作家の読書道 第152回:中村文則さん

ミステリやスリラーの要素を感じさせる純文学作品で、国内外で幅広い層の読者を獲得している中村文則さん。少年時代は他人も世界も嫌いで、学校では自分を装っていたのだとか。そんな中村さんが高校生の時に衝撃を受けたのは、あの本。そして大学時代がターニングポイントに…。デビューの裏話などを含めたっぷりうかがいました。

その1「人が嫌いだった少年時代」 (1/6)

――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

中村:不気味な絵本ですね。タイトルは忘れましたが。印象派のような絵で幽霊が描かれていて、その色彩だけ憶えています。そういえば、幽霊が怖くて布団に潜るという場面があって、読んだ後に自分も布団に潜った気がします。
 具体的な小説となると、小学校高学年か中学生の頃に読んだ『ムレムの書』というファンタジーですね。擬人化された猫とトカゲが争う話です。といっても暴力描写や性描写がある、大人向けの戦争ものです。当時はゲームブックが流行っていて、それを出している富士見書房の本だから読んだのかもしれません。全7巻ですが1巻と2巻がめちゃくちゃ面白い。いろんな人が受け継いで書いているので、作者が違うんですよ。最初の2冊は同じ作者で、最高です。主人公は一匹だけ毛並の違う猫で、このキャラクターの絶望感がすごくよかった。籠城のシーンなんかもよく憶えています。このあいだ書き終わった連載小説でマンションでの籠城のようなシーンを書いたのですが、途中でこの本のことを思い出していました。でもこれ、3巻でロマンスになって、それから好きだった主人公が堕落した王様になるんです。3巻以降も面白いんですが、僕にとってはやはり1、2巻が抜群に面白かったですね。

――小学生の間は、あまり本に興味がなかったんですか。

中村:あまり興味が湧きませんでした。読書感想文も好きではなかったですし。とにかく暗い子供だったんです。特に救いになるものもなく、『ムレムの書』も、自分の内面に深く入ってくる読書体験というよりは、楽しいもののひとつという感覚でした。

――暗かったんですか。

中村:人が嫌いだったし、世の中が好きじゃなかったし、家もよくなかったし何も頼るところがないので、自分の中に神みたいな架空の存在を作って、それと一緒に生きている気分でいました。神戸の連続児童殺傷事件の犯人も自分の中に神を作っていたんですよね。僕は中学に入った頃にその存在が自然と離れていったのでよかったです。彼は14歳までそれでいってしまったから。
暗いといじめられるので、学校では普通にしていて、家に帰ってからどよーんとしていることの繰り返しでした。でも高1で限界を迎えて学校に行けなくなるんです。行かないと目立つので、円満不登校の理由を捜して「腰を怪我して動けない」ということにして1か月くらい休みましたね。その頃に出合ったのが、太宰治の『人間失格』です。典型的なちょっと昔の文学少年ですね(笑)。

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――読んでいかがでしたか。

中村:デパートの中に入っている書店の前で、「俺も人間失格だから読んでみよう」と思ったんです。あれは角川文庫版だったかな。手にとって読んだ時の衝撃たるや、もう。典型的なアレですよ、「俺のことが書かれてある!」という。世の中ではじめて頼りにできるものを見つけた気分でした。信じていいものを見つけたと思った。ものすごく強烈な読書体験でした。次に『斜陽』を読んで、そこからの高校生活はほとんど太宰一色です。時のベストセラー小説などもちらちら読んだりはしていましたが、全然面白くなくて。「泣ける」と言われている小説を読んでも「この時こうしなければよかったじゃん」と冷静に思ってしまうんです、ゆがんでいたので。つらくなると「腰が痛くなった」と言って保健室に行って、本当はそんなに痛くないのにうつ伏せになって寝て。授業時間中、静かな廊下を歩いていったことはよく憶えています。

――自分で書いてみたりはしなかったのですか。

中村:高校の終わりくらいに、憂鬱でたまらないので一体自分は何に悩んでいるのか整理してみようと思い、書きだしたのが最初です。日記を書いてみたり、それが詩のようになったり、短篇小説のようになったり...というのを自然にやっていました。「気づいたら自然と書いていたなんて嘘だ」と言う人もいるけれど、本当に自然に書いていたんですよ(笑)。そのノートはまだ持っています。『何もかも憂鬱な夜に』という小説のなかに出てくる真下くんのノートは、当時僕が書いたものを抜き出しています。

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プロフィール

1977年愛知県生まれ。作家。2002年『銃』でデビュー。05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸』で大江健三郎賞、14年米でデイビッド賞など多数受賞。​