第11回
書店員をやっていて嬉しいことのひとつに、サイン会などで来店される作家さんにお会いできることがある。
先日、古川日出男さんが来店され、思いがけずお話させていただく機会を得た。
現在ビジネス書を担当している私としては、作家さんが近日来店!という報を耳にしても基本的には「ふーん」だけで、担当外の自分が対応するわけでもないしな、という感じであった。もちろん、好きな作家さんであれば気にはなったが、元来サインやグッズ蒐集癖のない私には、ご本人とお会いしたいとかお話ししたいとかいう執着は特になかった。
その時も私がお迎えするはずではなく、他の人が対応するはずであった。
しかし、当日店長は外出、本来対応するはずだった人間も出張販売で不在、文芸書担当者は就任間もなくまだそういう事態に慣れていない、ということで急遽文芸書担当者と私の二人がお迎えすることになったのだ。
すごく気にはなっているがなぜか手を出せなかった作家というのが存在する。
私にとって、古川さんはまさにそれであった。日本推理作家協会賞・日本SF大賞ダブル受賞の『アラビアの夜の種族』でググッと来て、『サウンドトラック』『ベルカ、吠えないのか?』でも非常に食指が動いたものの、『アラビア~』の650頁二段組に「買って合わんかったら後悔するな…」と圧倒された過去が尾を曳き、結局手が出せず終いであった。
『アラビア~』が話題となったときに、そういえば処女作の『13』を初めて手にしたときの記憶があることに気づいた。当時勤務していた店舗で新刊を並べていた際にその装丁からなんとなく不穏で猥雑な(失礼?)空気を感じて記憶に残っていたのである。
しかし気になっていたのは確かであったので、最近になって一冊読んでいたのだ。それは『gift』だった。
『gift』は無理にひとことでいえば、不思議なテイストが魅力の短篇集、ということになるだろう。
結構私は気に入り、これはいいと思ったのだが、実は本の内容以上に「不思議な」ことがあったのだ。
さて皆さんは、読む本はすべて購入されるだろうか。
正直申し上げて、私は(小説は)三~四割くらい図書館で借りている。だって、軍資金が足りないんですもの。
というわけで割り切ってしまいますが、出版されて一年以上経っており、どうしても「所有したい」本でなく、しかもまだしばらく文庫化されそうにない単行本であれば、まず図書館をさがす。というよりは、なんとなく図書館の棚を見ていて「これを読もう」ということになる。
『gift』もそのようにして偶然に発見された。おっと思い、しかも薄い本なので気軽に手を伸ばした。
ところが、パラパラと中をあらためてみて仰天した。なんとページのあいだに「スリップ」が挟まっていたのである(「スリップ」が何かわからない方は「めくるめくめくーるな日々」第一回をご覧ください)。
通常、スリップは新刊書店で購入される際に抜き取られる。単なる抜き忘れなど、残されていた原因も多数考えられるが、新刊書店外でスリップのついた本を持っているのはなんだか緊張する。原則的には、あってはならないことなのだ。要は、貨幣と交換せずに持ち出した、という嫌疑を容れる可能性があるからだ。
しかし、これは図書館の本。ちゃんと図書館名(というか「○○市立図書館」の表示)、分類整理用のバーコードもついている。おかしなことだ。さらに、このときすでに発売から約一年ほど経っており、私の前に何人もこの本を借りているはずで、その人たちはこのスリップを捨てなかったのだろうか。不思議だ。その何人もの人たちはこのスリップを発見し、ニヤリとし、そのまま挟み直して何喰わぬ顔を装って返却したのだろうか。そう考えると、なんだかこのスリップが、小さな奇跡に思えてきた。そう思うと、このスリップが真ッ白な水鳥の羽根に見えてきた。もちろん私も、元の通りに羽根を戻し、何喰わぬ顔を装って返却しました。
話は戻る。古川さんが来店され、編集の方と、私、文芸書担当者の四人でいろいろお話をさせていただいた。古川さんは非常におもしろい方で、その日と前の日京都や大阪で直観のおもむくまま逍遥された話や(それぞれ三時間かそこら歩き回っていたとか!)、作品のことについてさまざま教えてくださった。私も興奮して、唯一読んでいた『gift』のことなどいろいろ質問したりした。そもそも当日の来店には、新刊(当時)の『LOVE』にサインをしていただくという目的(?)があるのだが、実際のところ、さてではサインを…というきっかけがなかなか掴めず、結果的にけっこう長時間お話させていただき、すっかり私は古川さんのファンになった。
すでに応援する気持ちは固まった。その前になにより、まずはいろいろ読ませていただきます。