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第18回 2002年10月○日

 設営当日、僕等は自前のライトバンに商品の入ったダンボール箱を車いっぱいぎゅうぎゅうに積み込み、いざ会場の東京アートフォーラムに向った。事前に受け取った搬入経路にそって進み、指定の搬入用エレベータの前に辿り着いた。エレベーターの前には、何やら数名のスタッフらしき人達がいたので、ミュージアム設営の為搬入に来た由を告げる。スタッフらしき人の一人が、「本日はジャニーズのコンサートがあるので、このエレベーターは専用となり、一切使用できません。」とつれなく答える。こんなこと、一切僕等は聞いてない。まして、事前の搬入の段取りにそって行動しているのに、全く理解に苦しむ。何てこった。ジャニーズのスタッフらしき人達は、もう当然のことのようにふるまうし、僕等も押し問答しても、埒があきそうにないことを悟り、引き下がるしかなかった。
「なんだかよくわからないな。」とイナバがぼやく。
「全く、なんだかよくわからない。」と僕。 またしてもこのフレーズ。結局、駐車場にいた係員らしき人に事情を説明して、別のルートを確保してもらうことに。この別のルートが厄介だった。搬入用のエレベータが使えないと、ミュージアムショップを設営するAブロックに到達するには、迷路のような道筋を辿るはめになり、まして使用するエレベーターが普通サイズなので、商品のダンボール箱も小分けにして、何度もこのルートを往復しなければならなかった。この時ばかりは、この東京アートフォーラムの施設のバカでかさを呪いたくなった。
 突然、段ボール箱を載せた台車の車輪が壊れた。持ちこんだ台車は確かに安物だったけど、よりによって、こんな非常事態の時に壊れるなんて……。えーい、最後は手運びじゃー! もう、なんだってやったるわい。やけくそぎみにジャニーズのコンサート開場を待つ長蛇の女の子達の列の間をかき分け、どうにかAブロックに搬入完了。汗が滝のように体を伝う。今回展示する商品は、Tシャツ、CD、グッズ系が多かったので、梱包されたダンボール箱は、ほとんど軽量だったのがせめてもの救いだった。これがもし、本がぎっしりつまったダンボール箱だったら……想像するだけでぞっとした。TOKYO ART JUNGLE運営事務局なるものから事前に配布されたあの搬入手順は一体、何だったんだろう。なんの意味もないではないか。イナバが独り言のように呟く。
「ちくしょー、そっちがその気なら……。」
 そっちがその気ならって……。何やら物騒なおコトバ。僕は不安気にイナバを伺った。

 会場の設営、展示は意外とスムーズに進行。日頃、重たい本を扱っている書店員にとって、Tシャツやグッズは気が抜けるぐらい軽く感じられる。やっぱり本屋さんてつくづく重労働だよなあと今さらながら実感する。展示が一通り済み、最後に販売カウンターを設置する。袋、手提げ袋の場所を決めて、もういつお客さんが来てもいい状態にして、準備完了だ。と、思うのもつかの間、肝心のレジがないではないか! レジは設営当日には用意されている約束になっていたのに。何てこった。
「ナベ、運営事務局へ、どうなってるか確認に行こう。」とイナバと一緒に事務局へ。扉を開けると、そこは長テーブルが並べられているだけの実に殺風景な部屋。そこにポツンと学生アルバイトらしき女の子が2人。手持ち無沙汰な表情で僕等を迎えた彼女達に、レジのことなど伝えても、全く状況がのみこめない様子だ。実際、彼女達も「私達何やっていいかわからないんです。何やったらいいんでしょ?」と逆に僕等に聞いてくる。ダメだこりゃ。彼女達もなんだかよくわからないまま、このイベントに参加しているんだなあ、と妙な感慨を抱きつつ僕等は事務局を後にした。担当のMさんの携帯に連絡、レジはイベント当日には必ずとの確約をもらい、結局僕等は早々に会場を引き上げることにした。
 帰り際、だだっ広い東京アートフォーラムの会場をぶらぶらしたが、TOKYO ART JUNGLEに参加するアーティスト達の設営準備を目にすることはなかった。一体、本当にこのイベント大丈夫なんだろうか? ジャニーズのコンサートを待つ女の子達は、その間もみるみる数を増し、色とりどりの奇抜な服装や、声援するために作ったうちわなどの準備に余念がない。TOKYO ART JUNGLEは、なんだかよくわからないけど、彼女達は実にわかりやすい。元気いっぱいだ。期待に胸ふくらませる彼女達のかん高いおしゃべりの狭間をかいくぐり、僕等は帰路に着いた。

 こんな調子で迎えたイベント当日。今となってはイベントの様子はあえて書くまい。僕が胸に抱いた印象は一言でいえば、もはやこの数回の日記の中で用いた頻度の高いつぶやき「なんだかよくわからない」だった。僕にはなんだかよくわからなかったけど、結局このTOKYO ART JUNGLEなるイベントはそこそこお客さんも来場し、Dさん曰く「成功」だったようだ。いまひとつピンとこないけど、(実際、来場したお客さんも僕と似たような印象を持ったような感じがした)このピンとこないことが、実は狙いなのかなとも思えてくる。そう、前回の日記にも書いたけど、「まとめきれない」って感じ、この感じがイベント全体を覆うイメージこそ、TOKYO ART JUNGLEそのものだったのかもしれない。

 最終日、夕方近くになるとともに、このイベントにはおよそ不釣合いな人達が、みるみる会場内を闊歩するのが目につき始めた。リーゼントをばっちり決め、ポマードの濃い匂いを漂わせながら、素肌にジャケットをはおったり、お揃いのロゴの入ったTシャツを身にまとったりしている。ロゴには“YAZAWA”とあしらってある。そう、あの矢沢永吉、エイチャンのコンサートに訪れた濃いファンの面々だ。聞けば、今夜このAブロックのホールでエイチャンのアコースティックコンサートが開かれるのだそうだ。設営日に遭遇したジャニーズの追っかけの女の子達もわかりやすかったけど、エイチャンを追っかけるお兄さん達も実にわかりやすい。なんだかよくわからないTOKYO ART JUNGLEとは正に対極にある存在だ。彼等は紛れもなく「矢沢永吉」という大いなる物語を自身の内に生きているのだ。TOKYO ART JUNGLEには、大いなる物語はない。物語と非物語の混在……。
 図らずもジャニーズに始まりエイチャンで締めくくられたこの数日のTOKYO ARTJUNGLEの出来事を思い出すたび、僕はなぜかこれが「日本」なんだ、なんだかよくわからないけど、これが「日本」なんだと思わず呟いてしまうのである。

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