その1「ツッコミを入れる子ども」 (1/5)
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塩田:この連載を事前に観ていたら、結構幅広く質問されている印象があったので、一応、自分が影響を受けたエンターテインメントを年代ごとにまとめた資料を作ってきたんです。
――わあ、ありがとうございます! では、順におうかがいしていけたらと。まず、いちばん古い読書の記憶といいますと...。
塩田:もともと母親が本好きで、読み聞かせをよくやってもらっていたんですけれど、普通の親と違うのは、森村誠一や松本清張の復讐の話をするんですよ(笑)。「こういう人が虐められとって、実は犯人この人やったんや」みたいなことを聞かされて「それは悲惨やな」とか聞いてきた記憶があります。
絵本も自分で読んでいましたが、『おおかみと7匹のこやぎ』が印象に残っていますね。それも、食べられそうになるといった部分ではなく、途中でおおかみがチョークを食べる場面。7匹のこやぎが留守番をしているところにおおかみが訪ねてくるんですが、出かける前にお母さんが「おおかみは声がガラガラやから、戸開けちゃあかんで」と言っていたんですよ。で、おおかみが来て戸の前で「お母さんよ」と言った時に「こんなガラガラ声じゃないよ」と返されて、解決方法としてチョークを飲み込んだんですよ。子ども心に「なんでチョークを飲んだら声がきれいになるんやろ」っていうのがずっと気になっていたんですよ。
『猿蟹合戦』を読んだ時も、意地悪な猿が蟹をいじめるところから話が始まるんですけれど、蟹に同情するお友達として蜂や栗、臼が出てきますよね。蜂と栗まではついていけたんですけれど、臼が出てきた瞬間に「お前はちゃうやろ」って。なんか、ついていけなかったんですよ。栗はなんとなく、スーパーマリオにクリボーがいたので動くイメージがあったんですけれど(笑)、臼に関してはもう、完全にプロダクツだろうというのがあって、感情移入できなかったんです。今振り返ってみると、そういう、創作におけるツッコミどころみたいなのを見つけるのが好きやったな、と思います。
――小説以外のものでは、資料に『ヘレン・ケラー』『野口英世』などとありますね。偉人伝が好きだったのですか。
塩田:これも、母がよく伝記を読んでくれて、ヘレン・ケラーはかなりショックやったんですね。「こういう状況でも偉くなれるんや」みたいなのがあって。野口英世はその後「遠き落日」という映画を観に行った時、その伝記とあまりに人物が違うんでちょっとびっくりした、というのがあって。
他には「学校の怪談」シリーズ。小学校の時にはじめて自分で集めた活字の本やったと思います。とにかく絵が不気味で、話が面白いんですよ。ちゃんとオチがあって。それは発売が楽しみでした。読んだ話を友達にしたら、友達が怖がってくれるんですよね。
――読書以外では、どんなものが好きな子どもだったのでしょう。
塩田:幼少期に一番影響を受けたのは、ジャッキー・チェンですね。これがエンタメに目覚めるきっかけやったと思います。4歳の時に神戸の映画館で「プロジェクトA」を観たんですけれど、立ち見だったので、2時間ずっと父親が肩車して見せてくれたんですよ。で、世の中にはこんな面白いものがあるのか、って。その帰りに神戸の中華屋さんではじめてかた焼きそばを食べたんです。それがめちゃくちゃ美味しかったという、すごく幸せな一日だったので、エンターテインメントに対するイメージがすごくいいものになって。そこからジャッキー・チェンの映画、「五福星」とか「スパルタンX」とかをどんどん見ていくんです。
――インドアで本を読むというタイプでもなかったんですね。
塩田:僕はずっと外で野球やって、走り回っていました。特別読書好きではなかったんですけれど、やっぱり家に本がいっぱいあったんで、本は読むものだという意識はありました。父親も、新聞の朝刊を隅から隅までずっと読んでいるような人だったので。でも父親には幼少の頃からスナックとか競艇場とかにも連れていかれていましたね。『罪の声』の最初に、幼い頃にスナックで録音した、風見しんごさんの「僕笑っちゃいます」を歌った声が流れてくるのは、僕の実体験がもとになっています。だから、父がスナックとかボート、母が森村誠一と松本清張だったわけです(笑)。大人の世界が自然とそばにあったから、『猿蟹合戦』とかがピンとこなかったのかな。何かしら疑っていました。
――ご兄弟はいらっしゃいますか。何か影響を受けているかなと思って。
