作家の読書道 第153回:黒川博行さん
はじめて直木賞候補になったのは1997年。それから18年、6度目の候補で今年7月に直木賞を受賞した黒川博行さん。クセのある人間たちが交錯するハードボイルド小説が人気の著者は、どんな幼少期を過ごし、どんな風に本と接して、どのように作家を目指したのか? どうぞ著者の小説と同じように、脳内で軽快な大阪弁のイントネーションを再現しながらお読みください。
その1「読むことが好きな子供だった」 (1/4)
- 『バートン版 千夜一夜物語 第1巻 シャーラザットの初夜 (ちくま文庫)』
- 筑摩書房
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- 『水滸伝 上 (岩波少年文庫 541)』
- 施 耐庵
- 岩波書店
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- 『ラーマーヤナ―インド古典物語 (上) (レグルス文庫 (1))』
- 河田 清史
- 第三文明社
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- 『くノ一忍法帖 山田風太郎忍法帖(5) (講談社文庫)』
- 山田 風太郎
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- 『麻雀放浪記〈1〉青春篇 (文春文庫)』
- 阿佐田 哲也
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- 『カムイ伝全集―決定版 (第1部1) (ビッグコミックススペシャル)』
- 白土 三平
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- 『喜劇新思想大系 完全版(上巻)』
- 山上 たつひこ
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――黒川さんは愛媛県今治市のお生まれですが、幼い頃は船に乗っていることが多かったそうですね。
黒川:3歳から小学校にあがるまでの3~4年間はずっと船の中で過ごしました。うちの親父が瀬戸内海を行き来する機帆船の船長で、母親も一緒に乗っていましたから、家族が船の中で生活をしていたんです。子供は僕一人で、母親が絵本を買ってくれるのでそれを繰り返し読んでいました。船の中ではそれしか子供の楽しみがなかったですね。
――本が好きな子供でしたか。
黒川:本が"異様に"好きな子供でした。ずっと船の中で生活してましたから、大阪で小学校に入った時も、最初は同年代の友達とどう接したらいいか分からなかった。休み時間も男の子たちはみんなグランドで遊んでますけど、僕はわりに一人で本を読んでました。担任の先生からすると、協調性がなくてちょっと変わった子という感じやったと思います。小学校高学年になると、友達とソフトボールやドッジボールや相撲をしたりと、普通の子供になりましたけど。でも相変わらず本を読むのは好きでした。学級文庫にあった江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズをよく読みました。他にもそこにある本をいろいろ読みましたが、何の本だったのかはまったく憶えてないですね。
――自分でお話を書いたりはしませんでしたか。
黒川:書くよりも読むほうが面白かったですね。国語の教科書なんかも新学期に授業が始まる前に小説の部分は全部読んでました。
――では、作文も特別好きということはなかったのですか。
黒川:今思えば得意やったんやないかと思います。感想文が何かに入賞したかで賞状を何枚かもらった憶えがあります。
――中学校に進学してからはいかがですか。
黒川:学校の図書室に入りびたりでした。借りた本を返してまた別の本を借りるということを3日にいっぺんくらい、3年間続けました。世界各国の神話や民話が好きで、そういうものを集めた分厚い本も読みました。『千夜一夜物語』や『水滸伝』や『ラーマーヤナ』とかも。高校に入ると遊びのほうに忙しくなりました。これまででいちばん本を読んでいなかった時期が高校時代。読んだ小説といえば山田風太郎くらいですね。これは男子生徒の間で流行って回し読みしたんですね。『くノ一忍法帖』とかね、ちょっとエロティックですから(笑)。大学に入ってからはまた、活字がいつも手元にありました。大学の行き帰りはずっと本を読んでました。週刊誌などの雑誌も読んでいた。
――大学は京都市立芸術大学美術学部の彫刻科に進んだんですよね。芸術に興味があったのでしょうか。
黒川:高校の時に造形的なものが好きやったんです。図工が好きで、絵よりは彫刻のほうが得意でした。大学に進まなければとなった時に、公立で通りやすいのは美大かなと思ったんです。でも後で気づきましたがそれは大間違いで、非常に通りにくい(笑)。美術系の大学の試験は実技があるんです。そのことに高校3年生の時に気づいて、夏休みには実技の予備校に通いました。
――将来アーティストになりたいといった夢はあったのですか。
黒川:できれば何かのデザイナーになりたいと思ってました。当時は最先端の職業やったんです。どこでもいいから企業のデザイン室か宣伝室か、そういうところに就職できたらいいなとは漠然と思ってました。でも当時、京都美大のデザイン科は倍率が30倍やったんです。2年続けて落ちてこれはとても通らないなと思い、彫刻科に鞍替えしました。彫刻科は15倍くらいで、それでなんとか通ることができました。
――15倍も高い倍率ですよ!大学時代はどのような本を読まれたのでしょうか。
黒川:一般的な小説が多かったですね。純文学もエンターテインメント小説も読みました。その頃に阿佐田哲也を知るんです。麻雀は大学に入って1回生の時からしてましたから、『麻雀放浪記』を読んで、なんと面白い小説か、と。前半の1、2巻と後半の3、4巻では全然違いますね。後半に移るにしたがって純文学に近づいていきます。文章そのものも変わっていくし、心象風景が増えていく。後から阿佐田哲也は純文学も書く人だと気づきました。そういえば漫画もよく読みましたね。隆盛期だったんでしょうね。『カムイ伝』の白土三平とか、『嗚呼!!花の応援団』とか『喜劇新思想大系』とか。