作家の読書道 第147回:小山田浩子さん

デビュー単行本『工場』も各方面で話題となり、二冊目に収録された中編「穴」で芥川賞を受賞した小山田浩子さん。日常の光景のなかに異質なものが紛れ込む様子をユーモラスに描き出す作風は、どんな読書生活のもとで培われたのか? その時々の本や人との出会いについて語ってくださいました。

その1「ゾロリとズッコケと猫」 (1/5)

  • サンタクロースと小人たち (マウリ・クンナスの絵本)
  • 『サンタクロースと小人たち (マウリ・クンナスの絵本)』
    マウリ=クンナス
    偕成社
    1,944円(税込)
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  • くだもの王国 (絵本図鑑シリーズ)
  • 『くだもの王国 (絵本図鑑シリーズ)』
    さとうち 藍
    岩崎書店
    1,512円(税込)
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  • かいけつゾロリのゆうれいせん	(5) (かいけつゾロリシリーズ 	ポプラ社の新・小さな童話)
  • 『かいけつゾロリのゆうれいせん (5) (かいけつゾロリシリーズ ポプラ社の新・小さな童話)』
    原 ゆたか
    ポプラ社
    650円(税込)
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  • うわさのズッコケ株式会社 (ポプラ社文庫)
  • 『うわさのズッコケ株式会社 (ポプラ社文庫)』
    那須 正幹
    ポプラ社
    648円(税込)
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  • 吾輩は猫である(上) (講談社青い鳥文庫)
  • 『吾輩は猫である(上) (講談社青い鳥文庫)』
    夏目 漱石,村上 豊
    講談社
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  • ドラえもん (1) (てんとう虫コミックス)
  • 『ドラえもん (1) (てんとう虫コミックス)』
    藤子・F・不二雄
    小学館
    463円(税込)
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――小さい頃から本は好きでしたか。

小山田:はっきりとは記憶にはないんですが、母が絵本を読み聞かせてくれていたそうです。憶えているのは『サンタクロースと小人たち』という絵本。サンタさんの生活や、小人たちがプレゼントを作っている様子が描かれたものでした。他には図鑑っぽいものが結構好きで、子供向けの、野の花の名前が調べられるハンドブックをよく見ていました。『くだもの王国』という絵本サイズの大きな本があって、これは子供向けっぽくない絵と文体で雑学が書かれてあったんですが大好きで何度も何度も読んでいました。その頃は圧倒的に植物が好きだったんです。幼稚園でもままごとの輪に入るのではなく、一人で園庭の隅で草を摘んでいるような子供でした。その楽しみを補強してくれるものとして本が好きでした。

――他にはどんな物語が好きでしたか。

小山田:幼稚園の終わりか小学校に入った頃に「かいけつゾロリ」のシリーズを読み始めました。おばが、何かのプレゼントとして好きな本を買っていいよと言ってくれたので、書店で目の前にあった『かいけつゾロリのゆうれいせん』を選んだんです。それが面白かったので、その後中学生になるくらいまで、母に頼んで少しずつシリーズを買い足してもらったりお小遣いで買ったりしていました。歌が出てくるので適当に節をつけて2つ下の弟と歌ったり、言葉遊びを真似したりして。作者の原ゆたかさんにファンレターも出して、返事もいただきました。この間探して消印を見たら、13歳の時なんです。中学生になってから出したんですね。お返事は印刷されたものでしたが、余白に「あなたがお母さんになるまで書き続けます」みたいなことが丁寧に書かれてありました。

――わあ、実際に今、小山田さんはお母さんになっていますよね。

小山田:そうなんです。途中からシリーズを追い切れていなかったんですが、子供が字を読めるようになったら、読んでいない巻も揃えて読みたいですね。それと、「ズッコケ三人組」のシリーズも好きでした。本が好きな従兄弟がいて、おさがりで相当まとまった冊数をもらったんです。従兄弟は6歳年上なので、ちょうど卒業する頃に私が読む年頃になっているんですよね。それで弟と一緒に夢中になって読んで、これも新刊が出ると買ってもらって読み続けました。

――今思うと好きな本の傾向ってありましたか。

小山田:笑えるものが昔から好きです。それに食べ物が出てくるとぐっとテンションがあがりますね。「ズッコケ」シリーズも『うわさのズッコケ株式会社』という、食べ物屋さんをやる話があるんです。ちゃんと株券を発行して仕入れをしたりして。出てくるラーメンが美味しそうだったんですよね。主人公たちは小学校高学年で、私が読んだのは低学年の頃だったので、高学年になったらこんな素敵な小学生ライフを送ることができるんだと思っていました。もちろんそんなことはなかったんですけれど(笑)。他には、『吾輩は猫である』も読みました。小学2年生の時に読んだように思うのですが、それはちょっと難しすぎるので、記憶がねつ造されているかもしれません。

