第15回
ヤンキース松井秀喜が左手首を骨折、その連続試合出場記録が1,768試合で途切れたのは5月12日のことであった。
その約1ヶ月前の4月9日、阪神の金本知憲は904試合連続全イニング出場の世界記録を達成した。
こつこつ地道に積み上げた結果できる記録のようなものには、私はまったく縁がない。べつに世界記録を持ち出すまでもない。世界にとって意義などない、自己満足／自己納得できるような何ものも私にはない。自分が歩んだ後ろに自然と道ができている、といった感覚は一切持ちあわせていない。見ればそこに奈落が口をあけているようで、怖くて振り返ることすらできない。
人から薦められ、『空ばかり見ていた』（吉田篤弘著・文藝春秋）を読んだ。とてもよかった。
よかったので『つむじ風食堂の夜』（筑摩書房）も読んだ。『空ばかり』の豊潤さに比するとやや淡泊さが気になってしまうが、こちらもよかった。そこで思いついた。「二重空間移動装置」というものが出てくる。帽子屋の桜田さんが売ろうとしている、ただの万歩計。毎日歩いているだけで、コペンハーゲンにだって辿り着ける。
これは面白い、ということでさっそく万歩計購入。軽く迷った結果、売場でいちばん高価なのを選択。「ポケットでも、かばんでも、フリー装着歩数計」「新型センサがフリー装着を実現」「有酸素運動に効果的」ふむふむ。なるほど「万歩計」は登録商標であるのだなあ。いちばん高価といっても2,800円ぐらいでしたが。桜田さんの売り値の3,500円より安い。20パーセントオフ。とはいうものの7日前まで記憶しているとか消費カロリーが表示されるとか歩幅を入力しておけば歩行距離も計算されるとか、たかが万歩計とはいえ侮れん奴よ。しかしみなさん万歩計を買おうと思ったらどこに行きます？ 私はたまたま別用で家電量販店に行ったとき、4階に健康関連商品売場があるというのでもしかしたら…と思って行ってみたら体重計（体脂肪計つきとか機能豊富なのがいっぱいあるなか、CMで香取慎吾が使ってたのがあったので自分もやってみたかったがひとりだったので恥ずかしくてやめた）の横にコーナーがあったので買ったのですが、ちょっとすぐには思いつかないものであります。
さてさてその日からさっそく装着（ポケットに入れてるだけですが）、毎日歩数を数え、累積計上していくことで遥かなる旅路、シルクロード、文明の十字路、さまよえる湖、隠された十字架、十字架は関係ないか、そういう私の貧困ながらも雄大なるイメージを喚起する異世界へ、心は早くも翼を擡げ、大空へと雄飛せんばかりなのでありました。いや違うな。こつこつ歩いてゆくのだな。逸る気持ちを抑え、一歩一歩足を動かすのでありました。
で私、これまでちょうど1ヶ月間積み上げてきた結果は、381,727歩、255.8km。自宅からスタートして広島市の手前ぐらいですか。直線距離ですが。ちなみに一歩67cmでの計算。いつになったらコペンハーゲンにたどりつくのやら。
毎日の勤務中、私がどれぐらい歩いているのかというと、おおよそ1万歩前後。自宅から店までだいたいいつも1,700歩、帰りも合わせ往復3,400歩、帰宅して外すと平均1万5千歩ほど（在宅時は装着せず）。この数字は私の予想よりは少なかった。自分では仕事中はもうかなり動き回っているつもりで、きっと2万歩ぐらい歩いているのではないかと無根拠に思っていたのだが実際はその半分ぐらいだったのだ。
私の歩くペースはほぼ正確に1秒間に2歩。1万歩なら5,000秒、約83分間。8時間＋αの勤務時間中に歩いている時間は1時間23分ほど。最近ちょっと机に座って（机の前の椅子に座ってるんですよ、念のため）ＰＣに向かう時間が多かった気はするが、それでもほとんどの時間立ったまま仕事をしているはずの私は、残りの時間立ってはいるが歩いてはいないことになるはずだ。いったい何をしているのだろう？ まあレジに入っているときなどは結果的にはほとんど歩いていないということがわかり、ちょっとした発見と失望を同時に得ておトクだったのだが。
脳内の記憶貯蔵庫に、サッカー選手は一試合に約10km走るという情報がかすかに残されている。20年近く前、おそらく「ビートたけしのスポーツ大将」（テレビ朝日系）から得た情報のような気がする。全然ちがうかもしれない。ともかく、私の1万5千歩は、ほぼ10km。私は自宅を出て帰宅するまで、毎日サッカー選手と同じ距離を進んでいるわけだ（それはゴールキーパーではないと思う。ちなみに最近のＣＭによれば中田英寿は一試合12km走るといわれている）。
そういえば私がブックファーストで働きだしてから来年で10年。その間変わらずこのペースで歩いていたとしたら、一年で約3,000km。10年で3万km。地球の外周が約4万kmだから、もうすぐ地球を四分の三周するわけだ。ぬおう。そんなに来ていたとは。13年で地球一周。そう考えるとすごいではないか。伊能忠敬出てこい。
しかし、私が毎日1万歩移動しても結局は同じ店のなかにいるのと同様に、地球一周してももとの場所に帰ってくるだけか。ふりだしに戻る。誰かそんな一周を一蹴してくれ。