WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第41回:中場 利一さん
悪ガキたちの青春を描いた大人気作『岸和田少年愚連隊』。その最新作『純情ぴかれすく』がいよいよ刊行に! 作者の中場さんは小説通り、少年時代は本なんて読みもしないワルだったよう。そんな彼も、ひょんなことから、小説、ノンフィクション、写真集、雑誌…とジャンルを問わず読み漁る大の読書家に。その経緯とは? その驚きの読書道を、ご覧あれ!
(プロフィール)
1959年、大阪府・岸和田市生まれ。高校中退後、「本の雑誌」への投稿がきっかけで、94年に自伝的小説の本書「岸和田少年愚連隊」でデビュー。その他の作品に「岸和田少年愚連隊 血煙純情篇」(講談社文庫)、「同 望郷篇」「同 外伝」「同 完結篇」(以上、本の雑誌社)、「スケバンのいた頃」(講談社)、「岸和田のカオルちゃん」(講談社文庫)、「リョ−コ」(角川書店)、「スピン・キッズ」(徳間書店)、「どつきどつかれ」(徳間書店)、「えんちゃん」(マガジンハウス)、「野山課長の空白」(幻冬舎)、「NOTHING」(光文社)、「純情ぴかれすく」(本の雑誌社)等がある。
――失礼ですが、中場さんの子供時代というと、さぞかしやんちゃだったのではないかと…。
中場 利一(以下中場): いや、普通の漁師町の子供ですよ。岸和田の。母親も仕事をしていましたら、かまってもらえなくって、近所の年上の子供や同い年の連中といつも外で遊んでいました。花火をよその家に打ち込んだり、畑からスイカを盗んだり、違う小学校の奴らとけんかしたり…。生傷は絶えませんでしたねえ。
――本を読んだりすることはありましたか?
中場 : 小学校4年か5年の時に、学校で読めと言われて読んだのが、ベイブ・ルースの話。図書館にあったのを読みました。あとは中学卒業するまで本は読めへんかったですね…。お袋もおじいちゃんも本を読む人でね、お袋は今でも池波正太郎を読んでますよ。でも親父は全然読まなくて、僕はそっちに似たんですね。
――高校生になって、読んだのは何だったのですか?
中場 : 矢沢永吉のキャロルをよく聴いていて。それで、高校1年生の時に、『暴力青春』というキャロルの本を読みました。そのなかでジョニー大倉がカミュの『異邦人』がどうのこうのと書いていて。それでこういうのを読むとカッコええなあ、と思って探しに行きました。誰かにもらったんですが、結局読みませんでした。
――実際本を読み始めたのはいつくらいなんですか。
中場 : 20歳を過ぎてからですね。23、4歳くらいでヒモの生活を送ってて、バクチをやらない時はずっと女の部屋におったんです。ヒマでね、漫画くらいじゃ全然時間がつぶれない。そしたら、女の部屋に、司馬遼太郎の『新選組血風録』があったんですよ。それを手にとったんです。それまで全然本読んでなかったから、脳みそに入る容量がものすごくあって、どんどん読んで。そこから司馬遼太郎を一気に全部読みました。
――全部!相当数あったのでは?
中場 : まあ、ヒマやからね。
――それまでまったく読書に興味のなかった中場さんを夢中にさせる魅力はどこにあったのでしょう?
中場 : あの人は男を書くのがうまい。他の人は男の人を格好よく書くけれど、あの人は強いだけちゃう、男の可愛げを書くんですよ。そこがほんまうまい。僕もようお袋に言われてましてね「男ってものはこうだ、ああだって偉そうなこと言っとっても、その男を産んだのは女じゃー!」って。「“女の腐ったの”っていうのは女に対して使わない、男のことを差して言うんや」とか。
――頼もしいお母さん!
