第65回:森見 登美彦さん
生真面目な言葉遣いでアホなことを繰り出し爆笑を誘う。そんなデビュー作『太陽の塔』で一気に人気炸裂、現在も天然黒髪乙女と善良妄想青年の恋と奇天烈な騒動を描く『夜は短し歩けよ乙女』が話題の森見さん。幼少期のお気に入りの絵本はもちろん、あれです! そしてロボットや宇宙に憧れた森見少年が、諧謔味ある文体に辿り着くきっかけは、実は大学時代のむにゃむにゃ時代にあったようで…。
(2007年3月30日更新)
【思い出の絵本】
- 『しょうぼうじどうしゃじぷた』
- 渡辺 茂男 (著)
- 山本 忠敬 (著)
- 福音館書店
- 780円(税込)
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- 『ぐりとぐら』
- なかがわ りえこ (著)
- おおむら ゆりこ (著)
- 福音館書店
- 780円(税込)
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- 『あんぱんまん』
- やなせ たかし (著)
- フレーベル館
- 893円(税込)
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- 『どろんこハリー』
- ジーン・ジオン (著)
- 福音館書店
- 1,155円(税込)
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- 『ラ・タ・タ・タム―ちいさな機関車のふしぎな物語』
- ペーター・ニクル (著)
- 岩波書店
- 1,680円(税込)
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- 『夜は短し歩けよ乙女』
- 森見登美彦 (著)
- 角川書店
- 1,575円(税込)
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- 『ぼくはくまのままでいたかったのに……』
- イエルク・シュタイナー (著)
- ほるぷ出版
- 1,470円(税込)
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- 『それいけズッコケ三人組』
- 那須 正幹 (著)
- ポプラ社
- 630円(税込)
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- 『たのしいムーミン一家』
- トーベ・ヤンソン (著)
- 講談社
- 609円(税込)
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- 『シャーロック・ホームズの冒険』
- アーサー・コナン ドイル (著)
- 光文社
- 880円(税込)
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- 『めぞん一刻 (1) (文庫) 』
- 高橋 留美子 (著)
- 小学館
- 630円(税込)
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- 『ロビンソン・クルーソー』
- D. デフォー (著)
- 福音館書店
- 840円(税込)
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- 『四畳半神話大系』
- 森見 登美彦 (著)
- 福音館書店
- 1,764円(税込)
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- 『海底二万海里〈上〉』
- ジュール ベルヌ (著)
- 福音館書店
- 788円(税込)
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――1番古い、読書の記憶というと?
森見 : 1番昔は絵本ですね。母が買って読んでくれたものもあったし、叔母が買った絵本が祖母の家にたくさんありました。『しょうぼうじどうしゃじぷた』、『アンパンマン』、『どろんこハリー』、『ぐりとぐら』…。そして、小説にも出したんですけれど、『ラ・タ・タ・タム』が好きで。
――『夜は短し歩けよ乙女』で、黒髪の乙女が愛する絵本ですね。
森見 : 発明家の男の人が白い機関車を作るけれど、その機関車をほっぽりだしてどこかに行ってしまうので、機関車が探しに行く話。絵がすごくきれいなんです。それと『ぼくはくまのままでいたかったのに…』も好きでした。熊が冬眠していたら上に工場ができて、目覚めた熊が出てくると人間と間違えられ、働かされるという。熊も働いているうちに自分が熊なのか人間なのか分からなくなっていく。非常に深い話です。
――子供向けとは思えないなんとも不条理なお話ですね。
森見 : 子供の頃は絵が好きで眺めていただけでしたが、大人になって読むとアイデンティティ・クライシスの話だなと思いました。
――それが幼稚園くらいの頃でしょうか。
森見 : 年代をあまりよく覚えていなくて。その後だんだん活字を自分で読むようになって、ポプラ社の「ズッコケ三人組」シリーズなどの子供向けのものを読むようになりました。講談社の青い鳥文庫の「ムーミン」シリーズの記憶も大きいですね。
――読む本はどうやって選んでいたのでしょう。
森見 : いきなり家に本が増えたことがあったんです。親類が、家の本がすごい量になったからといって、段ボール4、5箱分送ってきたんです。その中にムーミンも入っていたし、ズッコケ三人組もシャーロック・ホームズも入っていましたね。図書館も使いましたけれど、一番読んだのはその中の本でした。
――ご出身は奈良ですよね。どんな子供でしたか。
森見 : 小学校4年までは大阪にいたんです。それから奈良の生駒に行きました。本も読むけれどレゴでロボットを作ったり、普通に友達と遊んだり…。その頃は外に元気よく出ていくような子供でした。
――「その頃は」なんですね(笑)。
森見 : 小学校の時は非常に健康的な明るい子でしたね。部屋でレゴを組み立てていることもあるけど、友達と秘密基地を作ったりもしていました。そういえば、大阪から奈良の学校に転校したら、大阪から来たんだから彼は偉い、みたいな空気がありました。でも普通の住宅街に住んでいましたし、そもそも「いかにも奈良」という町でもなかった。
――段ボール箱以外の本で読んだのは?
