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第22回:本多 孝好さん (ほんだ・たかよし)

本多孝好さん

恋愛小説「FINEDAYS」が好評の本多孝好さんは、スラッと背が高く、語り口もソフトです。今もっとも注目される若手作家は、心に響く作品同様、自身も澄んだ魅力にあふれていました。これまで読んできた本にまつわる話から、あの独特の小説世界をつむぎだす背景が見えてくるかもしれません。

本多孝好(ほんだ・たかよし)

1971年東京都生まれ。慶応大学法学部卒。94年「眠りの海」で第16回小説推理新人賞を受賞。99年に受賞作を含む短編集『MISSING』(双葉社刊)で単行本デビュー。「このミステリーがすごい!2000年版」でトップ10入りし、一躍脚光を浴びる。2000年に初の長編『ALONE TOGETHER』(双葉社刊)、02年に連作ミステリー『MOMENT』(集英社刊)、今年『FINE DAYS』(祥伝社刊)を刊行。

【本のお話、はじまりはじまり】

本多さん、持参したバッグから何冊か取り出しながら話し始める。

本多 : 小学校3、4年生くらいの時、ポプラ社の江戸川乱歩シリーズを読んでいました。両親が共働きだったもので、この子は本をあげとけば黙ってるってなもんだったのでしょう。本を読みながら留守番したり、親の仕事場に行って本を読んで時間をつぶしたりというのがわりと多かったんです。1日で読み切ってしまうし、さすがに後の方になると「毎日毎日、本を買ってもらえると思ってるんじゃない?」と親に怒られた記憶があります(笑)。

――乱歩シリーズの後は?

本多 : 中学に入った頃は赤川次郎さんのブームというか爆発的に売れ始めた時期で、文庫本で買いやすかったこともあって、よく読んでいました。主人公が自分より2、3年上の青春小説ということで、ある種のあこがれみたいなものも含めて、その時期の感性をくすぐられたというか。特にどれか1作ということではないですけど、赤川さんの作品群として覚えています。トータルのお仕事に対する敬意を今も持っていますね。

――赤川さんの作品は何冊ぐらい読まれました?

『僕らの課外授業』
赤川次郎(著)
角川文庫
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『名探偵はひとりぼっち』
赤川次郎(著)
角川文庫
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本多 : いやあ、どうなんでしょう。たぶん40〜50冊でしょうけれども、ちょっとわかりませんね。今の中学生はどうかわからないんですけど、その当時の中学生にとって、本を貸し借りする唯一の作家さんでもあったんです。ふだん本を読まない人でも赤川さんの本なら何かしら持っている。「これ読んだよ」「じゃあこっち貸すから」とやりとりのできる作家さんでもあったんですよね。

――どのくらい続いたのですか?

本多 : 中学1、2年の1年間ぐらい。中学に入る頃から大人向けの本を読み出すようになったので、いろんなジャンルに手を出し始める乱読の時期でした。エラリー・クイーンだのアガサ・クリスティーだの、いわゆる王道のミステリーを読み始めた時期でもありましたし、司馬遼太郎さんを読み始めたのもその頃でした。

――最初に読んだ司馬さんの本を覚えていますか?

本多 : 「梟の城」だと思うんですけど、とにかくその時期、本があれば何でもよかったんですね。だったら、単純に長いもののほうが経済的で(笑)。文庫の棚で分厚いものを探していくと司馬さんの本にあたるというような部分がありました。その当時、エッセイの類は読んだ覚えはないですけど、「関ケ原」とか「国盗り物語」とか、歴史小説はよく読んでいましたね。

――クイーンやクリスティーの小説で心に残っているのは?

本多 : 始めの方に読んだのがクイーンの「エジプト十字架の謎」だったんですけど、それがなかったらミステリーをそんなには読み続けなかったかもしれない。いわゆる謎解き小説のおもしろさをたぶんその本で感じたんだと思います。

――相当なペースで読んでいたんでしょうね。

本多 : そうですね。というか小学校5年生の後半から中学の受験勉強に入って、いまだに親は謝るんですけど、本を取り上げられたことがあるんですよ。マンガを渡されて「マンガを読め」って(笑)。本は時間がかかってしょうがないと。

――それは珍しい。つらかったでしょう。

本多 : あっ、あの、そうですね、でも読んでましたけどね、なんだかんだいって。

――隠れて?

