その1「4人きょうだいの末っ子」 (1/6)
――いちばん古い読書の記憶から教えてください。
上田:やはり絵本ですね。僕は4人きょうだいの4人目なので、家に絵本がいっぱいありました。三角形の帽子をかぶった盗賊みたいな三人が並んだ表紙の...『すてきな三にんぐみ』でしたっけ。それとか『モチモチの木』とか『ごんぎつね』とか。そうした絵本が古い本棚に乱雑にあって。まだ字が読めない頃は、それらを眺めていました。
――今振り返ってみて、どういう子どもでしたか。
上田:姉2人、兄1人の4人目だったので、目を引くようなことをしないと大人が相手をしてくれなかったのか、突飛なことを言いだすことがあったみたいですね。上3人の視界にも僕はあんまり入っていないみたいで、3人はきょうだいげんかをしていましたが、僕はあまり参加していませんでした。子ども部屋の定員が3人で、僕だけ親の布団で寝ていたからかもしれません。なので、上の3人は「8時だからもう寝なさい」と言われるのに、僕だけ親の部屋で10時くらいまでテレビのニュースを見ていました。80年代だったので「今、世界では」とか「アフリカの貧困」といった報道をしていて、そういうのを見て「こりゃ大変だ」と思っていました。
――そういうところで人格形成がなされたのかもしれませんね。では、小学生くらいになって、字が読めるようになると...。
上田:『大どろぼうホッツェンプロッツ』とか、「ズッコケ三人組」シリーズとか。それと並行して『ドラえもん』などの漫画も読みました。ジャンプ系の『ドラゴンボール』なども読み始めましたし、兄が買ってきた『タッチ』なんかも好きでしたけれど、当時読んだ漫画で強烈に印象に残っているのは『沈黙の艦隊』ですね。それがたぶん、小学校4年生か5年生くらい。親父が買ってきたんです。読んで衝撃を受けました。子どもなりに淡い理解だったとは思うんですけれど、潜水艦をベースに独立国家を作るような話なので、国についてあまり考えたことがなかった自分にはすごくインパクトがありましたね。漢字にルビが振っていないので、漢和辞典を引きながら読んでいたのを憶えています。
――お父さんはご自分が読もうと思って?
上田:そうです。当時、すごく流行っていたんで。まだ10巻まで刊行されていない時期だったと思います。
他には、兄貴が買ってくるスニーカー文庫の『ロードス島戦記』を読んだりもしましたね。ファンタジー小説は他に『アルスラーン戦記』なども読んでいました。『アルスラーン戦記』は2017年にようやく完結していましたから、31年越しでしたね。途中から僕は追えていないんですが、「ああ、ちゃんと終わらせるって作家としてすごいな」と思いました。
中学2年生くらいまでは、そういう読書が続きました。
――中学2年生で何か変化があったのですか。
上田:僕はあまり自分では買わず、兄や姉や父が家に持ち込んだものを味わう最終捕食者だったんです。音楽も姉がビートルズを買い始めたから聴くようになりましたし。それで、中学校2年生くらいの頃に姉が家に持ち込んできた本が、吉本ばななさんの『キッチン』や村上春樹さんの『ノルウェイの森』だったんです。それで当時流行っていたミリオンセラー系の純文学を読み始めて、「あ、こっちかな」と思いました。
――「あ、こっちかな」というのは?
上田:自分がやりたいのはこっちだな、と気づいたのがそのタイミングでした。僕は5歳くらいから本を書く人になりたいと思っていたんです。親の注意を引くために突飛なことを言わないといけないという謎のプレッシャーがあったので、その究極の形が「本を書く」みたいなことだったのかもしれませんね。それを意識しながら読書を続けて、でも絵は描けないし、ファンタジー小説も違うなあと感じ、そんな時に純文学系のものを読んで「こっちだな」と思った。しかも当時、めちゃくちゃ売れていたんですよ。「はなきんデータランド」という、いろんなことをランキングで紹介する番組があって、「今週の1位は村上春樹『ノルウェイの森』です」と言われているのを見て、「すごい、金も儲かるんだ」と、夢のようだなと思いましたね(笑)。
――中学生で『ノルウェイの森』を読んで、どんなことを感じたんでしょうか。
上田:どれだけ分かっていたのか分からないですけれどね。ただ、切なさややるせなさというか、「人生って大変だな」というのは感じました。書くことで、楽しませるだけでなく苦しませたり考えさせたりすることも成り立つんだ、というところがすごく面白く感じました。
――当時、実際に自分で小説を書こうとしたこともありましたか。
上田:ありました。当時はワープロも持っていなかったので、原稿用紙を買ってきて書こうとしたんですけれど、全然書けなかったですね。2、3行書いて止まる、みたいな。何を書けばいいのかまったく思いつかない感じでした。
――ああ、ストーリー的なものが浮かんで書くというよりも、まっさらな状態で原稿用紙に向かってみた、という。
上田:そうですね。だって、もしかしたら、「ギター弾いてみたら弾けちゃった」みたいに、いきなり書けるかもしれないじゃないですか(笑)。可能性としてはゼロじゃないですよね。それでノーアイデアのまま書こうとして、「ああ、書けない、じゃあ今は止めておこう」と。
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