森見 : 小学校の時は漫画も読みました。『ドラゴンボール』や『キン肉マン』。漫画誌で読むのでなく、ピンポイントで単行本で読んでいたので、多くは知らないんですが。高橋留美子も好きでした。『めぞん一刻』のおもしろさが分かったのは高校生ぐらいになってからですけど。あ、あとは『ロビンソン・クルーソー』を覚えていますね。ジュール・ベルヌみたいのはどうだったんだろう…。
――『四畳半神話大系』では『海底二万海里』が大事な小道具として何度も出てきますが。
森見 : ああ、本当に好きだなと思ったのは、大学に入って読み返してからなんです。はじめの時は、なんかよく分からなくてとばし読みしていました。あとは『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』も読みました。といってもファンタジーはそれほど読みませんでした。「ナルニア国ものがたり」も『ライオンと魔女』を読んで面白くないと思ってやめましたし。あ、あと、イエス・キリストの伝記を読んだ記憶があります。祖母の家になぜか子供向けのものがあって、他に読むものがなくてそれを何回も読みました。それとケストナーの『スケートをはいたうま』と、『森は生きている』を戯曲からお話に書き直したものとか…。
――おばあさんの本棚にそれらがあったんですか。
森見 : 祖母の家の本棚は母たち姉妹や祖父母の本がごっちゃになっていて、子ども向けの本もあれば、じいちゃんが読んでいた『新選組血風録』もあって。年齢があがっていくうちに、それまで意味が分からなかった本の意味が分かっていく、不思議な本棚でした。
【初作品は紙芝居】
――小学生の頃、作文は得意でしたか?
森見 : 書くことは好きでした。
――自分で創作したり?
森見 : はい。最初は小学校3年生の時。紙芝居でした。
――どんなお話を?
森見 : 母親がよく作ってくれたマドレーヌというお菓子を主人公にしたお話です。それで最初の紙芝居がうまくいったんで、仲いい友達と二人で作ってクラス会で発表することになって。でも作り方がむちゃくちゃでした。友達の家で作っていたんですが、友達のお父さんとお母さんが絵を描き、隣の部屋で僕が文章を書く。すると時々絵のほうが先にできあがってきて、それを見せられて「あ、こうなるのか」と文章を書いていくという変則的な作り方で。友達と探検に行って怖い目にあう、みたいな話やったような気がします。
【中高時代の読書生活】
――中学生の時の読書生活は?
