分が若い頃に夏の文庫フェアで本買って読んでましたか?

沢田 読んだ読んだ、背伸びして『武器よさらば』。キスシーンだけで照れちゃって読み進むのがつらかった(笑)。でも、中学の時だったからもしかして夏100じゃないかも。

内田 『老人と海』にしておけば良かったのに(笑)。

沢田 『老人と海』も読んだんだけど、若い頃はものすごく地味な小説にしか思えなかった。

高坂 俺も『老人と海』は読んだなあ、薄いから(笑)。

内田 学生時代は、薄い方面からアプローチしますよね。

高坂 カフカの『変身』とか。

内田 カミューの『異邦人』。

沢田 えー、俺は逆だった。夏100だと読める気がして、厚いのに挑戦してたよ。

内田 確かに夏休みで時間はあるから1日1冊読もうとか考えはしましたね。

沢田 あれもこれも読んで、夏休み明けにはインテリになっちゃうぞって(笑)。

高坂 インテリを目指さなかった俺は、『異邦人』と『変身』で薄いやつ(笑)。あと『春琴抄』。

内田 谷崎潤一郎は学生時代に読むには難しいですよね。

高坂 『春琴抄』の目を刺すシーンが何回読んでも痛くてね。自分は谷崎作品の主人公とは正反対の人間だと思ったよ。それは『痴人の愛』にしても同じ。だけど読んじゃうんだよね。

内田 しかし、名作モノを入れるとキリがありませんね。土俵が違うって感じ。今回のランキングからは外して考えた方が良さそうですね。

沢田 ところで新潮社の夏100には、三浦綾子の『塩狩峠』がずーっと入っていると思うんだけど、そんなにいい話かい?

高坂 だってやんちゃだった子どもが最後自己犠牲で電車停めちゃうんだから、そこだけでいい話でしょう(笑)。俺からするとぜんぜんやんちゃじゃないんだけど。

内田 うちの奥さんが大好きで、この企画の話をしたら、いの一番にナンバー1って付箋張られた。

高坂 えーっ? やっぱり! うちの奥さんも大好きで、何冊か読まされましたよ。

内田 これをベストテンに入れなかったらうちは離婚騒動になりますね。

沢田 それは問題だね。じゃあ女性部門の1位。これだけは決定! でもね、その新潮社の目録って意外と手を抜いてんだよね。

高坂 ああ、夏100のね。

内田 それは僕も思いました。

沢田 白黒だしさ。集英社や角川なんか、これを読んだら次はこっちみたいに紹介したりして工夫しているんだよね。

内田 そうなんですよ。

沢田 新潮文庫本体の目録はあんなにちゃんと作れるんだから、この小冊子にはもうちょっと頑張って欲しい。

高坂 そろそろベストテンを決めますか? なんか責任が重大なんで俺、トイレに行ってきますね。その間に決めといて下さい。

内田 逃げましたね(笑)。

沢田 ほんとうに行っちゃったよ(笑)。しかし、みんなの推薦からベスト10を決めるの大変だよね。とにかくただ自信持って薦められるのを選ぼう。バランスじゃなくて。えーっと、みんながそう思っているのは、『映画篇』と『岳物語』かな。

内田 これは1位と2位で仕方ないでしょう。

沢田 俺ね、『岳物語』を初めて読んだのが20代で、例えばあれを中学生のときに読んだらどう読めるんだろうってずーっと思っているんだよね。もう一度、中学生に戻って読んでみたい。

内田 それはありますね。ああいう父ちゃんをどう思うか。どこの視点で読むか。『映画篇』と『岳物語』が1位と2位。

高坂 もう決まりました?

沢田 帰ってきたよ(笑)。『映画篇』と『岳物語』がとにかくワン、ツー。

高坂 文庫化になって『映画篇』を読み返したんだけど、改めて良い小説だと思った。

内田 僕も読みかえしましたよ。やっぱり傑作ですよ。

高坂 俺、初めて読んだときは1編目の『大陽がいっぱい』に引っ張られていたんだけど、今回読んでみて最後の『愛の泉』に改めてしびれちゃって、やっぱり全部いいやって(笑)

沢田 金城さんて、これはもう相当映画好きでしょう。

高坂 滲み出てくるよね。

沢田 中に出て来る映画がものすごく見たくなる。これってすごいことだよね。俺たちもPOPを書いたりして一生懸命面白い本だってお客さんに伝えたりしているけど、本当にその本を読みたくさせるって難しいじゃない。まあ俺たちと金城さんを比べるもんじゃないけど(笑)。

高坂 しかしなんでこれが本屋大賞じゃないんだろう。あの年は伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』なんだよね。しかも5位! 許せない(笑)。

内田 その想いをここで晴らしましょう。『映画篇』が1位、『岳物語』が2位。

沢田 この二作を読んで、読まなきゃよかったって思う人がこの世の中にいるのかな。

高坂 もしいたら何がそんなに嫌なのって訊きたい。「表へ出ろ」みたいな(笑)。

沢田 まあ出て何をするというわけでもないんだけど。家に帰るだけだから(笑)。

内田 すくなくとも僕らの世代、おっさん世代にはこの二冊を推薦しましょう。それから『ブラバン』も入れたいなあ。

沢田 青春を取り戻せないんだって気付いてからだね、『ブラバン』の良さがわかるのは。

高坂 おっさんが選ぶって感じだからね、8位!

沢田 俺ね『エイジ』が入らないんだったら腹を切るよ。

内田 表に出たり、腹切ったり大変ですよ(笑)。

沢田 これは正真正銘、若い子たちに読んで欲しいんだよ。あと若い子の親にも読んで欲しい。

高坂 そこまで言うなら3位でいいですよ。じゃあ俺は『青の炎』を入れて欲しい。自分を過信して暴走しまう所が「若さだよなぁ」と感じてなんとも切ない。

内田 『青の炎』はいいと思う、9位。

高坂 あとさ、やっぱり一作家一作品なの?

沢田 いやいや別に、とにかく読んで欲しい本を入れるの。

高坂 じゃあ、金城一紀の『フライ、ダディ、フライ』を入れて欲しい。シリーズ2作目だけど、お願い!

内田 わかりました、6位! 僕はもう『永遠の出口』をどうしても。

沢田 表に出ろって感じ?(笑)

内田 そう。でも僕の場合は「こっちにおいで。ゆっくりお話しましょう」って感じ(笑)。

高坂 5位ですね。

沢田 会社をサボった『無人島に生きる十六人』は良いの?

内田 もちろん入れてください。進退をかけてますから。

高坂 10位にしよう。

沢田 残っているのは、4位と7位。

高坂 あっ! お店、ラストオーダーだって。

内田 表に出ろってことですね(笑)。『夏の庭』と『家日和』でいいですね。

(2010年7月12日 ガード下の居酒屋にて収録)

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