その1「姉の読み聞かせが好きだった」 (1/5)
――幼い頃の読書の記憶を教えてください。
越智:とても怠惰な人間なので、小さい頃も自発的に本を読むのではなくいつも読み聞かせてもらっていたんです。私は四人兄弟の末っ子で、一番上の姉と13歳離れているのですが、その姉が本の朗読がとても上手で。自分で読むよりも聞いているほうが楽でした。読んでもらった絵本では、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』と『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』がとても好きでした。『ちいさいおうち』はあまりに好きだったので小学校2年の時に夏休みの宿題の工作で、ケーキの箱の中にちいさいおうちを作ったくらい。『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』は、姉が大学生で家を出ていたので、福岡に帰省した時にお土産に買ってきてくれたんです。「じぇおぽりす」という町にだんだん雪が積もっていって、とうとうすべて真っ白になってしまう。それをけいてぃーがちゃっちゃっちゃっと除雪していって、ふだんの町に戻していく話ですが、きれいな色づかいや文章がうっとりするくらい好きでした。姉がセレクトしてくれたエリナー・ファージョンの『年とったばあやのお話かご』や『ムギと王さま』も好きだったんですが、気づけばどれも石井桃子さんの訳なんですよね。『ノンちゃん雲に乗る』も読みましたが、石井さんの文章の、日本語の使い方がすごく的確なのに柔らかい感じが好きだったんだと思います。4年生くらいの時に「ゆかいなヘンリーくん」シリーズをよく読んでいたんですが、こちらの訳は松岡享子さん。石井さんのお仲間の方ですよね。たぶん、その系統の文章が好きだったんでしょうね。他には『どろんこハリー』『ひとまねこざる』のシリーズも読みました。
母も読んでくれましたが、『路傍の石』や『二十四の瞳』『次郎物語』といった和もの専門。あとになって聞いたんですけれど、1年生の頃は母親が書き方の練習として『年とったばあやのお話かご』を写させていたようです。
――お姉さんの影響は大きかったようですね。
越智:姉からはとても影響を受けていますね。姉がいるから今の私がいるという感じがします。本を読んでもらうために姉の部屋によく行っていたんですが、本棚にある本のタイトルだけ今でも憶えていますね。金子光晴さんの『ねむれ巴里』『マレー蘭印紀行』、東海林さだおさんの『ショージ君のぐうたら旅行』、サマーセット・モームの『月と六ペンス』『お菓子と麦酒』...。壇一雄さんの『火宅の人』もありました。読めばいいのに、読まずにどういう話か想像するのが好きでした。姉は父に影響を受けていたと思います。父からすすめられた北杜夫さんの『さびしい王様』『月と10セント』、團伊久麿さんの「パイプのけむり」シリーズも並んでおいてあったりして。
――絵本の絵がお好きだったということですが、漫画は読みましたか。
越智:あまり読まなかったんですが、唯一、わたなべまさこさんの『ガラスの城』は好きでした。二卵性の双子の話で、実は片方が伯爵令嬢だったという、絵はロマンチックだけど、内容はどろどろしたお話です。後年『ガラスの仮面』にもハマりました。でも漫画よりもやはり絵本をよく読みましたね。自分で本を買うという発想がないし、家にあるものといえば絵本だったので...。それと、母が昔の雑誌を捨てずにとっておく人だったんです。婦人雑誌もあって、1年生くらいからその皇室の記事なんかを読んでいました。昔の『週刊文春』や『週刊新潮』も家にたくさんありました。それは父が買ってくるんですけれど、兄は『週刊ポスト』と『週刊現代』と『週刊プレイボーイ』を買っていました。それをこっそり兄の部屋で拾い読みしていました。グラビアもよく見ていましたし、官能小説を読むのも好きでしたね。宇能鴻一郎さんや阿部牧郎さんを読んでいました(笑)。読めない漢字は前後の流れから推測しながら「触れる」という字を読めるようになりました。「ふれる」って読むんだって分かった時は嬉しかったですね。他に「女人」とか...(笑)。石井桃子さんを読む一方で、そうしたものを読んでいたわけです。
――作文などは得意でしたか。
越智:上手だったんですけれど、実は、姉に手直しをしてもらっていました。ライターになるまでちゃんと文章を書いたことがなかったし、小説家になるまで一度も小説を書いたことがなかったんです。