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第13回 「読みたい本を全部読めたらいいのに」

 ずっと更新が滞っていたのは、いつになく忙しかったから。通常の仕事に加えて、PBC渋谷店の改装に伴う品揃えの見直しなどに関わることになり、なおかつ毎年恒例のことながらカレンダーや手帳の販売が始まる時期なので作業量が急増。落ち着いて文章を書く時間と精神的余裕が確保できなかった。尚、渋谷店は現在改装工事中。10月25日に新装開店となる。

 こういう忙しいときに限って、何やら読みたい本が続々と現れたりするものである。

そもそも私が自発的に本を読むようになった最初のきっかけは、高校受験だった。それまでは読書なんて全く興味なく、例えば小学校の時間割にあった「図書」の(週に1時限、図書館で本を読む)時間なんて大嫌いだった(いま考えると、なんて贅沢な生活だったのだろう)。それが高校受験のとき、つまり建前としては机に向かって勉強をしなければならない状況下、まさに受験勉強からの手頃な逃避として、読書を覚えたのが始まりだった。いまもまた、忙しい状況からの逃避を求める気持ちが、いろいろな本を魅力的に見せているのかもしれない。

 そんな折、『文藝』冬号(河出書房新社)が「絶対読みたい作家ファイル」なんてものを載せていて、普段こういうブックガイド的なものにはあまり影響されない私だが、何だかあれも読みたいこれも読みたい状態に陥ってしまった。

 例えば、どうしよっかなーと思ったまま結局買わずにいた黒田晶の2作目『世界が始まる朝』(河出)。この『文藝』には黒田晶のインタビューも載っていて、「街に疎外感を抱く人間がどう環境に対処していくのかを考えて」書いたなんて語っているのを読むと、やはり気になってしょうがない。同じ聞き手によるインタビューとして、長嶋有・平野啓一郎・黒田晶が並んでいるのだが、私としては、最も謙虚な受け答えに終始していた黒田晶が最も頼もしく感じられた。この作家は『メイド イン ジャパン』(文藝賞受賞作)一作で終わる人じゃないな、と思った。

 あと、恥ずかしながらほとんどノーマークだった小林エリカ。『ネバーソープランド』(河出)『空爆の日に会いましょう』(マガジンハウス)って、タイトルにまず屈服。ブックファーストの林さんも「すごく期待している」作家とのこと。
 さらにSFとかファンタジーって言われるとそれだけで何となく自分には無関係だと思ってしまう悪い癖のある私にとって、全くの盲点だった佐藤哲也『妻の帝国』(早川書房)。永江朗に「2002年の日本文学最大の収穫」と言わせてしまうのだから、ただものではないのだろう。

 同様に講談社ノベルスという「枠」に負けて手を出さずにきた舞城王太郎。大塚英志・東浩紀の編集による新雑誌『新現実』(角川書店)で初めて佐藤友哉の作品を読み、ぬぬっ、ノベルス最先端は侮れないぞ、と思ったこともあり、気になり続けている作家のひとりだ。

 最新刊の中山可穂『マラケシュ心中』(講談社)、岡崎祥久『首鳴り姫』(講談社)も読みたいし、年内に2冊の新刊が出る予定の角田光代も要チェックだろう。果たしてそんなに読む時間があるのか?

 いま現在は、大江健三郎の新刊『憂い顔の童子』(講談社)を読んでいる途中。半分をちょっと過ぎたあたり。今回は(というべきか、今回も、というべきか)、古義人(=大江?)がやたらに「被害」に遭って心身ともにズタボロ。見せ場は唐突にやってくる。独特のエロスも健在で、さすがにやっぱり面白いのだが、寝不足の頭にはちょっと重いのか、なかなか読み込みスピードが上がらない。

 実は村上春樹の『海辺のカフカ』(新潮社)がやたらに売れているので、久々に春樹を読んでみるのもいいかなーなんてちょっとだけ思ったのだが、文藝賞の選評で田中康夫が以下のように書いていて、その気が失せた。

 ――村上春樹や天童荒太の両氏に象徴される「そのままの君で良いんだ。君は何も悪くない。きっと誰かが君を理解してくれるよ」的な、現実逃避にもならないその場限りの表層の優しさ――

 限られた時間で何を読むべきか、悩みのタネがひとつ減って良かった……。

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