中場 : そうでなくちゃノイローゼになってますよ。年がら年中家庭裁判所行ったり人ん家謝りにまわったりしてましたからね。
――すごい……。
中場 : で、司馬さんを読み漁ったわけですが、今でも何年かに1回司馬ブームがくるんですよね。最近も久々に『竜馬がゆく』を読みたくなって、全巻買いました。『燃えよ剣』なんかは年に1回は読みたくなるから、30回は読み返していますね。
――じゃあ、ストーリーももう暗記していますね。
中場 : それが、読んだらすぐ忘れるタチなんです。それでまた読まな、と思う。でも、読む年齢によって全然感じ方が違うんですよね。女の人の言葉なんか、若い頃読んだ時はキツイこと言う女やなと思っていたのが、年重ねてから読むと、ああこれはすごく優しさのこもった言葉なんだな、これが分からんかったなんて、書いた人に申し訳ない、と思う。
――司馬さんを機に、他の人の本も読むようになったのですか?
中場 : 結構ノンフィクションを読むようになりましたね。土方歳三、坂本竜馬の研究書は片っ端から読みました。新人物往来社からいっぱい関連書が出ていて、それも読みましたね。刀の名前など、司馬さんの本とは全然違うことが書かれてあったりしましたね。まあ、小説は小説なので銘柄はどうであろうと関係ないとは思います。
――歴史関連の書が多かったんですね。
中場 : そこからジャンルを問わず、ノンフィクションを何でも読むようになりました。とにかく読みまくる。インタビュー本もあれば殺人の本もあればヤクザの本も読む。仕事場と家とでまた違う本を読みますから、同時進行で3冊くらい読んでます。朝から殺人鬼の少年の本を読んで、昼は車のエンジンの本を読んで、違う机の前では映画の本を読んで…。
――まさに乱読。どこに読書の喜びを感じますか?
中場 : 分からへん。なかったらなかったでええ。遊びかてやることいっぱいあるし、友達は遊びに来るし、読んでる間もないし。でも、読み出したらとまらへん。
――読む時期、読まない時期が分かれているんでしょうか。
中場 : 本を読むのも、文章書くのも、さみしい時のほうがいい。満たされていたら、自分の中に何も入ってこないし出ていかない。受信も発信もできないんです。今みんなメールとかようしてるけれど、あれ、さみしいからのめりこんでいるんやろ。さみしない奴はのめりこまへん。だから、自分も、本ばかり読んでいる時期はああ、今自分はさみしいんやな、と思うんです。でも、そのさみしさが好きなんですよね。
――その後、特にハマった作家はいなかったのですか?
中場 : 椎名誠さんの本を一冊もらって、そこから一気に全部読みました。それで、もうないんかって女に聞いたら、『本の雑誌』を買ってきてくれたんですよ。
――なるほど。
中場 : そしたらそこに葉書がついていて、書いて送って載ったらテレホンカードがもらえるいうから、テレカ欲しさに鉛筆でくねくね書いて送ったら、それが活字になったんです。そこから、書いて載って、また書いて載って…とやっているうちに、本の雑誌社の浜本君と仲良くなって。それで、何か書いてみたらと言われて、酔ったいきおいで7枚くらいのエッセイを書いて送ったんです。そういうのを送り続けているうちに1年経ちました。浜本君には「ゴミを送ってくるな」って言われましたけれどね。でも、それで文章の勉強させてもろたみたいなもんです。それで、「月300枚書いてみい」言われて、ぼろくそに言われつつ書き上げたのが、『岸和田少年愚連隊』になったんです。浜本君には育ててもらいました。
――それがおいくつくらいの時ですか? 書くことは楽しかったですか?
中場 : 書き始めたのが30歳で、本になったのが33か4歳の時ですね。その間、朝からかいて昼から遊びに行くという生活を送ってましたが、楽しかったですね。毎日、苦しいことなにひとつなかった。本を読むのも楽しかった。
――書く際、好きな作家の影響は受けなかったんでしょうか。
中場 : ああ、最初の頃は椎名さんに影響されていたと思います。「〜である」「〜のだ」って書いてましたから。今もそうですけど……。
――その頃、読んでいたのはどんな本ですか?
