第4回
今回はまったく勝手に「ちくまプリマー新書・全冊読破」という企画をやってみたいと思います。
特定の著者の作品・印刷物をすべて読んでみたい(あるいは、持っていたい)という欲望が誰しもどこかに存在すると思いますが、特定のシリーズ・ラインナップをすべて…という欲望も同様にあると思います。コンプリートの欲望と申しましょうか。
そこで、①まだ創刊されて間がなく、点数が少ない ②頁数が少なく、文字も大きく、内容が平易で読みやすい という二つの楽をするための理由から、今回の思いつきが生まれてきたというわけです。
ちくまプリマー新書は、2005年1月創刊。現在14点刊行(2005年6月現在)。「『プリマー=入門書』という名にふさわしく、これまでの新書よりもベーシックで普遍的なテーマを、より若い読者の人たちにもわかりやすい表現で伝え」ようとするもの(「創刊のあいさつ」より)。外見的な特徴としては「128~176ページ 本文組=13.5級 平均価格700円 装幀=クラフト・エヴィング商會」で、文字数に比して正直、高価い。100頁ちょいでも紙が厚くて普通の新書並みの厚さ。和テイストで手触りのよい、しかも全巻異なるクラフト・エヴィング商會のカバーデザインが最大の特徴。コンプリート意欲が刺激される。
「プリマー」といえば、以前同じ筑摩書房から「ちくまプリマーブックス」というレーベルが刊行されていた。こちらはアマゾンで検索すると全157件、1987年2月から2004年2月まで刊行されていたもよう。ロングセラーとして思い出されるものには網野喜彦『日本の歴史をよみなおす』シリーズや養老孟司『解剖学教室へようこそ』『考えるヒト』(前回のネタとは無関係)などがある。体裁としてはB6サイズで「選書」もしくは「叢書」と呼ぶべきものだが、いまや(かなり前からだが)「選書」の棚を持っている店も限られており、多くの書店では内容により各ジャンルに置かれている。逆に言えば、シリーズ置きされているよっぽどの大型書店でないと一部を除いて見つけにくいのが現状。今回のプリマー新書は、より手軽な新書というかたちでプリマーブックスの遺志(?)を受け継いだものといえる。
それでは全点順番に―
001『ちゃんと話すための敬語の本』(橋本治)
敬語の本質がわかったような気になるかもしれない本。あるいは、うまく言いくるめられる本。不勉強な私は著者の他の本をほとんど未読だが、のらりくらりとやって最終的に腑に落ちるかどうかでこの本は「腑に落ちる」側に落ちた、という感じ。『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)は逆に反対側に落ちた感じだった。
002『先生はえらい』(内田樹)
このひねくれた感じと、語り口を受け入れられるかがまず問題。このひねくれに違和感を感じなくなれば「免許皆伝」かもしれない。私は好きです。
003『死んだらどうなるの?』(玄侑宗久)
死とその周辺の現象や思想について、仏典はもちろん、老荘や民俗学、臨死体験、ユング、脳科学や量子論までいろんなトピックを紹介する。ただ、結局のところは痒いところに手の届かない感じ。挿絵が素敵。
004『熱烈応援!スポーツ天国』(最相葉月)
23種の「マイナー競技」観戦記。どマイナーなものからわりとメジャーに近いものもある。奇妙な情景である。私とは一生無縁な感がある。「観客=選手」をはじめとした、マイナー競技共通の「法則」には納得。
005『事物はじまりの物語』(吉村昭)
創刊ラインナップ登場率ナンバーワンの吉村氏(印象)。『明治事物起原』になぞらえ、日本での13の事物の起源をさぐる。事物が主役なのでけっこう淡々としているが、日本ではじめてスキーをはいた人物を探索するくだりはドラマチックでおもしろかった。
006~008『勉強ができなくても恥ずかしくない①~③』(橋本治)
なぜ新書で三分冊で?という疑問は残るが、二冊目以降のめりこめて最後けっこう感動的。主人公のモデルの議論は、まあ当然そうでしょうね。
009『学校で教えない性教育の本』(河野美香)
最もストレートに中高生向け感が出たつくり。図解・イラストも当然あるので、電車で読むのはけっこう恥ずかしかった。情けない。内容が中高生に届くのかどうかは、どうだろうか。
010『奇跡を起こした村のはなし』(吉岡忍)
「豪雪、大水害、過疎という苦境を乗り越え、農業と観光が一体化した元気な姿に生まれ変わった」新潟県黒川村の経営の歴史。「地方自治体経営の成功」というそれ自体ほとんど語義矛盾にすら感じられる奇跡を成し遂げていく人々の情熱にやられる。おもしろい。
011『世にも美しい数学入門』(藤原正彦・小川洋子)
本屋大賞『博士の愛した数式』の小川洋子氏と数学者藤原正彦氏の対談。個々のトピックや数学者のエピソードにも心惹かれるが、何よりもその語り口に接して藤原氏のエッセイをぜひ読みたくなった。それがこの本の最大の効果だと思う。
012『人類と建築の歴史』(藤森照信)
タイトルからの想像と異なり、本文のほぼ七割が先史~古代史まで。「建築の誕生」あるいは「起源」としてほしかった。自由闊達に、やさしく、本質にせまろうとする思考と語り口はさすが。中世以降をもっと読みたい。
013『変な子と呼ばれて』(吉永みち子)
性を越境して生きるピアニスト、ミッシェル・近藤氏の半生。すがすがしい。性を超えるとともに手に入れたり失ったりしたものをすべて受け入れて生きるさまは非常に魅力的。
014『ある漂流者のはなし』
37日間漂流し奇跡的に生還、「人間て、なかなか死なないものだ」というセリフを残した武智三繁氏のドキュメント。最初武智氏が育った島の歴史や生活、漁に出るまでの半生の描写はやや退屈だが、後半のカタルシスのために重要なので我慢我慢。漂流してからはどんどんのめりこむ。最後の救助の場面は感動。こりゃすごい。