作家の読書道 第190回:滝口悠生さん

野間文芸新人賞受賞作『愛と人生』や芥川賞受賞作『死んでいない者』をはじめ、視点も自在、自由に広がっていく文章世界で読者を魅了する滝口悠生さん。実は小さい頃はそれほど読書家ではなかったという滝口さんが、少しずつ書くことを志し、小説のために24歳で大学に入り学び、やがてデビューを決めるまでに読んで影響を受けた作品とは? その遍歴も含めて、たっぷりと語っていただきました。

その1「忘れられない、ちょっと怖い絵本」 (1/5)

  • 三びきのやぎのがらがらどん (世界傑作絵本シリーズ)
  • 『三びきのやぎのがらがらどん (世界傑作絵本シリーズ)』
    マーシャ・ブラウン,せた ていじ
    福音館書店
    1,320円(税込)
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  • 聖闘士星矢 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
  • 『聖闘士星矢 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)』
    車田正美
    集英社
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  • もものかんづめ (集英社文庫)
  • 『もものかんづめ (集英社文庫)』
    さくら ももこ
    集英社
    429円(税込)
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  • さるのこしかけ (集英社文庫)
  • 『さるのこしかけ (集英社文庫)』
    さくら ももこ
    集英社
    462円(税込)
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  • 国語入試問題必勝法 (講談社文庫)
  • 『国語入試問題必勝法 (講談社文庫)』
    清水 義範
    講談社
    1,914円(税込)
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――いちばん古い読書の記憶といいますと。

滝口:本当に最初の頃でいうと、小さい頃の絵本などですよね。絵を描くのは好きだったんですが、絵本をたくさん読んだという記憶はなくて、どちらかというと同じ本を何度も繰り返し読んでいたように思います。いちばんよく憶えている絵本は『三びきのやぎのがらがらどん』。なんだか怖いし、自分からせがんで読んでもらったというわけではないと思うんですけれど、絵本というとこれが最初に浮かびます。ちょっと前に友達の子どもにあげる絵本を探していて読み直したんですが、設定が斬新! と思って。やぎが三匹いて、どこかに行く途中に怖い橋みたいなものがあって、下にお化けがいて...。僕はそのお化けが「がらがらどん」だと思ってたんですが、「がらがらどん」はやぎの名前で、しかも三匹とも「がらがらどん」という同じ名前という。読み返して、えー、と驚きつつ、そういえばそうだったかも、と。

――ああ、私もストーリーは忘れていましたが、「がらがらどん」という名前の響きは記憶に残っていました。

滝口:響きは残りますよね。ノルウェーの絵本なので、原書の名前がどうなのかは分からないですけれど。あとは絵。絵が結構暗い色調で、ポップじゃなくて、ちょっと怖い感じなんですよね。たぶん「がらがらどん」という音と、その怖い感じの印象が強くて、好きだったというわけじゃないのに憶えてるんだと思います。でもそうやって憶えているってことはたぶんいい本ってことだと思うので、今は友達に子どもができるとどんどんあげています(笑)。他の絵本はあまり憶えていなくて、一人で絵を描いて遊んでることが多かったと思います。車が好きで、車のチラシとかよく見ていました。

――チラシってことは、スポーツカーとか、消防車などではなくて...。

滝口:普通の国産車です。中古車屋さんのチラシにいっぱい車が載っているので好きでした。そのへんを走っている車の名前を全部言える子どもだったんですよ。今はまったく車に興味ないし、免許すらないんですけれど(笑)。あの知識はどこへ消えたのか。
 寝る時に父親が物語を話してくれる時に、車好きだったので、「桃太郎」とかもみんな車に乗っている話にしてもらって喜んでいた憶えはあります。「カローラに乗って犬がやってきて」といった話にしてもらってよろこんでいました(笑)。