森見 : 中高一貫校だったこともあって、何がどの時期のことか記憶が曖昧で…。ただ、中学校の時には、意味もなく図書室によく行っていました。『ニュートン』という雑誌があって、絵を見ただけで分かったような気になるので、よく見ていましたね。朝早くに学校に行っていたんですけれど、教室に行くといつもそこでデートしている2人がいて、3人ではいられないので(笑)、やむをえず8時前にまだ開いていない図書室の前に座って、英語の先生に「おう、早いな」と言われつつ鍵を開けてもらって、中で『ニュートン』を読む、というのを一時期続けていました。
――科学モノが好きだったんですね。
森見 : ロボットを作る人にもなりたかったけれど、宇宙も面白いなと思っていて。ブラックホールとか、ビッグ・バンとか。ちょうどNHKの『銀河宇宙オデッセイ』という番組にホーキング博士がよく出ていて、すごく面白かった。『ニュートン』はそういうのをよく記事にしていたんです。地球外生物よりも、宇宙そのものに興味がありました。
――ロボットとか、宇宙とか…。すごく少年らしい夢ですよね。
森見 : 夢見る少年ですよね(笑)。あの頃は『ニュートン』のアシモフの科学コラムを夢中で読んでいたのに、それがどうして今こうなったんだろう…(笑)。「アシモフが亡くなりましたのでこのコーナーは終わります」という記事を読んで、図書室で「おおーっ」とショックを受けていました。
- 『雨月物語 癇癖談』
- 上田 秋成 (著)
- 新潮社
- 2,835円(税込)
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- 『苦い林檎酒』
- ピーター・ラヴゼイ (著)
- 早川書房
- 530円(税込)
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- 『キドリントンから消えた娘』
- コリン デクスター (著)
- 早川書房
- 756円(税込)
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- 『IT〈上〉』
- スティーヴン・キング (著)
- 文藝春秋
- 3,262円(税込)絶版
- (文庫判 1巻)
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- 『ミステリ・ハンドブック』
- 早川書房編集部 (編)
- 早川書房
- 819円(税込)
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- 『金閣寺』
- 三島 由紀夫 (著)
- 新潮社
- 580円(税込)
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――森見さんの作品は、諧謔味ある古風な文体も魅力ですが、その源泉はどこにあるのでしょう。
森見 : それは大学に入って、しかも後半に体得した文体なので、高校生の頃はまったく。古典的なものとしては『雨月物語』とか、学校の図書室で『新潮古典集成』を読んだ記憶くらい。でも漱石も読んでいないし百閒もまだ知らないし。ほとんど今やっていることとは関係ないですね。むしろミステリーを読んでいました。ピーター・ラヴゼイとか、コリン・デクスターとか、ホラーではスティーヴン・キングやディーン・クーンツとか。
――ラヴゼイの『偽のデュー警部』とか…?
森見 : 僕はラヴゼイは『苦い林檎酒』を2、3度読みました。デクスターは初期の『キドリントンから消えた娘』などを読みました。
――キングは? 『IT』がでたのはいつくらいでしたっけ。
森見 : 僕が中学生の時だったと思います。上下巻で1冊3000円くらいしたんですよね。でも表紙の絵も素晴らしくて、どうしても欲しかった。本屋で悩んで悩んで悩みに悩んで、上巻を買って、半年してから下巻を買いました。
――クーンツでは何を?
森見 : クーンツは読んでみてあまり好きじゃないと分かりました。
――海外のミステリーは相当数ありますが、何を参考に選んでいたのですか。
森見 : 母親が結構持っていたので、そこから借りたのと、早川の『ミステリ・ハンドブック』を買ってパラパラ見て、読みたくなったものを読んでいました。そんなにマニアックなものを探し求めたりはしなかったですね。
――学校の課題図書などは読みました? 感想文を書かされませんでした?
森見 : 高校生の頃だったか、三島由紀夫の『金閣寺』の悪口を書いたんですよね。何かが気にくわなかったらしく。それが褒められたんです。先生も好きではなかったのか(笑)。それで悪口を書けばいいと思い込み、翌年、坂口安吾の『堕落論』で悪口書こうとしたら中途半端になってしまって、何も言われませんでした(笑)。
【コツコツ続けた創作活動】
――ちなみに、理系に進学されたということは、小説を書くということは考えていなかったのですか?
