その1「古本屋をはしごする小学生」 (1/6)
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- 『それいけズッコケ三人組 (ズッコケ文庫)』
- 那須正幹,前川かずお
- ポプラ社
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――プロフィールによると、乗代さんは北海道生まれなんですね。
乗代:そうですね。北海道の江別にいたのは4~5歳までなので、そこでの記憶はあまりないんです。その後、東京の練馬に引っ越しました。幼い頃に読んだ本は、どちらで読んでいるのかわからないですね。
――おうちに本がたくさんあったのですか。
乗代:母が絵本を好きだったのと、兄がいたのとで、結構ありましたね。「こどものとも」や「かがくのとも」をいくつか取っていたので、毎月2、3冊絵本が届いていました。送られてくるものはペーパーバックで、評判の良かったものが絵本になるというシステムだったようで、今、そこで読んだものを本屋で見かけると、自分の記憶とは装丁が違うんです。改めて出されないものもあるから、話は覚えているのにタイトルがわからないものも多いですね。ほかに、今も本屋に置いてあるようなロングセラーの絵本はだいたい読んでいたように思います。
――どんな内容のものが好きだったか憶えていますか。
乗代:母の影響で、林明子さんは好きでした。思い出深いのは『まほうのえのぐ』。女の子がお兄ちゃんに借りた絵の具を持っていかれちゃって、追いかけたら動物たちが絵を描いてたから、そこで一緒になってそれぞれ描くという。『3びきのくま』とか外国の民話ものも好きでした。『てぶくろ』とか、『マーシャとくま』とか。人間が熊の家に行って荒らして帰るだけみたいに、教訓めいたものがない話のほうが消化しきれず残りやすいのかもしれませんね。それと、小説の中にも出しましたけれど、佐々木マキさんの『やっぱりおおかみ』。あれは今も持っています。
――小学校に上がると、絵本から児童書が増えていきましたか。
乗代:『かいけつゾロリ』のシリーズはたくさん読んでいました。おかべりかさんの『よい子への道』も好きでした。よい子を目指すためにしちゃいけない悪いことが漫画で説明されていて、今だとヨシタケシンスケさんが近いことをやってるのかな。奔放なのにクールで、楽しんで読みましたね。その中の「なす」っていう漫画を「生き方の問題」という小説に出したら、金井美恵子さんから「おかべりかさんがお好きなんですか?」とお手紙をいただきました。金井さんが、ご自身が特集の「早稲田文学」で、おかべさんのことを「追悼にかえて」という副題のエッセイで書いていて、それで亡くなったのを知ったところだったので、驚きましたね。それをきっかけに金井さんとも何度か手紙のやり取りをさせてもらったりして。
――そんなことがあったのですね。
乗代:『ズッコケ三人組』のシリーズも家にありました。兄がファンクラブに入っていて、黄色い手帳も持っていましたね。その作者の那須正幹さんの『ぼくらの地図旅行』という、大判の絵本が好きでした。地図を見ながら小学生2人が目的地を目指すんですが、現状が地図と違っていたり道がふさがれていたりで大変、みたいな。見開きに、その場所の俯瞰の絵と地図が載ってるんです。今はよくそんな旅をするんですけど、歩いているとこの絵本を思い出しますね。
――ご自身で物語を空想したり、文字にしたりはしていましたか。
乗代:漫画を描いたりはしていましたが、誰にも見せませんでした。だいたい読んでいるものの真似ですね。ゲームブックとかも好きだったから、自分でも作りかけては複雑になって止める、みたいな(笑)。
――どんな漫画を読んでいましたか。
乗代:小さい頃は「コロコロコミック」を読んでいました。沢田ユキオさんの「スーパーマリオくん」とか今もやってますけど、ゲームと漫画がリンクする感じが面白かった。それと、隔月で「別冊コロコロコミック」が出ていて、そっちは漫画家が自由に描いているようなところがありました。勝つためなら殺人を厭わないサッカーチームが、死傷者を出しながらトーナメントで勝ち進んでくるみたいな話があって、それのタイトルがずっと分からないんです。
――そんな漫画があったんですね。学習漫画などは読みましたか。「〇〇のひみつ」シリーズとか。
乗代:「みえる・みえないのひみつ」というのは、沢田ユキオさんが漫画を描いていたので何度も読みました。伝記漫画も図書室にあるのはほとんど読みましたし、小学館の「日本の歴史」はかなり周回しました。中学受験対策でもあったんですが、面白かったですね。入試問題集で使われている小説を読むのも好きでした。
――ゲームブックを結構読んでいたとのことですが、ゲームもよくしていました?
