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第6章

『弁慶の泣き所、アキレウスのアキレス腱、 そして遂に露見したケン46のウィークポイント!』

 などと大袈裟な章題を付けてはみたが、我が身を冷静に振り返ってみれば、俺なんか書店員として実はウィークポイントだらけであった。いや、決して謙遜している訳ではなく、例えば先日の店卸し一つとっても、純平君がもし居なかったらなんて、考えただけでもゾッとする。つまりは《遂に露見した》と言うよりも、「数ある弱点の内の一つがまたまた明るみに出た」、「とうとう馬脚を現した」、「再びメッキが剥がれた」等などと表現する方が正鵠を射ているのかも知れないが、要するに、やったことないジャンルの棚を、どういじって良いのか分からんのだ。

 これまで俺は〈文芸書〉〈人文書〉〈文庫〉の三つを代わる代わる担当し続けるという、よく考えてみれば実に偏った担当者人生を過ごしてきた。場合によって〈実用書〉や〈児童書〉を掛け持ちすることはあっても、仕事の比重は圧倒的に前掲の3ジャンルで、何故そうなったのかと言うと無論それは俺が仕事の選り好みをしたからで、要するに、これまで所属したどの店でも各スタッフの担当範囲を決める際に、何だかんだと尤もらしい理屈を捏ねては〈自分が読みたいと思う本が少しでも多いジャンル〉の担当の座を、まんまとせしめていたのである。

「このまんまではマジィよな」と、思ってはいた。「多少の得手不得手は仕様が無いにしても、どのジャンルも一応一通り出来るようになってはおかないと、将来困るぜ」と、分かってはいた。でもさぁ、楽しかったんだもん。「コレ面白ぇんだよなぁ。もっと読んでくんないかなぁ、みんな」なんて考えながらPOPを描くのが。或いは贔屓の作家の新作を、「うわっ、面白そう!読みてーっ!!」とか言いながら新刊台に並べるのが。

 反面、〈ビジネス書〉なんてどれ見ても実に全くつまらなそうで、所謂〈自己啓発書〉ときた日にはどのタイトルもどのタイトルも、「そんなことはアンタに言われるまでもなく解っている。解っていても出来ないから、こっちは苦労してるんだ」ってな感想しか抱けない。ましてや〈理工・OA書〉なんて、何が書いてあるのかすら理解不能。当然、「読みたい」とか「読んで欲しい」なんて感情が湧く筈もなく、意気上がらないこと極まりない。

 念の為に断っておくが、今論じているのは本の〈良し悪し〉ではなく純粋に俺の好みの問題で、即ち〈ビジネス書〉や〈理工・OA書〉を作り、売っている業界関係者各位の努力を侮辱する心算は毛頭無いという点だけは、どうか解って頂きたい。

 兎に角、だ。そうやって仕事の選り好みをし続けてきた12年間のツケが、A店で一気に回ってきた。考えてみりゃ、そりゃそうだわな。例えば寿司屋に弟子入りした見習いが、「俺は白身は嫌いだから、白身は握らねぇ」なんて言ってたら、いつまで経っても本物の職人にはなれんだろう。ノコギリは使えるがカンナはからっきしなんて大工も見たことない。セルティックの中村俊輔選手だって、左足の方がより強力であるというだけで、何も右足で蹴れないという訳ではない筈だ。省みるにこの俺は、得意分野で少々周りからチヤホヤされて己の実力を過大評価し、弱点は見て見ない振りをして〈出来ない〉ことを〈出来ない〉ままで過ごしてきた。

 だって、今まではそれで結構どうにかなったんだもん......。

 と言うのも、過去に在籍したどの店でも今より遥かにスタッフの数が多かったから、俺が出来なくたって出来る奴が必ず一人か二人は居たのである。加えて俺は新規店は未経験で、棚をゼロから立ち上げたことが無い。即ち、前任者が時間をかけて煮詰めてきた棚を引き継いで、それを俺なりにアレンジするというケースが専らで、今回のように棚を丸っきり作り直すという事態には、幸か不幸か遭遇したことが一度もない。

 であるからして、早い話が〈ビジネス書〉と〈理工・OA書〉、全っ然分かんねーじゃねーか......。

 いや俺でもね、A店の棚が決し良い棚じゃないってことぐらいは判るのよ。流石に全くのド素人じゃないんだし。って言うか余りに酷過ぎてもしかしたらド素人でも判るのかも知れないけど、本の内容に関係無く兎に角ひたすら出版社ごとっていう配置だけでも、絶対変だ。コレ、恐らくは常備の入れ替えの際に、〈○○出版社 常備 ビジネス書Aセット〉なんて箱を開けて、何も考えずにそのまま棚に放り込んだんだろうってのは想像つくが、ならばこの棚をどう治すかってことになると、正直全く自信が無い。

 だからと言って、「アーしてみたら?」「コーしてみたら?」と相談できる上司や先輩は、勿論、居ない。この駄文の第4章で、〈上司に恵まれなかった純平君〉の不運を上から目線で憐れんだりしてみたが、その同じ境遇に、今度は俺自身が立たされてしまったようである。ケン46、ピーンチ!

