第225回:町田そのこさん

作家の読書道 第225回:町田そのこさん

2020年に刊行した『52ヘルツのクジラたち』が未来屋小説大賞、ブランチBOOK大賞を受賞するなど話題を集めている町田そのこさん。少女時代から小説家に憧れ、大人になってから新人賞の投稿をはじめた背景には、一人の作家への熱い思いが。その作家、氷室冴子さんや、読書遍歴についてお話をうかがっています。

その4「きっかけは氷室さんの訃報」 (4/7)

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――卒業後はどうされたのでしょう。

町田:学校を卒業した後は理容師として働きはしたんですけれど、もともと才能がなかったのと、シャンプー液やパーマ液にかぶれて手や腕が腫れあがっちゃって、そんなに好きではなかった仕事なので辞めちゃったんです。そこから職を転々として、最終的に結婚しました。今考えてみたら転々とした職の中で、わりと小説のネタになるものがあったなと思います。
 出産もして、書くことにまで思い至らないという状態が28歳まで続きました。私、なんていうのか、いい大学を出ていないと作家になれないっていう、ちょっと変なコンプレックスがあったんですよ。いい大学の文芸科とかを出て、大学の時からバリバリ論文とか小説とか書いている人たちが作家になれるんだって思っていたので、「専門学校卒で専業主婦の私なんかが無理じゃん」っていう諦めがありました。

――実際は、いろんな経歴の人が小説を書いていますよね。では、小説を書いて応募しようと思ったのは何かきっかけがあったのでしょうか。

町田:「私にも小説家になるという夢があったのに」と思っていた時に、氷室さんが亡くなられたんです。もう、すごいショックでした。その時に、「なんで私、今までこんなことしていたんだろう」って。「あんなに憧れて助けられたのに、作家になって会うって夢もかなえられなくて、駄目じゃん」って。自分にすごく絶望して、そこから「もう1回やってみよう」と思って、また書き始めました。
 それで、はじめて作家を目指して書き始めたら、本を見る目が変わったんです。今までは受け取り手として「面白い」とか「これあんまり好きじゃなかった」というだけだったのが、本の構成とか文章の書き方を意識するようになって。さきほど言った『デルフィニア戦記』も、それまではただ眺めていただけだったのが、情報の出し方や台詞まわし、膨大な量のキャラクターの書き分けといったいろんなものがバーッと頭に入ってきた感じです。でも、自分が書こうとすると、それがうまくアウトプットできないんですね。

――どういう小説を書き始めたのですか。

町田:真っ先に選んだ媒体は携帯小説でした。子どもが小さかったので、子ども片手にガラケーで小説を打って投稿していたんです。読んだ人がコメント欄に感想を書きこめたり、投票のポイントでランキングが出てたりするんですが、投稿当初は「読みにくい」とか「山場が遅い」など、すごく言われました。それと、連載形式をとっていたんですが、最初は「面白かったです」と言ってくれていた人がいきなり「こんな展開にするんだったらもう読みません」と怒っちゃう、ということもありました。そこで読み手のことを考えるようになって、意識しながら書いてというのを繰り返していたら、次第に「面白いです」とか「これは好きです」と言ってくれる人が現れてきて、ランキング1位もとれたんです。
 そこで仲良くしていた人で「この人巧いな」と思った友達は、だいたい携帯小説からデビューして、本を出されたりしているんです。私は指をくわえて見ていたんですけれど、そういう人から「一般文芸のほうに行って、編集者さんに見てもらったほうがいいんじゃないの」と言って教えてくれたのが、「R-18」だったんですよ。

――「女による女のためのR-18文学賞」、通称「R-18」ですね。

町田:「R-18」はウェブから応募できるから、私みたいな人間にもハードルが低いんです。しかも原稿用紙30~50枚という規定だから、またハードルが下がる。長篇を書かなくても読んでもらえるし、二次審査までいくと編集者からの感想がもらえるんですよね。その感想がほしくて、「よし、じゃあこっちでいってみよう」と思って最初に応募したのが、朝香式さんが受賞した年だったんですけれど、それは一次にもひっかからなくて。「まだ全然足りてないんだな」と思って、そこからまた2年間くらい、本を読んで自分なりに勉強しました。桜庭一樹さんの『私の男』って作品がありますよね。私、本屋さんでぱっと開いた時、冒頭の〈私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。〉からぐっと惹かれたんです。初っ端から殴りつけてくる感じの文章って、次のページを繰る原動力になるんだなと実感しました。あの時から、冒頭の一文って絶対に大事だなと思っていて、本屋さんで本を選ぶ時は最初の一文だけを見て決めたりしています。
 それで、「こういうのを書けるようになるにはどうしたらいいのか」って考えて、『私の男』の最初の1行目から終わりまで全てタイプしたんですよ。

――え、結構な長篇ですよね。

町田:文章をまるまる写すってどういうことかなとちょっとの出来心でした。やってみたらやっぱりしんどかったのでもう2冊目のチャレンジはなかったんですけれど。でも、「自分だったらここでこんな句読点は打たないし、こんな台詞言わせないのに。いやでもこれがこの後こう生きてくるのか」っていうことが肌で分かって、すごく勉強になりました。本当に気まぐれでやったんですけれど、すごく効きましたね。そこから1000本ノックじゃないですけれど、もう1回、自分がこれまで読まなかった本を読もう、すごいものを見てみようと思っていろいろ読んで出会ったのが、小山田浩子さんと桜木紫乃さん。

――ほう。また作風が全然違うおふたりですね。

町田:小山田さんの『工場』はたまたま読んだんですが、「工場は灰色で、地下室のドアを開けると鳥の匂いがした」という一文で始まって、だんだん意味の分からない方向になっていく。読み終えた2日間くらい変な夢を見たほど、自分の中で処理しきれない世界でした。で、最後に鳥が飛び立っていくんですよね。あのジェットコースターのような展開の、頭とお尻がちゃんと決まっているってすごく格好いいなと思って。
 桜木紫乃さんは友達が褒めていて「好きな作家さんだと思うから読んでごらん」って言われて、まず『ホテルローヤル』を読んで「ああ、すごい」って。私、個人的に北海道のクリエイターさんって、すごいって思う人が多いんですよ。氷室さんももちろんそうですし桜木さんもそう。ミュージシャンではサカナクションさん。北海道が私を呼んでいるって勝手に思っています(笑)。
 桜木さんの書く北海道の女性は、氷室冴子さんの書く女性にちょっと似ているなと私は思っています。男性を必要として男性のことをすごく深く愛するけれども、肝心なところではちゃんと自分の足で未来に向かって歩いて行けるっていうところが同じで、それは北海道の女性が持っている特性なのかしらって思うくらい。そこから桜木さんの『蛇行する月』を読みました。私、「幸せってなんだろう」と思っていた時期があるんですが、この本を読んだら幸せの見方の角度もいろいろあって、一方向から見るものではない、という当たり前を思い出させてもらえたんです。それで「このひとの描くものはものすごいのでは」と。その後に『ブルース』を読んで「やっぱり」と確信しまして、その上登場人物の影山博人に恋焦がれるようになりました。何人目でもいいから女にしてほしいと思うくらい(笑)、そこからは桜木さんに憧れ続けています。『ホテルローヤル』が映画化されていましたけれど、私は『ブルース』を実写化してほしい。相手役の女優さんに嫉妬しそうだけれども(笑)、影山博人が動いている姿が見たいんです。

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