乗代:小中にかけてスーファミからプレステにという世代ですから、人並みにやってました。RPGは、ドラクエやクロノ・トリガーが流行った頃でしたけど、兄がやっているのを見ているだけでも満足する弟でした。
――今振り返ってみて、どんな子どもだったと思いますか。
乗代:勉強もスポーツも人間関係も、結構バランスよくやっていたと思います。6年生の時には児童会長もしてましたから、優等生だったんじゃないですかね。
――積極的にリーダーシップをとる感じですか?
乗代:役割上は、ですね。真面目だけれどそんなに堅物でもなく。先生に1回、褒められたことがあるんですよ。塾通いしている受験生同士で固まるのをよく思っていなかったような年配の女の先生で。僕も塾に通っていたんですが分け隔てなかったので、「この人は違う、えらい」みたいなことをみんなの前で言われて。
――それ、暗に他の塾通いの生徒を批判してますよね。
乗代:そういうことだったと思います。なんでそんなことをみんなの前で言うんだと思いましたけど(笑)。まあ僕自身、敵を作らず好きなことしようみたいな意識は働いていたと思います。八方美人でいるというより、自分の道徳を秘めてどこにも肩入れせず動いているのが一番楽だというのはこの頃からあったかもしれない。
5、6年生の頃にたぶん一番読んでいたのは灰谷健次郎さん。その頃まだ完結してなかった『島物語』が好きでした。最初は『兎の眼』から入ったと思うんですけれど。家族で島に引っ越して、自然薯掘ったり、魚採ったりするのに憧れて。それはそれで小学生らしいチョイスで楽しんでたんですが、その一方で、漫画は小学生が読むもんじゃないだろう、みたいなものを...。
――何ですか。
乗代:父親の影響で、家に全巻揃っていた『ナニワ金融道』とか。あと、いがらしみきおさんの『ぼのぼの』が当時アニメでやっていて、それが好きで漫画も揃えていたんです。古本屋が地元に4、5軒あったので、塾の行き帰りにダーッと回って家には「自習してきた」と言ったりする生活だったんですが、いがらしみきおさんの他の作品も読みたいと思って、片っ端から読んでいました。古本屋だとカバーもないので立ち読みでしたが、後で確認したら、この時に出てるものは全部読んでたみたいです。『のぼるくんたち』と『さばおり劇場』が好きでしたね。あと、この古本屋通いでよく読んでたのは山本直樹さん。
――ませてる(笑)。
乗代:『ありがとう』とか、上下の分冊で出てたのを1日で立ち読みして帰った記憶があります。中高生になってから、自分で買いました。事あるごとに読んでると、小学生の時にこれをどう捉えていたのかわからなくなってくるんですけどね。今挙げた3人はずっと読んでいますし、かなり影響を受けました。
――ん、『ナニワ金融道』から受けた影響といいますと。
乗代:これは影響というか、『本物の読書家』の関西弁の男は、完全に『ナニワ金融道』の都沢というエリートの喋り方で書いています。ほぼそのままですね。いちばん読み返している漫画だと思います。
――読み返すのは、どういうところに惹かれてですか。
乗代:人間の強さ弱さと、その模様と。あと、描き込みがすごくて。スーツの柄なんかも手書きで「$」がいっぱい描いてあったりする。そんな柄にしなきゃ描かなくていいのに。一回原画展に行って、生で見たのが忘れられないです。自分も、例えばこの部屋のことを書くんだったら全部書きこむのが理想なので、「やっぱりそういうことだよな」と励まされます。余白なんてないこの世をしっかり見てるぞ、という。