森見 : 父親が「医者をやってそのかたわらに小説を書け」と、しきりに言うので。理系に行ったのは、それが暗黙のプレッシャーだったからかもしれません。それに、本を読むのもそこそこ好きだけれど、文学部に進んでそれだけになってしまうのも寂しいと思いました。別の世界がまずあって、それで本を読むのが好き、というのがいいかな、と。そう自分を納得させていました。
――小説を書いてはいたのですか。
森見 : じりじりと。小学校の時は母親に買ってもらった原稿用紙に絵と文を書いていました。それが200枚くらい、まだ実家の段ボールの中にあると思います。中学生くらいから大学ノートを使うようになって。その時はカフカみたいな書き方でした。まったく構想を立てずにただ書いていくだけ。終わりはあるけれどオチもなく、面白がらせるというより自分のイメージを書くだけで。読むのは母親だけでした。
――カフカ的悪夢的な作品?
森見 : 砂漠の中に一本道があって、ずっと行くとおばさんの家があるから一輪車で行く男の子の話。途中でコンビニがあってそこに入ったらでかいミミズみたいなのが襲ってきて…というファンタジーです。自分でもよく分からない衝動に駆られて書いていました。
――思春期の男の子が、自分の書いたものを母親に見せるというのも意外。
森見 : 小学校の頃からずっと見せていましたから。生々しい内容ではなかったので。自分の悩みなどを書いていたら、見せるのは恥ずかしいけれど。そういうところから切り離された、純粋なファンタジーだったんです。母親にクリスマスプレゼントで小説を贈ることも多かった。
――お父さんは?
森見 : 小説なんか書いていないで現実を見ろ、というタイプですから、父親には見せませんでした。
――ちなみにデビューが決まった時、ご両親の反応は…。
森見 : 母親は、自分の息子の才能を信じているので「まあまあ私には分かっていたことよ」みたいなところもあった(笑)。父親にとっては予想外のことだったので、逆に非常に喜んでくれました。夢は破れるものなのにまさかこんなことになるとは、と、喜ぶというか、はしゃぐというか。
【四畳半大学生活】
――デビューの頃から戻りますが、大学に入った頃は読書してました?
- 『戦争と平和〈1〉』
- トルストイ (著)
- 岩波書店
- 987円(税込)
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- 『カラマーゾフの兄弟〈1〉』
- ドストエフスキー (著)
- 光文社
- 760円(税込)
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森見 : 大学に入って急にどっといろんなものが入ってきた感じですね。最初に読んだのはドストエフスキー。父親が言うていたんです。父は山ほど小説を読んでいるわけではないけれど、夏目漱石とトルストイが好きで、『戦争と平和』は絶対に読め、と。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は挫折したけれど、『戦争と平和』は面白かった、というので、じゃあ『カラマーゾフの兄弟』やと思って(笑)、読んだらすごく面白かった。こんなに面白いなら、と1回生の時にいろいろ読みました。逆に『戦争と平和』は挫折したんです。ここが父親と僕の違いなんだなと思いました。他にも、フォークナーなども読みましたが、ほとんど意味が分かりませんでした。特に『アブサロム、アブサロム!』はまったく訳が分からず、無理矢理最後まで読みました。それでも「凄い」という感じだけはした。
――幅広く読んでいたんですね。
森見 : 少女漫画も読みました。萩尾望都の『トーマの心臓』や『ポーの一族』、竹宮恵子の『風と木の詩』などちょっと昔のものを本屋をまわって買っていて。
――深い内容のものを。
森見 : 『はいからさんが通る』なども読みました。そういえば、うちの妹がバレエをやっていて、山岸凉子の『アラベスク』を読み出して、うちでブームになり、父親まで読んでいました。そこから僕が『日出処の天子』を買ってきて、家族みんなで「うおっ」と言って読んでいました。僕が浪人していた頃かな。
- 『トーマの心臓 (文庫)』
- 萩尾 望都 (著)
- 小学館
- 710円(税込)
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- 『ポーの一族 (1) (文庫)』
- 萩尾 望都 (著)
- 小学館
- 590円(税込)
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- 『風と木の詩(1) (文庫)』
- 竹宮 惠子 (著)
- 中央公論新社
- 720円(税込)
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- 『はいからさんが通る(1)』
- 大和 和紀 (著)
- 講談社
- 410円(税込)
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- 『アラベスク(1) (文庫)』
- 山岸 凉子 (著)
- 白泉社
- 610円(税込)
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- 『日出処の天子(1) (文庫)』
- 山岸 凉子 (著)
- 白泉社
- 590円(税込)
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――大学に入ってからは作中人物のように、四畳半に下宿を?
