« 前の記事 | 最新 | 次の記事 »

第3回 2002年1月□日 [前編]

 本日の読書、『オフサイドはなぜ反則か』中村敏雄著/平凡社ライブラリー¥1300(以前、三省堂より刊行され、このたび増補版として、平凡社ライブラリーより昨年11月出版された。)

 オフサイドは、なぜ反則なのだろう。こんなこと考えたこともなかった。スポーツにはルールがあり、ルールに従ってプレイする。今は太っちょの僕も、若い頃はサッカーに没頭していた時期もあった。プレイヤーとして、オフサイドは疑うべくもなく反則なのであって、審判の下すオフサイドの裁定には、微妙なジャッジの時は少なからず不満を抱くことはあっても、従うのは当たり前、なぜそれが反則なのか、などという疑問は頭の隅にこれっぽっちもなかった。
 サッカーのルールは、とてもシンプルである。フィールドプレイヤーは手でボールを扱ってはいけない。これはルールというより、サッカーをサッカーたらしめている大前提。あとは、足を引っかけたり、蹴ったりしてはいけない、というようなおよそ人間社会の倫理上の約束事みたいなことがほとんどで、明らかにやってはいけない反則とわかる。では、オフサイドはどうか。なぜ反則なのか。んーー、答えられない。

よくよく考えてみると奇妙なルールだ。オフサイドがなければ得点はもっとたくさん入るはずだ。サッカーは得点を競うゲームなのにどうしてそれに制限を加えるようなルールを設けたのだろう。日常慣れ親しんでいることで不思議なことって結構意外にあると思う。別に疑問に思わない人はそれでいいし、もしオフサイドがなぜ反則なのか知りたい人は是非この本を読んでみて下さい。

 オフサイドが、なぜ反則か、という疑問はとりあえず横に置いておくこととして、僕がオフサイドについて断言できることは、もしそれがなかったら、サッカーはこれ程面白い魅力的なスポーツにはならなかっただろう、ということだ。サッカーの魅力はひとことでは言えないけど、僕の一番のお気に入りはスルーパスだ。矢のような前線へのスルーパスが繰り出される、それが成功するにしろ、失敗するにしろ、そのたびに胸がドキッとしてしまう。夢中になって観戦している時などは、ほとんど心臓が止まりそうになる。ましてや、それが応援しているチームのファインゴールに結びついた瞬間の僥倖。スルーパスからゴールへの夢のような、美しくて、危うくて、儚い軌跡の全体が、何十年経っても鮮明に思い出されることだってある。ほとんどスルーパスフェチだ。でも、もしオフサイドが反則でなかったら、フォワードは皆、相手のゴール前にへばりついて、スルーパスもなにもあったもんじゃない。スルーパスの概念自体も生まれなかったかもしれない。

 オフサイドルールは限られたフィールドスペースの内に緊張感をもたらすことに成功した。プレイヤーには、一瞬の判断力や正確で素早いボールコントロールが求められる。サッカーのゲームを一度でも体験したことがある人ならわかると思うが、狭いスペースの中で相手のプレッシャーを感じつつ適格な判断とボールコントロールを維持するのは至難の技だ。それができるのが一流プレーヤーの証であり、選手は皆これを目標に日々精進しているのだ。オフサイドがなかったら、サッカーの技術もこれ程進歩しなかっただろう。

 獣のような俊敏さと勘で、フォワードは虎視眈々とオフサイドライン突破を狙う。かたや、ディフェンダーはそれをあざ笑うかのようにオフサイドトラップの罠をはる。冷静な一糸乱れぬ意志統一。そのかけひきが面白い。オフサイドに対する意識がチームのとても重要な戦術的柱になるのもうなずけるところだ。トルシエ・ジャパンのフラットスリーなんかもその典型だろう。いかにして攻めるか、そしていかにして守るか。単純明快な命題だけど、サッカーの戦術やシステムの問題は、最終的にはこのオフサイドなくしては語れないだろう。

 オフサイドがなかったら戦術はごく限られたものになっていたと思う。ゴールマウスの近くにいた方がゴールの確率は高いに決まっているわけで、必然的にゴール前にフォワードを集結させ、どんどんボールをほうりこむゴール前での攻防に終始する単調なものになっていただろう。身体的に勝っている方が圧倒的に有利だ。強いものが必ず勝つという単純な図式でこと足りる退屈なスポーツになっていたかも。サッカーは弱くてもたまには勝つこともあるし、というより、弱くても戦い方を工夫することで、強い者を打ち負かすことだってできるから面白いわけで、だからこれだけ世界中で親しまれているのだと思う。そして、それぞれの戦い方の工夫の中に避けがたく国民性みたいなものが宿ってくるもので、そこがまた、たまらなく人々を熱狂させるのだ。僕らは、オフサイドなくしてサッカーの面白さ、美しさをこれ程までに味あうことはできなかっただろう。
....つづく

« 前の記事 | 最新 | 次の記事 »

記事一覧