――大人向けのものだったんですか。

小山田:子供向けにルビもふってあって、イラストも入っているものでした。ゾロリもズッコケも大好きでしたが、『吾輩は猫である』はまた違う世界のものだなと子供ながらに思いました。あの衝撃は他にはないものです。夏目漱石の名前は知っていたので、大人の本を読めたという達成感もありました。何が面白いのかよく分からないけれど笑える、と思ったんですよね。たぶん、文章が気持ちよかったし、語彙が面白かった。寒月君とか迷亭君といった名前や、迷亭君が人の家で勝手に蕎麦をとって食べているところが楽しかった。面白い人たちのことがいっぱい書いてある小説という印象で、猫の目を通しているということはそれほど気にしていなかったと思います。以来、折々に何度も読み返してきました。

――読書以外で好きなことはありましたか。

小山田:やはり植物が好きだったので庭で草を採ったり、カエルを捕まえたりしていました。料理にも興味がありました。母は「手伝いたい」というと何でもやらせてくれたので、踏み台にのって子供用包丁で何か作らせてもらっていました。高校を卒業するまではしょっちゅうお菓子作りをしていたんですが、作りたいだけなので、自分は食べずに家族に食べさせていました。今は大好きなんですが、小さい頃はケーキやクッキーがそれほど好きではなかったし、生クリームなどの乳製品も得意じゃなかったんです。料理は今でも好きで、突然思い立っていてもたってもいられなくなって煮込み料理を作ったりします。小豆を煮てあんこを作るのが好きで。最近奥園壽子さんの本で、小豆を一晩水に浸けなくてもいいというやり方を見つけて大興奮しました(笑)。

――文章を書くことは好きでしたか。

小山田:得意ではなかったです。本を読んでいるから言葉だけは同級生よりもちょっとは知っていたんですが、作文のルールをわかっていなかった。物語を作るという授業で、5枚で書きましょうと言われているのにその5~6倍書いても終わらなくて、しゅんとした終わり方になって自分でも敗北感を抱いたりして。中学生くらいでやっと作文に求められる文法がわかってきて、それからは機械的に書いて読書感想文で表彰されたこともありました。

――でもきっと、今につながっているのはルールがわからず自由に書いていたものなのでは。

小山田:それは絶対にそう思います。今も、話をどうやって収束したらいいかわからなくなりますから(笑)。当時で憶えているのは、島に宝探しに行く話を書こうというお題を出された時に、クラスメイトたちは島についてからの冒険を書いているのに、私は家を出るところから始めたんです。「島に行くなんて大変やろ」と思って出かける準備から書いて、道順を考えて、船を調達する方法に悩んで...。やっと島に辿りついた場面になる頃には書いている自分も疲れていて、後は駆け足で進んで終わっていました。要らない描写ばかりでしたね。授業とは関係ないところでも、父が仕事で使ったいらない紙を持って帰ってくるので、その裏に延々と物語を書いていました。余白の半分はイラストにして。それは人間の女の子が妖精の国に迷い込むという、わりと女の子がよく妄想するような話でした。それも壮大な枚数を書いたんです。登場人物もどんどん新しい人を出したのでまったく回収できず、なにひとつ終わらないまま嫌になって捨ててしまいました。

――作家になりたいということは考えていましたか。

小山田:漠然と。子供がケーキが好きだからケーキ屋さんになりたいと考えるのと同じで、読むことが好きだから本を作る人になりたいというくらいの気持ちです。植物学者というか、植物を集める人にもなりたいと思っていました。

――妖精の国の話を書いていたということは、ファンタジー系の作品もお読みになっていたんですよね、きっと。

小山田:「ムーミン」のシリーズと「クレヨン王国」のシリーズはすごく好きでした。本は従兄弟にもらったものを読んで、そのシリーズの残りを買ってもらうことが多かったですね。塾の帰りや病院で点滴を打った帰りに好きな本を買ってもらえたんです。別に特別裕福な家だったわけではないんですが、親も本だけは買ってやろう、という姿勢でした。漫画以外で断られたことはないですね。好きに選ばせてもらっていました。

――漫画は禁止されていたのですか。

小山田:禁じられていたわけではないんですが、あまりいい顔をされなかった気がします。自分でも、たまに友達の家で漫画を読むとすごくはやく読み終わってしまうので、買ってもらうなら文字の本のほうがいいなと思っていました。なので相当な年になるまで漫画といえば『ドラえもん』くらいしか買いませんでした。『ドラえもん』は小学生の時に、弟とお年玉を貯めに貯めて全45巻を買ったんです。重くて交代しながら持ち帰ったのを憶えています。

――ところで先ほど、点滴を打ったとおっしゃっていましたが...。

小山田:小学生から中学生にかけての頃はすごく病弱だったんです。小学生で「自家中毒」という言葉を知っていたくらい。しょっちゅうお腹をくだしたり熱を出したりしたし、アトピーもありました。病院にいかなかった月はなかったと思う。中学の途中からアトピーも治って、高校は皆勤賞だったんですが。

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プロフィール

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で第42回新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補作となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。