森見 : はい。
――狭くありませんでした?
森見 : 本は結構買っていたので、どんどん増えていって、壁が一面本棚になってしまって。4回生くらいかの時に、父親がこれが倒れたら逃げ場所がなくて死ぬ、と心配して。うちの下宿はほとんど人がいなくて、中国人の下宿人とか、空き部屋とかばかりだったんですが、ちょうどその頃、隣の部屋が空いて値段も下がって1万4000円になったので、隣の部屋を借り、本棚と寝る部屋を別々にしました。壁に穴あいていたら完璧やなと思っていました。
――安いですね~。それにしても、中国人の下宿人は、本当にいたんですね。
森見 : 隣にいはったんです。彼女連れ込んでモゴモゴ言うてんなあ、と思っていました。それで、その人が出ていったすきに、隣を借りたんです。
――蔵書数も相当あったんでしょうね。かなり読まれたようで。
森見 : 読む量が増えたのは、大学後半になって道に迷い始めてから…。
――ほおー。
森見 : 答えを探そうと読んだものもありました。
――哲学書とか、人生論とか?
森見 : 哲学書に限らず、何でも読むんですけれど、読む時に目にフィルターがかかっていて、ヒントになるものがないか、自分の決断を誘ってくれるものがないか探していたんですよね。4回生の春に研究室をやめてそこから1年、そして5回生までやっているので、その2年間の空白の時期にいろいろ読んだんだと思います。筒井康隆を読んだり、内田百閒を延々と読んだり…。
――内田百閒は森見さんの文体に大きな影響を与えていると思われますが、読み始めたきっかけは何だったんですか。
- 『冥途・旅順入城式』
- 内田百間 (著)
- 岩波書店
- 1,470円(税込)
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- 『太陽の塔』
- 森見登美彦 (著)
- 新潮社
- 420円(税込)
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森見 : いつのまにか。たぶん最初は岩波文庫の『冥途・旅順入城式』。本屋さんでふらっと見てふらっと買ったのかも。その空白の時期に、べたーっと浸りました。
――人生の答えを探して筒井康隆に内田百閒ですかあ…。
森見 : たぶんいろいろ読んだ中で、そこが残ったんでしょうね。ヒントを求めつつ、1番ヒントにならなさそうなところだけ残っちゃったような(笑)。
――文体もご自身にしっくりきたんでしょうね。
森見 : その時に文章の書き方で、こういう風に書けばいいんだと分かった気がしました。自分もこういう形にしたら文章が書けるんだろうか、と。スティーヴン・キングを読んでもそうは思わない。内田百閒はキングとは全然違う世界で、こういう書き方もあるのかという、真面目に考えるきっかけになりました。
――書いていた文章も変わったのですか。
森見 : そのむにゃむにゃしていた時期の以前と以後では差があって、以前は今と全然違うものを書いていたんです。大学に入ったら長篇を書こうと1回生から書いていて、3回生くらいまでかかったものがあるんですが、『太陽の塔』などとは異質なもの。むにゃむにゃの時にやけくそになって書いたのが『太陽の塔』なんです。
――空白のむにゃむにゃ時代で文体に変化が…。
森見 : 今までみたいな書き方をしていてはいかん、と思ったのが5回生の頃。夏に大学院を受けて受かったので、来年の春までの時間のあるうちに書こうという時点で、やけくそだったんです。空白のうちに百閒を読んだりして『太陽の塔』を書くことになった…と説明するときれいですが、ほんまかどうかは分かりません(笑)。
――やけくそであの文体が生まれたんですか。
森見 : それまで『太陽の塔』みたいなものを小説とは認めていなかったんです。小説はもっと美しいものであって、ああいう笑わせるようなものは大学に入った頃は考えていなかったんです。でもクラブのノートにちょびちょび書いていると人に笑ってもらえるので、書いてはいましたね。でもそれで小説を書こうとは思っていませんでした。
――ちなみにクラブは何を?
