その1「幅広く読む子どもだった」 (1/7)
――この連載は、幼い頃からの読書遍歴をおうかがいしておりまして。
似鳥:福音館書店の「こどものとも」シリーズの別冊だか付録だかに『とらのゆめ』という絵本があって。タイガー立石さんという方の絵本で、ちょっと話題になったんですよね。虎のとらきちが、ダリ風の夢のようなシュールな絵の世界をひたすら旅する話で、すごく印象に残っています。他には『ハハハのがくたい』を何度も読んでいました。これは「アラフラの女王」という真珠を盗みに行く盗賊たちの話なんですけれど、すごくふざけた話でした。王宮に盗みに入って番兵を空手チョップで気絶させたりして、やっと真珠を手にいれたのに「これどうする」「重いから捨ててしまおう」と言ってポンと海に捨てて帰っていくという(笑)。
『あめふり』などの、「ばばばあちゃん」が出てくるシリーズもありました。『あめふり』は梅雨で雨が降っていて、ばばばあちゃんの家の猫たちが「晴れたなかで遊びたいよ」と言うもんだから、唐辛子から何からポンポン燃やしてエントツから煙を出して、雨雲や雷さんがくしゃみをして、みんなバーッといなくなっちゃうっていう。
『ふしぎなタクシー』という話も好きでした。タクシーが走っているとキツネやタヌキが「乗せてください」って手を振って、「今日は不思議な日だね。珍しいお客さんがくるね」と言いながらみんなを乗せていく。サイやカバもきて車がどんどんギチギチになりながら走っていくという話です。それらを読んだのが幼稚園の頃ですね。
――小学校に入ってからは。
似鳥:わりと図書室に入り浸る子どもだったんです。節操がなくて、『ズッコケ三人組』のような児童書を借りて読む一方で、学研の「〇〇のひみつ」シリーズのような一般科学本も読んでいました。自分としては普通に外で遊んでいたし運動部にも入っていたのでそうでもない気がしていたんですが、よく考えたらだいぶ本を読んでいたように思います。
――読む本はいつも図書室で自分で選んでいたのですか。
似鳥:図書室では自分で選んでいましたが、もう少し大きくなると親やふたつ上の兄の本棚から抜いて読むということもやはりやっていましたね。それと、いろんな本を教えてくれた友人Kというのがいたんです。
――ご家族の本棚から読んだもので憶えているのは。
似鳥:1990年代、兄が中学生くらいになると宗田理さんの『ぼくらの七日間戦争』などの「ぼくら」シリーズを読み始めたので、私もちょっと年上のお兄さんお姉さんの話という認識で、スピンオフも含めてずっと読んでいました。あれは一芸を持った仲間がたくさんいるんですよね。その仲間たちとのコンビネーションに憧れました。世代的に言うならいわゆる教育ママとか学校の締め付けとか受験戦争に対する反発が大変大きくなった時期で、理不尽な教師に対する怒りを分かってくれるところもすごく大きかった。冒険要素あり、恋愛要素あり。これは確か友人Kも読んでいました。
――K君はどんな本を教えてくれたんですか。
似鳥:憶えているのは、「三銃士」シリーズ。最初から引きこまれましたね。三人全員との決闘をブッキングしているダルタニヤンという奴はアホやろう、っていう。そこからいろんな冒険があって、最後に三銃士の一人、ポルトスが死んでしまうのがねえ。あいつが一番好きだったのに...。あれが書かれた頃から、「でっかいパワー派」はみんなの盾になって死んじゃうという法則があったんですね。
他には、改造社の『世界大衆文学全集』に入っていた怪談とか。アンブローズ・ビアスの「怪物または妖物」がトラウマになりました。河出文庫から岡本綺堂訳で出ている『世界怪談名作集』というのにも収録されているので何十年かぶりに手にとったんですけれど。
ああ、たしか「ズッコケ三人組」シリーズを教えてくれたのもKだった気がします。小説というものを読むことを教えてくれたのが友人K。同級生です。Kに「これ面白いよ」と言われて読んだら本当に面白くて、「これ怖いよ」と言われて読んだら、その通りにトラウマになり。
他には、星新一を読んだらやっぱりハマったという。普通過ぎてどうしたらよいのか。
――大丈夫、私も含め多くの人が通った道です。
似鳥:そうそうみんな通りますよね。小学校高学年あたりから星新一に「すげえ」となって手当たり次第に読んで晩年の難解な作品まで手に取って「あれ、今回はどういうことなんろうな」と思うのもお約束ですよね。まあ読み方が分かっていないだけなんですけれど。中学生いっぱいまでで、星新一は全部読んでしまいました。今でも自分の原稿を作る時の基本のやり方というのは星新一のやり方になっている。どんなに短い話でも必ずどんでん返しを入れろ、必ずネタを入れろ、という。小説づくりの基本を教わったのが星新一なので、デビュー作(注:『理由(わけ)あって冬に出る』創元推理文庫)は実は短篇の作り方で書きました(笑)。