本多 : そうですね。隠れていたつもりはなかったんですけど、それでも多少暗いところで読んでいたんですかね。目が悪くなったのはちょうどその時期ですから(笑)。

――中学1年から乱読したのもその時の反動ですか?

本多 : それもありますし、私立の学校に行ったので通学時間がかなりあったんですよ。1時間ぐらい電車で通わなきゃいけなかったんで、その時に読んでいました。授業中に読むこともありましたけど(笑)。

――読むスピードは早かった?

本多 : 比較的早かったです。そんなに難しいものを読んでいなかったというのもあるんですけど。気になるとやめられなくなって、エンターテインメントであれば2日に1冊のペースで読んでいたんですかね。

――クイーンやクリスティー以外のミステリー作家は?

本多 : ちょっとは読みましたけど、僕にはあまりマニアックな気質がないと思うんです。本格ミステリーはある意味マニアックさを追求するところもありますし、そういう意味では他の書き手に飛ぶことはあまりなかったですね。分厚い本を探している時、半村良さんの本に出合ってSFにいったのもあるし、「妖星伝」シリーズとかの伝奇小説や、現代小説のミステリーではないエンターテインメントにいったのも半村さんがきっか
けだったのかなあ。半村さんの本を追うだけでSFや冒険もの、下町人情ものといろいろカバーできてしまうので、しばらく半村さんにはまっていました。

【お気に入りの本たち】

――その後は?

本多 : 村上春樹さん、村上龍さん、吉本ばななさんといった同時代的な作家さんの本を読み出したのは大学に入ってからですね。村上春樹さんは「ノルウェイの森」から入って、それから最初に戻って年代順に読み始めました。村上春樹さんの本は、自分にとってのお気に入りが年齢によって変わるんです。今は「ダンス・ダンス・ダンス」が一番のお気に入りですけれど、文章感覚というかリズム感覚が好きなので、どの本でも読んでいて退屈することがないんですよ。読んでいるだけで心地よい作家って人それぞれいらっしゃると思うんですけど、僕にとって村上春樹さんはそういう作家さんの1人ですね。

――村上龍さんは?

本多 : 「コインロッカー・ベイビーズ」がおもしろくて。いまだに読み返すのが「コインロッカー・ベイビーズ」と「69」と「愛と幻想のファシズム」ですね。

――「コインロッカー・ベイビーズ」が話題に上ることは今も多いですね。読み返す理由は何でしょう?

本多 : う〜〜〜ん、「コインロッカー・ベイビーズ」を読み返す理由。う〜〜〜ん、本を読み返すのに実は理由はないんですけど。あの、好きだからとしかいいようがないですね(笑)。

――愚問でした。すみません。

本多 : いえいえ。おもしろかったと思って読み終えた本でも、どこまで自分の中でおもしろさを引っ張っていくか、ものによって違うと思うんですよ。おもしろかったで終って2度と読み返さない本もありますし、その違いがどこにあるのかなんでしょうね。個人的なツボに何かがはまっているということなのか、作品そのものに違いがあるのか、ちょっと僕にはわからないですけれども。

――94年に小説推理新人賞を受賞された後、プロ作家を意識して小説や映画等をむさぼる日々を送られたそうですが、当時読まれた小説について教えてください。

本多 : ミステリーという枠でデビューして、自分で読んできたのは趣味で読んでいた本だけで、いわゆるミステリーの名作と呼ばれるものをほとんど読んでなかったんですよ。ですから当時わりと意識してそういうものに触れていきました。

死ぬ時はひとりぼっち
『死ぬ時はひとりぼっち』
レイ・ブラッドベリ(著)
扶桑社ミステリー
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ストリート・キッズ
『ストリート・キッズ』
ドン・ウィンズロウ(著)
創元推理文庫
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怒りの葡萄
『怒りの葡萄』(上巻)
ジョン・スタインベック(著)
文藝春秋
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――いくつか挙げていただけますか?

本多 : 一番印象に残っているのがハードボイルドです。レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」とかロス・マクドナルドの「さむけ」とか。それすら読んでなかったお前もどうなんだという話もあるんですけど(笑)。その時初めて、自分の文体はハードボイルドだと気がつきましたね。その頃からハードボイルドは1度書いてみたいなと思っていて、今日持ってきた「死ぬ時はひとりぼっち」は、レイ・ブラッドベリには珍しいハードボイルドなんですけど、こういうタイプの小説を書いてみたいなと。

――どういうところに惹かれました?

