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第13回:東野 圭吾さん (ひがしの・けいご)

東野 圭吾

新作『トキオ』が出たばかりの東野圭吾さんが連載第13回に登場です。1作、1作、モチーフを変えながら、新しさあふれるストーリーで読者を楽しませてくれる東野さん。今回は親子の情愛を核に、タイムスリップや1970年代という時代、浅草という場所などの要素がからまりあって物語が展開します。東野さん自ら「集大成的作品」と呼ぶそんなストーリーには、もちろんこれまで読んでこられた本たちが、流れ込んでいたのでした。

(プロフィール)
1958年大阪府生まれ。大坂府立大学電気工学科卒業。
1985年第31回江戸川乱歩賞を『放課後』で受賞。
1998年『秘密』で第52回日本推理作家協会賞を受賞。
著書に『どちらかが彼女を殺した』『白夜行』などがある。

【本のお話はじまりはじまり】

――新作『トキオ』の舞台になっている1970年代は、東野さんの中学、高校、そして大学時代にあたります。その頃、作家になる以前の東野さんはどんな読書をされていたんでしょう?

東野 : 本を読む子どもじゃなかったんです。とにかく中学までは何も読んでなかった。高校生になって多少、読むようになったかな。姉がミステリーなんかを読んでいたから、その影響もあったのかもしれません。それまでは、親からも、学校の先生からも、本を読め、読めとずっと言われっぱなしでした。というのは、国語の成績がひどかったんですよ。試験でも合ってるのは漢字ぐらい(笑)。読解なんて全然できなくて。というより、問題文読むのがすでにもう苦痛でしたから。

――高校生の頃に読んで、印象に残っているものというと……?

アルキメデスは手を汚さない
『アルキメデスは手を汚さない』
小林久三(著)
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東野 : 小峰元さんの『アルキメデスは手を汚さない』でしょうか。当時の江戸川乱歩賞受賞作品です。自分と同じ高校生が出てくるストーリーで、そのせいもあって最後まで読んだのを覚えています。今で言うと、赤川次郎さんのような感じかな。それが、ちゃんと最後まで読んだ初めての作品です。

――それからミステリーの世界にどっぷりというわけでしょうか? 好きな作家は誰でしたか?

東野 : 読んだでたのはほとんどミステリーだったし、特に乱歩賞作品はほとんど読んだけれど、どっぷりとはならなかったですね。特に好きな作家もいなかったな。

――では、小説を書き始めたのも、同じ頃ですか?

東野 : 『アルキメデス』を読んだ後、まだ1冊しか読んでないのに、自分で推理小説を書いてみたんですよ。半年かけて、原稿用紙で300 枚ぐらい書きました。

――読むより書くほうが好きだったということでしょうか?

東野 : そうですね、読むよりも書くほうが好きだったんでしょうね。これは僕のいつものことなんだけど、気に入ったものがあるとまねをしたくなるんです。子どもの頃にも『鉄人28号』が好きになるとマンガを書いてみたり、ギターを買ってもらって作詞、作曲をやってみたり。

――実際に小説を書いてみて、どういう感慨をもたれましたか?

東野 : 書くというのはこういうなのかと実感しました。書くことは誰にでもできるけれど、評価されるのはその出来映えなんだなって。

――次作に取りかかったのは……?

東野 : その後書き始めて、でも、4年かかりました。高校生活はそれはそれで楽しかったし、浪人もしたし。でも4年かかって400 枚で完結させました。今も、大阪の実家のどこかに残っているはずだから、僕のホームページに載せたいんだけどな(http://www.keigo-book.com/)。

――高校時代、何か熱中していたことがあったのでしょうか?

東野 : 映画監督になりたいと思ってました。映画には絵も音楽もストーリーも、それまで僕がまねしてみたことのすべてがあるじゃないですか? 2本撮りました。スタッフ総出ですから、出演もしてます。映画については、『スターウォーズ』を僕が見たのは大学の時だったんです。高校時代に『スターウォーズ』を見てたら、もっと映画のほうにのめり込んだかもしれませんね。でも、当時見たのが『ジョーズ』だったからな……(笑)。

【新作『トキオ』のことなど】

トキオ
『トキオ』
東野圭吾(著)
講談社
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――『トキオ』は、若い頃の父親のところに未来から息子がタイムスリップして来て、危機を救います。タイムスリップはストーリーを構成する大きな要素になっていますが、SFを読んできた経験というのは……。