――インドアな子どもでしたか。

滝口:一人っ子だったので、家で一人で遊べる感じの子どもでした。外でも遊びましたけれど、どちらかというとインドアだったかもしれない。

――小学校に入ってからはいかがでしたか。

滝口:小学校の頃はあんまり本を読みませんでした。いわゆる学校の課題図書的なものにあまり興味が持てなかったんですよね。漫画を読んだりテレビを見たり、友達と遊んだりはしていましたけれど、決して読書が好きな子どもではなくて、特に児童文学的なものを全然通ってないんですよ。ちょっとひねてて、親とか学校がすすめるものを遠ざけるようなところがありました。今思うともったいないんですけど、まあしょうがない。
 小学校4年生くらいの頃に、星新一の薄い文庫本を買ったんですが、それが自分で買ったはじめての文字だけの本でした。本屋さんの文庫本のコーナーに行ってうろうろ見て選んだんだと思います。たぶん当時は300円とか400円くらいだったので、お小遣いで買えたんですよね。角川文庫の『きまぐれロボット』で、当時は角川文庫の星新一の本は和田誠さんの表紙と挿絵が入ってて、その絵も好きでした。それで読んだら面白くて、そこから星新一の本は少しずつ買い集めて読みました。6年生の時に骨折して2週間くらい学校に行けなかった時があって、その時に古本屋で赤川次郎の本をまとめて買ってきてもらって読んだりもしましたね。この頃はまだ読書が広がっていくというより、絵本と同じで、手元にある本を繰り返し読んでましたね。あ、古本屋にもよく行って漫画を買っていました。

――新刊書店にしろ古書店にしろ。本屋さんには行っていたんですね。

滝口:本屋さんに行くのは好きでした。漫画も読んでいたし、雑誌もあるし、野球が好きだったので野球の本や雑誌も立ち読みしにいったり。あの頃はまだ漫画も結構立ち読みができた。実家の近くに2階建ての本屋さんがあって、レンタルビデオとか文房具も売っていたのでよく行っていました。もうなくなっちゃいましたが。

――野球が好きだったというのは、見る側ですか、やる側ですか。

滝口:両方です。小学校の頃は本を読むというより、野球をやったり見たりしていたんです。で、絵も描いていましたね。漫画みたいなものを描いていました。

――漫画は特に好きだった作品はありますか。

滝口:もう少し小さい頃ですけど『聖闘士星矢』が好きでしたね。大人になってギリシア神話とか読むと、これは『聖闘士星矢』のあれだな、とか思います。あと野球漫画は古いものも結構ひと通り読んだと思います。友達の家でお兄ちゃんのを借りて読んだり。「少年ジャンプ」の黄金期だったんですけれど、『ドラゴンボール』はあんまり読まなかったんですよね。なんか意固地なところがあって、自分が気に入ったものを支持して、他には手を出さないタイプだったんです。今思うとこれももったいなかったなと思います。もっと無邪気にいろいろ読んだらよかったのに、なんか自分を抑圧するところのある子どもでした。小学生の頃だと『SLAM DUNK』も人気がありましたね。一緒に野球やってた子が中学でみんなバスケに転向していきました。あとは、漫画ではないですけれど、さくらももこのエッセイ。

――『もものかんづめ』とか『さるのこしかけ』とか。

滝口:そうです。「ちびまる子ちゃん」のアニメが小学生の頃に始まって、子どもながらに画期的だなと思ったんです。漫画も読みましたが、少女漫画なのに男の子も面白く読めるし。それで、エッセイもすごくヒットしたんですよね。あのシニカルなユーモア、それもとても身近な題材で、というのは文章を読むことと、もしかしたら自分が言葉で何か書こうとすることの原体験かもしれないです。最初に好きになった星新一の作品も、またタイプは違いますけどシニカルなところがありますよね。ひねてたから、そういうところが好きだったのかな。清水義範さんのパスティーシュ小説なんかも読みましたね。『国語入試問題必勝法』とか。あとはいろんなエッセイとか日記。銀色夏生さんの日記とか。

――ご自身で日記をつけたりは? 作文などは好きだったのでしょうか。

滝口:日記はなにかを読んで自分でも始めるんだけれども、全然続かなかったです。文章を書くことは嫌いではなかったけれど、学校の作文はあまり好きじゃなかったし、上手でもなかったと思います。

――そうえいば、滝口さんは『愛と人生』で「男はつらいよ」へオマージュを捧げていますよね。小さい頃からよく観ていたんですか。

滝口:小さい頃の方がよく観てましたね。テレビで放送されたり、ビデオに録ったのを親が見ていたので一緒に。小学校の真ん中くらいになるともう観なくなるんですけど、小さい頃に繰り返し観ていたせいで内容は刷り込まれてるんですよね。その血が20歳ぐらいになって騒ぎ出してまた観始めることになるんですが、10代の頃はいったん遠ざかっていました。

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