本多 : 持っている匂いが好きなんでしょうね。ブラッドベリは小説的な仕掛けがどうこうというより、ある種の読後感を与える書き手だと思うんです。乱暴な言い方をするなら、読んだ内容は忘れてしまってもいい、読み終わった時に湧き上がってくる感情があって、それさえ持っていてくれればそれでいいという書き手だと思います。そういう姿勢はすごく好きですね。自分もできることならストーリーを読み終わった後に、それぞれの読者がそれぞれの中に何かを生み出してくれるようなものを書いていきたいと思っています。

――(テーブルの1冊を指差しながら)こちらの本は?

本多 : 書いてみたいハードボイルドという意味でドン・ウィンズロウの「ストリート・キッズ」。いわゆる青春ハードボイルドです。設定的なものというか、赤川さんの影響ということでもないんでしょうけど、今、青春ハードボイルドってあんまりないかなという気もするので自分でも書いてみたいなと。

――この作品は?(別の1冊を示す)

本多 : 今まで話してきた本とは全然違うんですけど。一番好きな本は何ですか?という無茶な質問ってあるじゃないですか(笑)。その時にはジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」と答えるようにしているんです。ラストシーンが大好きです。こういう小説を書きたいというよりは、こういう人間観を持てる人間になりたい。実体験でしか学べないことがあるのと同じように、小説でしか学べないことってあると思うんですね。そういう意味で、1番多くを学んだなと思う本です。

――こういう本に出合えるっていいですね。

本多 : 当たりとはずれを比べるとはずれの方が多いに決まっているんですけど、当たりの経験を何回か持っていると次の当たりを追っかけてみる気になりますしね。

【現在注目する作家】

――最近読まれた中で印象に残っている本は?

本多 : 伊坂幸太郎さんは非常にユニークな才能の持ち主だと思いますね。自分と同じ時代で生活してきた人たちが、この先何を書いていくのかやっぱり興味あります。友人の金城一紀もそうですし、池上永一さんとかも。

――20代の頃と比べて最近の読書量はどうですか?

本多 : すごく減ったと思います。年間50〜60冊といったところでしょうか。新人賞を獲って就職せずにやっていた頃は、少なくともその倍は読んでいましたね。

――1番リラックスできる読書スタイルは?

本多 : 家が1番リラックスするんですけどね。あまり人と接することのない生活を送り始めてから、昼下がりの喫茶店とかでなんとなく周囲の人をたまにぼけっと見ながら、思い出したように小説を読むっていうようなことも多くなりました。そこからずれている自分が恥ずかしくもあり愛しくもあり、そんな感じですかね(笑)。みなさん仕事の打ち合わせをしていたりとか、子供を連れながら奥さま同士のお話しをしていたりとかする中で、一人で本を読んでいると、気まずい感じもあるんですけど、その感じも嫌いじゃなかったりして……。

――ふだん立ち寄る書店はいくつかありますか?

本多 : 横浜の有隣堂に行くことが多くて、横浜駅では西口と東口にあるんですけど両方まわって、あと丸善と紀伊国屋もまわってという感じが多いんです。ただ、「FINE DAYS」を出した時あいさつに行かせてもらったもんですから、まあ1人2人の書店員さんにごあいさつしただけですから、面が割れているわけはないんですけども、僕も一応作家で自意識が過剰なんでなかなか寄りづらくはなってしまってるんです。あとは渋谷に出て本屋に入ることもちょこっと増えました。渋谷だとブックファーストですね。

――まずじっくり立ち読み? それともすぐに買います?

本多 : 僕は立ち読みします。本の冊数って増える一方じゃないですか。なかなか捨てにくいものですし、買う時は厳選して買おうとは思うんですけど、やっぱり気になったら買っちゃいますね。

――本多さんの刊行予定をお聞かせください。

本多 : 1番知りたいのが僕だったりするんですけどね(笑)。できあがったら出すとしか言いようがないんですけど、できれば今年中に。今ちょっと長い恋愛小説を書いているので、それは書き上げたいなあとは思っています。

(2003年7月更新)

取材・文:瀧井朝世

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