東野 : タイムスリップものですぐに思い出すのは、ハインラインの『夏への扉』ですね。でも、僕としては『トキオ』を自分なりの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にしたかったんですよ。子どもをなくした親の思いや、子どもは若く死んだとしてもそれでも生まれてよかったと思っているのかどうか、そういうことを書いてみたかったんです。

――加えて舞台になっている1970年代や浅草という場所も大事な要素になっていますね。

東野 : 浅草は東京でいちばん好きな場所ですね。僕は大阪の生野区という下町の出身なんですが、そこと似てるんですよ。水が清すぎると住みにくいというべきか、ごちゃごちゃしてるところが僕にはいいんです。空気のいいところに行ったりすると、何か違うと思うんです(笑)。上京して初めて行った東京の名所は花やしきでした。林海象監督の映画『夢見るように眠りたい』に映ってる花やしきが好きだったし。

――『トキオ』の表紙も花やしきですよね。

東野 : だから『トキオ』は浅草へのオマージュでもあるわけです。この作品で50作近く書いたことになりますが、書いていていちばん楽しかったですね。作品が等身大というか、自然な感じというか。作者が書きたいことだけを書いた作品です。

――記念碑的な作品なんですね。

東野 : 集大成的なところはあると思います。作家にとって自然な作品であるというのは、自分が書きたい世界を書きたいように書いた結果なんですね。それは、自分がいたい世界を書いたとも言えます。

【最近の読書といろいろな話】

アラビアの夜の種族
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『ダイスをころがせ!』
真保裕一(著)
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あしたのジョー(1)
『あしたのジョー (1)』
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高森朝雄(原作)
ちばてつや(著)
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巨人の星 (1)
『巨人の星 (1) 』
講談社漫画文庫
梶原 一騎(原作)
川崎 のぼる(著)
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――よく行かれる本屋さんはありますか?

東野 : 特にないですね。本屋に行く回数も以前より減ってます。でも、インターネット以前から本の宅配みたいなものをよく利用してたし、読みたい本は本屋に行かなくても買えるというのが僕の考えです。それと、文庫にしろ他の本にしろ、すぐに新刊が出て、本屋の棚が入れ替わってばかりで掘り出しものを探す楽しみもなくなってますね。

――最近読んだなかで印象に残っている本はありますか?

東野 : ベストセラーになっているものもほとんど読まないんですが……。古川日出男さんの『アラビアの夜の種族』や真保裕一さんの『ダイスをころがせ!』などがおもしろかったですね。

――常に手の届くところにいつも置いてある本があれば教えてください。

東野 : いつも読んでるのがあります。『あしたのジョー』と『巨人の星』です。僕がもっとも影響を受けたのは、この2作品ですね。大学時代に松本清張さんの作品をほとんど全部読んだこともあったけど、ジョーと飛雄馬からの影響のほうがずっと大きいですね。『トキオ』の宮本拓実が野球とボクシングをやってる理由はここにあります。

――……なるほど!

東野 : 『あしたのジョー』や『巨人の星』に描かれている風景は、『トキオ』の下町の風景と共通しています。僕は70年代の東京を実際には知らないから、ジョーと飛雄馬を通して教わったようなものなんです。両方ともガスタンクが出てくるでしょう。ジョーと飛雄馬は近くに住んでたんですよ。きっと、ガスタンクのある風景が原作者、梶原一騎さんの原風景なんでしょうね。

――どのような読み方をするのですか? 思い立って1巻から全部読むのか、それともあのシーンが読みたくなってという感じんなんでしょうか?

東野 : どっちのパターンもありますね。浪花節的などろどろした雰囲気は両方にあるんだけど、それが全編を通してあるのは『あしたのジョー』なんです。ジョーはいつも泪橋の辺りにいるんですね。『巨人の星』にはその雰囲気は最初だけなんですよ、途中からSF的なスポーツ漫画になってしまうから。だから、最初から通して読むのは『巨人の星』で、シーンを読みたくなるのはジョーのほうかもしれません。

――特に好きなシーンというと……?

東野 : いっぱいありすぎます。それより、飛雄馬と花形が対決する隅田公園はよく行く場所だし、ジョーと紀ちゃんが行った向島百花園にも行ってみたりとかそんなことをしたこともあります。

――『あしたのジョー』と『巨人の星』を、実際、どれぐらいの頻度で読んでいるのでしょう?

東野 : 本を読まないほうなんだけど、寝る前には必ず読むんです。読んでるとすぐ眠くなるから、そのためですね。それで、昨日は酒飲んでたから何も読まなくて、おとといは寝る前に『巨人の星』を読みました。

(2002年9月更新)

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