中場 : その頃はエッセイが好きでしたね。倉本聰さんのエッセイをよく読んでいました。
――ホント、どんなジャンルでも読みますね。
中場 : みんな好きなんですよ。僕、本読んでおもろないと思ったことない。どの本読んでも面白いんです。誰の本を読んでも好き。最近はみんな、お前が『電車男』を読んだら怒るだろうって言うんですけれど、そういうのも結構平気でケタケタ笑いながら読むんです。だから、何でも好き。
――ここ最近好んでいるジャンルは何かありますか?
中場 : 写真集が好きなんですよ。人物を撮ったものがいいですね。イタリアの精神病院の写真集や子供たちを撮ったものとか…洋書が多い。文字が分からないのでじっと見るだけなんですが、ワクワクしてくる。
――気になる写真家はいますか。
中場 : リチャード・アベドンの写真、大好き!! いろいろな人物を撮っているんですが、ふっと素に戻った一瞬をとらえるんですよ。笑っていてもカタイ表情に見えたり、嬉しそうなくせに生活苦しいんちゃう、って思わせたり。マリリン・モンローのめちゃくちゃさみしそうな写真があるんですが、それ、大好きです。彼の写真集は、小説書く前にずーっと見てて、ヒント浮かぶことがある。
――面白そうですね。
中場 : あとはTIMEが作った『JUMP』という写真集があって、有名人がぴょんと飛んだ瞬間を写しているんですよ。ウィンザー公とか、ボクシングのジャック・デンプシーなんかが登場するんですが、今まで思っていた人物像とは全然違う表情を見せている。ちょっと嬉しそうにしていたり。日本人では渡辺克巳という人。『新宿』という写真集は、受け狙いと違う視点でとっていて、好きやなー、と思います。
――そういった本はどうやって入手しているのですか?
中場 : 日本の本に関しては、日販ニュースとかを見て、テレビ欄を見るみたいに、最初の1ページからずっと新刊をチェックするんです。で、僕はパソコンを持っていないので、どうしても欲しい本は携帯で頼む。でも、本屋で見るほうが触れるし楽しいですね。洋書や、実際に見て気に入ったものは本屋で買いますね。本屋さんに行って写真集2、3冊、普通の本2、3冊、あとは雑誌を買って帰る時に帰り道は、どれから読もうか考えて、本当に嬉しい。
――ずい分一度にたくさん買うんですね。
中場 : 月に買うのが40〜50冊。でも実際読むのは2、3冊なんです。雑誌も読むし、自分が書いたものも読み返さなくてはいけないから疲れてしまうんですよね。あとはお酒飲んだりバイク乗ったりするから、もういっぱいいっぱいで。だから本を買ったところで終わるんです。買ってきてパラパラパラとめくって、次はこれを読もう、あれを読もう、で満足してしまう。地元に住んでいるもんだから、友達が多くて、本を読む時間がない。
――毎日いろんな人と交流があるんですか。
中場 : 家から仕事場にスーパーカブに乗っていく途中で3人は友人に会いますね。もし家にこもって本を読んでいたら病気かと思われてしまう。
――どんな生活パターンなんでしょう。
中場 : 朝起きてワイドショー見て占いと天気予報を見て、バイクで仕事場にいってから、幼なじみの自転車屋とお好み焼き屋でコーヒー飲んでいると誰かしらが集まってきて、1時間くらい話すんですよ。それで町の情報を集めてから仕事。仕事が終わって郵便物を集めてパラパラ見たりしてほけっとビールを飲んでいると誰かが誘いにくるから遊びに出かけて、かえってくると疲れているから本は読まない。さっきも言いましたが、今、さみしくないんですよ。さみしくないから読まへん。東京とかに閉じ込められたらいっぱい読みますよ(笑)。
――じゃあ、最近では小説はあまり読んでない…??
