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第14回:~涙の数だけ強くなれる? 新人さんと私の巻~

 電話が鳴った。 実用書担当の奥野サンが凄い勢いで振り返り、受話器を取る。
 
「…ハイ、ハイ、…あ、あったんですね。よかったデス。…わざわざお電話ありがとうございました!!…イエ、とんでもございません。今後とも当店をお引き立てのことよろしくお願い申し上げます!!!」
 
 声の勢いとは裏腹に、表情はどんどん険しくなり、受話器を置いたとたんにうつ伏せにうずくまってしまい、「大丈夫?」と声を掛けた私に、すがりつくような眼を傾けた。
 
「…聞いてくださいよ~」と今にも泣きそうな彼女の言葉を整理すると、
 ちょっと前に、とある出版社の新刊を予約客注を受けたそうだ。価格4500円の本。(なかなかのBIGタイトルだ) そのお客様から本日突然お電話が入り、東京のどこかの本屋で先行発売をしているという。当、山下は入荷してないのか?との事。どうしても今日中にご入用だとか。彼女が急いで出版社に問い合わせた所、お隣にある紀伊國屋書店本店で先行発売していたことが分かった。それを折り返しお客様に伝え、しばらくしてかかってきた電話の応対が上記の会話だ。つまり、当店でお買い求め予定の客注分をライバル店に紹介した(せざるおえない)状態に彼女は置かれたのである。「だって、今日中に欲しいっておっしゃるから、紀伊國屋さんを紹介しないわけにはいかないじゃナイデスカ! 私は間違ってますか?」とまるで自分に怒りをぶつけるように私に言葉を発した。よほど悔しかったのだろう。色んな思いが渦巻く中、「隣の店で買うので予約をキャンセル」と電話をしてくれたお客様にしっかりと電話対応できた彼女を私はエライと思う。
 
 こんな事は、よくあることだ。大きな書店に敵わない。コツコツとした100の努力もブランドや大手の信用の前では微々たる物になってしまう時がある。だた、奥野サンは2年目めにして初めて真っ向からこの法則の打撃を受けたのだ。実はこれは遅すぎる衝撃だったと思う。そしてこれからも幾度となく味わう敗北の第一歩なのだ。その辺を静かに説明するのだが、どうにも悔しさが溢れた仕方ない様子。「分かってます! 分かってますけど、悔しいんです! 文庫で言うと何冊分ですか? 4500円の本を売り逃すなんて」と涙ぐむ。

 泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、 

 売り場で泣き顔はいけない。たとえどんな理由でも、泣いたら負けだ。
 
 とは言え、私もつられて泣きそうになる(失笑)。人一番涙もろい自分を恨みつつ、「まぁ、4500円は惜しいことをしたケド、奥野サンの電話対応はパーフェクトに素晴らしかったので、きっとそのお客様は次もウチの店に来てくれるよ」と声を掛けた。そう、彼女は4500円のお品代を頂く価値と同等の書店員としての対応をしてくれた。それは明日の山下書店の財産になってくれるだろう。
 しばらく色んな話をした後、「さぁ次のお客様の接客をしなければ。お客様は一人ではないのだから」と話しを切り上げにかかった私に 彼女は、少し思いを残した様子ながら、グッと涙をこらえ「そうですね!」と顎をあげて笑った。
 
 自分よりキャリアが若い人と触れ合うと、忘れてしまいがちな「書店員心」をふと思い出すことがある。それは「一生懸命さ」だ。知識や常識にとらわれて、ついつい接客における誠実さを取りこぼしてしまいそうになる。口先や手先の接客ではない。何をしたらお客様が喜んでいただけるのか? この基本姿勢を忘れてはならない。そして、何事に対しても「悔しい」という思いを忘れてはいけないとも思う。何かに立ち向かう姿、それは「向上心」という仕事に対する大切な姿勢に繋がっている。
 
 笑え。泣け。怒れ。 後悔し、反省しろ。
 迷いながら先に進め。決して夢(目標)をあきらめるな。
 まるで、ジャンプやサンデー、マガジンの少年漫画のテーマのような姿が書店員にも似合うなぁと ちょっと思った一日だった。

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