第4回 2002年1月□日 [後編]
サッカーの話になると、ついだらだらと喋りたくなってしまう。ご勘弁。ただ今日僕が言いたかったのは、世界には物事を面白くしたり、美しくしたりしている、オフサイドルールのような絶妙な縛りみたいなものがあるんじゃないかな、っていうこと。
一見不合理にみえても、実はそれがないと面白さが半減したり、つまらなくなったりするような不合理さ。書店の仕事もどこかサッカーに似ていないだろうか?書店は本を売るのが商売だ。商売である以上たくさん本が売れた方がいい。サッカーでいえばゴール。ゴールはたくさんした方がいいに決まっている。だからといって、一見ゴールの確率の高い商品(世間でいうベストセラー)ばかりを集めれば、面白い棚ができるか、といえば必ずしもそうとも限らないし、実際はベストセラーを揃えること自体、力のない書店にとっては困難だ。それでは書店業もオフサイドルールのないサッカーと同じように、強い者が必ず勝つという単純な図式でこと足りる極めて退屈な商売になってしまう。だけど、世間でいう売れ筋が豊富に並んでいなくても、なんとなく面白くてついつい手が伸びてしまう棚がある。時たま同業者として、こういう棚を作っている担当者の頭の中を覗いてみたくなる。たぶん、そういう棚の達人の頭の中には、オフサイドのような絶妙な縛りの感覚が、きっとあるに違いない。そして、その縛りを実に巧妙に操って上手に自分のスタイル(サッカーで言えば国民性ってことかな?)を棚に表現してゆく。そんな、棚には必ずファンがついてくる。結果、自身で世間一般とは違う独自の売れ筋を作り出してしまう。そして、結局たくさんのファインゴールが生まれるのだ。
なんでもありの自由さからは、きっと多種多様なスタイルの面白さは生まれてこないだろう。イングランドのサッカースタイルが好きな人もいれば、ブラジルのスタイルが好きな人もいる。それでいいのだ。だからサッカーは面白い。20世紀はサッカーの世紀だった、なんて言った人もいるけど、サッカーがこれ程長く世界的規模で、多くの人々に愛されてきたのは、やっぱり面白いからで、そしてその多様な面白さを生み出す、とても大切な仕掛けがオフサイドなんだと思う。
ヨハン・クライフ。1974年W杯西ドイツ大会で一躍脚光を浴びたオランダのオフサイドトラップは今でこそ常識的な戦術の一つになっているが、当時としては画期的なものだった。彼こそがオフサイドに込められたサッカーの面白さを体現できた天才だ。
1974年7月7日、忘れもしない西ドイツvsオランダの七夕決戦。深夜、眠い目をこすりながらTVの前に釘づけになった。敗れはしたが彼が率いるオランダが表現したサッカースタイルは衝撃的だった。そして、何より美しかった。彼は国際サッカー歴史・統計連盟によって、20世紀最高の欧州プレイヤーに選ばれている。