中場 : いや、北方謙三さんも好きだし重松清さんも色川武大さんのも読んでるし…。小さな出来事を書いてくれている人好きですね。喋っている最中に指が動いた、というような。ただ風が吹いていた、でなく、新聞紙が飛んできて足にまとわりついてパタパタ音を立てた、ていうようなことを書く人が。そういえば、浅田次郎さんなんかはみんな泣くぞ泣くぞ言うから絶対泣けへん、と思って『鉄道員』読んだんやけど、ボロボロ泣きました。…ただ、やっぱり本棚とか眺めてみると、ノンフィクションが多いですねえ。
――考えてみたら、月にそれだけ購入していたら、相当な蔵書数では?
中場 : また読むから、捨てられへん。ガレージに置いたりしてます。部屋の中の本は、どんどん積みあげているので、奥のほうの本をとるのには一日がかりです。本の山と山の隙間から、奥の本が見える状態。それをわざわざ崩すのが大変なので、また買ってしまうんですよね。古本屋に探しに行ったり。コミックの『殺し屋1』の5巻なんて、奥の奥にあるから、3冊くらい買いました。料治直矢の本も買ったのに翌日東京に行く時に持ってくるのを忘れたからまた同じのを買いましたね。
――それに加えて雑誌やムックも相当あるのでは…。
中場 : 車やバイクの雑誌がアホウのようにありますね。『パトカーデラックス』なんかもある。これは各県警のパトカーの違いなんかが分かるんですよ。あとはミニカーの本や、実際はやらないのにラジコンの本なんかもあります。こないだは『宝塚パラダイス』というのを何やこれ、思って買って。だから今、月組とかごっつ詳しいですよ(笑)。
――もう、あらゆる方向に好奇心のアンテナが向いていますね。
中場 : いろんなことを知りたいんかな。最近では開高健の全集そろえたしなあ。白洲次郎の本をパッと買ってカッコイイと思ったら白洲次郎関連の本をずっと買いつづけて、次に白洲正子の本をずっと買って…。大江健三郎さんの本をずっと買ったこともあります。『村上ラヂオ』を買ったあとは、ずっと村上春樹を買って、朝パトカーの本読んで昼村上春樹を読んで…なんて生活していましたから。集中したらはやいんですよ。いったん読み出してカチン、とスイッチが入ったら、もう一気に読みたくなる。『バカボンド』かて5巻読んで面白かったから全巻買おうとしたら20巻あってびっくりしました。でも買わないと気がすまない。ほかにも、ビデオやDVDもボコボコ買っていますね、レンタルで返しに行くのが面倒なので。もう仕事場は本とビデオとミニカーだからけです。
――そんな誘惑の多い環境の中で仕事をなさっているんですか。
中場 : だから仕事に集中できない(笑)。でも自分で自分を管理するのは好きなので、ぴたっと何時までに何をする、と決めたら守ります。逆に、そういうことを決めないと何もしないので。たとえ前の日に飲みすぎてベロベロになっても、風呂にガーッと入って酔いを飛ばして決められたスケジュールは守ります。ただ、45歳になって、最近は次の日のことを考えて飲むようになりました。
――そんななかで(?)書かれてきた『純情ぴかれすく その後の岸和田少年愚連隊』がいよいよ刊行されましたね。
中場 : これ、岸和田シリーズの最後になると思うんですけれど、いっちゃん好き。これまでは1、2作目が好きだったんですけれど、それが今回、自分でゲラを読んだ時に、お、お、お、と思った。自分自身、迷いながら書いたのに、でも、僕はここの中のチュンバ、好きですよ。
自分でも、読んでいて楽しかった。はっきりした理由は分からへんけれど、今度のやつ、なんか好きなんですよ。
――迷いながら書かれたとは意外。
中場 : 自分がさみしい時に書いたんですよ。だから好きなのかもしれない。最近、自分をさみしくしたらいいって気づきました。友達と会うのひかえて、こもって、電話もせんと、さみしくさみしくして人にかまってほしいのに、そういうこと我慢して…。
――読者としては、これが最後になるというのがさみしい…。
中場 : まあ、もういいでしょう。でも、前もこれが最後とか言って、こうして新しいのを出したわけだから、大きいことは言われへんなあ(笑)。
(2005年3月更新)
取材・文:瀧井朝世
WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第41回:中場 利一さん