森見 : ライフル射撃部でした。
――ほお~。
森見 : その時に、無意識のうちに、笑わせ方が百閒の笑わせるエッセイと似ているところがあるなと感じていたのかもしれません。へんにいばって真面目な顔をしてアホなこと言うたりするのが共通しているなあと。当時自覚はしていませんでしたが。
――しかし文体は影響を受けて変化したとしても、クリスマスのカップルたちをめちゃめちゃにしようなどという発想は一体どこから…??
森見 : 切り替えていただけです。小説はもっと厳粛なものだと思っていたんですよね。そういう、普段考えていることを持ち込んではいけないと思っていたんだけれど、そうしないともう駄目な感じになっていて。
――あ、普段はそういうことを考えていたのですか?
森見 : あ、実際にモテない男子がねたんでいたというのでは語弊が(笑)。こういうことがあったら面白いよね、と、酒を飲みながら話していたことが小説にできるだろうか、と思って『太陽の塔』を書いたんです。これで駄目ならもう駄目だと思うと同時に、こんなんでいいのかなあ、とも思っていましたね。
――でもそれで一気にファンを獲得した。
森見 : うーん。やっぱりやけくそにならないといかんのかなあ。
――デビューが決まったのは大学院の時ですか?
森見 : 5回生の秋に書きはじめ、大学院に入った春に応募して、1回生の時に受賞しました。
【作家の読書生活】
――受賞して、生活は変わりましたか?
森見 : 四畳半を出ました。それが一番大きい。6年半住んだので。それ以外は、大学院生なので特に変わったこともなかったですね。淡々としていました。
――その後、就職されていますよね。作家業一本に絞らなかったのですか。
森見 : 自信がないので、そんな。もう次は書けないかも、と思ってしまうんです。何かひとつ書くと、もう書くことがない、と思ってしまう。
――でもこれまでの4作品は毎回新しい試みをしていて、可能性を感じさせるではないですか。
森見 : 今まではうまくいったけれど、次は駄目かと思う。もう小説は書けへんかもしれないと思うと、小説家という仕事は大変だなと思います、というと他人事みたいですけれど。
――小説家になって、他の人の作品を読む目は変わりました?
森見 : これ面白いから使ってみたい、と思うことがありますね。例えば『夜は短し歩けよ乙女』に出てくる風邪薬のジュンパイロは、岸田劉生の娘の、麗子さんのエッセイで、実家で飲んだ風邪薬、ジュンパイロがすごく美味しかったとあって、小説に出したくなったんです。
- 『ソラリスの陽のもとに』
- スタニスワフ・レム (著)
- ハヤカワ文庫
- 840円(税込)
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- 『新釈 走れメロス 他四篇』
- 森見 登美彦(著)
- 祥伝社
- 1,470円(税込)
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――最近読んだもので面白かったものは?
森見 : 『ソラリスの陽のもとに』が発作的に読みたくなって読んだら、やっぱり面白かったですね。
――『夜は短し歩けよ乙女』の夏の古本市では、少年が古今東西の本の関連をあげて本と本をつなげていきますよね。お詳しいなあ、と驚きましたが…。
森見 : あれは今自分でつなげられるありったけをつないだものです。
――古本市は実際に行かれるのですか。
森見 : 夢野久作全集や内田百閒全集は古本市で買いました。ところどころ抜けている巻がありますが。
――やっぱり京都がお好きですか。東京に来ると落ち着かないと以前おっしゃっていましたが。
森見 : このあたり(角川書店近辺)はだいぶ慣れました(笑)。京都の延長みたいに思えてきて。
――今後、拠点を京都から移すことはあると思います?
森見 : 転勤の可能性もあるので…。
――えっ。辞令が出たらどうするんですか!
森見 : うーん…………。
――さて、名作短編5編が森見さん流に書き直された『新釈走れメロス』も刊行になりましたが、さらに今後の刊行予定について教えてください。
森見 : たぬきの話が夏頃幻冬舎から出る予定です。中央公論新社さんで長年書いているのに進んでいない書き下ろしも、今年こそ出さねば、と思っています。
(了)