塩田:8つ上に姉がいます。姉が芸人さんの面白いネタを仕入れてくるんです。嘉門達夫さんの替え歌とか、ひと世代上のお笑いを吸収して、友達の前で披露してウケていました。関西の小学校はまず腕っぷしが強いということと勉強ができるということ以外に、面白いっていうのがすごく重要だったんです。面白かったら人が集まってくるので、僕はその路線でいきました。それで、姉が仕入れてくるネタを一生懸命おぼえていました。
――あ、資料に『キャンディ・キャンディ』や『ときめきトゥナイト』といった少女漫画があるのは、お姉さんの影響なんですね。
塩田:小学生の時、『キャンディ・キャンディ』が恋人を替えていくのは「そんなの不誠実じゃないか」って思っていたんですよ。「この前までアンソニーがどうのって言ってたやないか」って。姉に「いや、そういうもんじゃないよ」と教えてもらっていました。『ときめきトゥナイト』は、僕が『氷の仮面』を書いた時に活きてくるんですよ。あの漫画は主人公が魔界の出身であることを真壁君に打ち明けられないけれど、僕が書いた小説は性同一性障害の話で、身体が男性で心が女性の主人公がそのことを真壁君という相手に打ち明けられない。『らんま1/2』の影響もありますね。
『あしたのジョー』も記憶に残っていて、これは夏休みにテレビアニメで見たんです。最後灰のようになって亡くなるのがあまりに格好良くって、読書感想文の宿題を勝手に放送感想文に替えて出したことがあるんですよ。母親にはとめられたんです。「たけちゃん、こんなに本があるのになんでテレビのこと書くの。きっと先生、怒らはるよ」って言われても「これ以外、僕は書かない」と言って書いたんです。なんでその時そんなに強情だったのか分からないんですけれど、「こんなにジョーは素晴らしい」ということを書いて出したらものすごく褒められて「本来は読書感想文じゃなきゃ駄目だけど、ここまでいったらええ」と言われ、「気持ちは伝わるんだ」みたいなことを感じましたね。僕、多少強引な取材をするのも、この影響がありますね。
――ほかに『タッチ』や『ドラゴンボール』も書かれてありますね。
塩田:『タッチ』は感動しました。和也の代わりをすると言って実際甲子園に行って、優勝するところを見せないのが格好よかったですね。最後、お母さんが部屋の掃除をしていて、盾で見せてサラッと終わるところが、「こんな格好いい終わり方があるの」と思って。
『ドラゴンボール』はもう、続きが気になるエンターテインメントの典型というか。こういうのを作りたいというのはやっぱりありますよね。引き込まれるエンターテインメントの原体験として強烈な印象が残っています。
――資料に「『AKIRA』(テレビゲームが解けなかったから)」とありますが。
塩田:『AKIRA』は知らなかったんですが、「ファミコンAKIRA」というのがあったんですよ。小学校の時にそれをやったら、ものすごく不気味だったんです。しかも難しすぎて解けなかったんです。どんな話か知りたくて漫画で読んだらハマってしまったんですよ。「この世界観、何」って思って。自分の中になかった世界観を見せられました。
――さらに、バラエティやお笑い番組まで書き出してくださっていますね。「オレ達ひょうきん族」「さんまさんのキャラクターを演じるだけでウケる」とありますが。
塩田:これはもう、「アホちゃいまんねんパーでんねん」とかいろいろあったと思うんですけれど、そうした真似をすると学校でウケたんですよ。ひょうきん族のたけちゃんマンとさんまさんのやり取りって、僕の原点のひとつで、キャラを作るということを学びました。吉本新喜劇もそうですね。
ドラマも、親が見ていたので大河ドラマを見ていました。渡辺謙さんと中井貴一さんの迫力がすごかったという記憶がありますし、歴史上の人物を読み聞かせてもらった時と映像で見るのとではまた違った面白さがありました。他には、「男女七人夏物語」は、さんまさんと大竹しのぶさんの掛け合いが最高でした。
映画は動物モノが好きやったんですね。死に別れるとか、たまらんかったです。「ハチ公物語」もかわいそうでかわいそうで仕方なくて。犬も飼ってましたしね。ちなみに名前はジャッキーです。ヨークシャーテリアでジャッキー。「子猫物語」は坂本龍一さんの音楽がすごくよかった。僕、小説を書く時はいつもテーマ曲を決めるんですが、それは坂本龍一さんの影響が大きいです。「南極物語」は最後に犬が走ってくるところが最高です。いかにクライマックスを見せるか、そのために伏線をどう張るか、みたいなことが印象に残っています。