 が、しかし。《艱難は打ちひしがれる為に在るのではないのです。それは、乗り越える為に在るのです》ってのは、確かマザー・テレサだったろうか(うろ覚え)。《神は、あなたが克服出来得る試練しか与えない》とかって言葉もあったな(同)。或いは30代40代には懐かしい旺文社の『大学受験ラジオ講座』で、寺田文行先生はいつも言っていたではないか。《どんなに難しくても、数学の問題は解けるように出来ている》と。即ち、《求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん》(by 『新訳聖書』「マタイによる福音書」)ってー奴である。いや、解釈が正しいかどうかは知らんがね。

 何はともあれ、だ。居たよ、救世主が。意外なところに。その名も天下のジュンク堂書店。

 既に誰でも知ってることなのかも知れないが、ジュンク堂さんのホームページを開くと、上の方に〈本をさがす〉ってな欄がある。そこにISBNだとかタイトルだとかを入力して検索すると、アラ不思議!? ジュンク堂さんの池袋本店でどの棚に入っているのか、教えてくれるではないか! これには正直、何度助けられたことだろう。

 試しにちょいとやってみましょうか。例えばここに『これからはじめるHTML&スタイルシートの本』(中邨登美枝、技術評論社)という本があります。俺にはコレ、タイトルから既にチンプンカンプンで、どこの棚でどんな本たちと並べれば良いのかさっぱり分からない。そこで例の〈本をさがす〉にISBNを放り込むと、《書棚は、Webデザイン/サイト構築です》と、所属を教えてくれるのだ。更に〈Webデザイン/サイト構築〉をクリックすると、その書棚に入っている他の本がズラーッと表示されるのだから、俺のような出来の悪い生徒には願ってもない家庭教師になるのである。『ホームページ担当者が知らないと困るネット広告の出し方と集客の常識』(佐藤和明、ソシム)だとか『ネットショップの達人養成講座』(松本賢一 他、翔泳社)など等並ぶ書名を見れば、「どうやらホームページ関係の本らしい」ってことぐらいは幾ら俺でも想像がつく。

 大雑把と言えば大雑把だが、売り場の規模がこちらは遥かに小さいのだから、こんだけ解れば何とかなる。少なくとも、解りもしないのに自分一人の判断で作業するよりも、遥かにマシな棚になる筈だ。有り難過ぎるぞ、ジュンク堂!!

 っつー訳で、棚をガサゴソいじくってはレジ横のパソコンでジュンク堂さんのお世話になり、すると他にも置いておきたくなる本がチラホラと目に付いて、その度に今度は取次ぎのWEBで発注し、ハッと気付くと平気で30分ぐらいは経過していて、「イカンイカン」と再び棚に向き合ってってなことを繰り返すから、能率の上がらないこと甚だしい。

 そんな状態では当然全てのジャンルを俺が一人でカバー出来る筈はなく、〈コミック〉方面全般を純平君に任せる、と言うか丸投げすることにした。取り敢えず、「この店、意外とまとめ買いのお客さん多いから、一度きちんと既刊揃えてみぃ」と一言言ったら、翌日から嬉々として各社の一覧チェックをやり始めたのは上司から見て微笑ましいが、当然ながら1週間後には注文したコミックが物凄い勢いで入荷し始め、これまたてんてこ舞いになっている......。

 店長と社員が揃っててんてこ舞いしているという状況には、幾ら能天気な俺でも流石に不安を感じない訳にはいかないが、幾らオロオロしたところで今更どうなるものでもない。 ♪焦〜ること、無いサ。焦〜ること、無いサ。自分〜に言い聞かす〜 などと文字通り自分に言い聞かせるようにして口ずさみながら動き回る新任の店長を、この店の重鎮・ヨシコさん(推定年齢50歳)は、果たしてどう思っていたのだろう?

 これまできっかけが無くて紹介しそびれていたのだが、我がA店で純平君に次ぐ存在、いや、もしかしたら純平君をも食ってしまう程のキャラクターが、このヨシコさん。何しろA店在籍は今年で丸15年という強者で、油断すると《オームの怒りは大地の怒りぢゃ》とか言い出しそうな雰囲気があるのだが、古株のパートさんによく居るような所謂〈お局タイプ〉では全くなく、強いて分類すれば〈世話焼きタイプ〉。アニメのキャラクターで言えば、さしずめ〈ドラミちゃん〉といったとこ。それだけに細々した忠告やら助言やら、本人は善かれと思って言っているのだろうが、時に少々鬱陶しい。

 が、雑誌の定期購読なんか全てのお客さんの顔と名前を把握していて、相手が何も言わなくても客注棚から商品を引っこ抜いてくるから恐れ入る。お蔭で大抵のお客さんは「そんなもんだ」と思っているらしく、レジに入っているのが俺でも、無言で仁王立ちしてしまい、着任当初は、俺もお客さんも互いに相手を見つめて「???」ってなことがよくあった。

 そんなヨシコさんに対して俺は、無意識ながらもやはり遠慮しているところが無くはなかった。何しろ俺がまだ大学を出るか出ないかって頃から、この店で働いてきた人なのだ。遠慮するなと言う方が無理だろう。だからヨシコさんが或る日何の前触れも無く、〈自然薯〉を持って来た時には、さだまさしさん風に言えば ♪突然の自然薯には驚いたけど嬉しかった〜 ってな気持ちである。

 ヨシコさん曰く「主人が昨日、近所の山で沢山掘ってきたので、店長、一本どうぞ」って、1m以上ある立派な自然薯だ。A店までチャリで通ってるヨシコさんの家の近所の山ってことは、取りも直さずA店の近所の山ってことで、即ち〈近所の山〉で自然薯掘れちゃうって、どんだけ田舎なんだA店!? って驚くところが我ながらちょっと違う気もするが、取り敢えず、A店の主・ヨシコさんには無事受け入れて貰えたようである。

 が、勿論それと店の売り上げとは全く関係無く、俺の仕事の進み具合とも関係無く、一夜明ければやっぱり膨大な量の書籍が俺の行く手に立ちはだかる......。

♪焦〜ること、無いサ。焦〜ること、無いサ。自分〜に言い聞かす〜

 ところで皆さん、〈天使のはしご〉ってご存知ですか? そう、雲間から一筋差し込む太陽の光。『A店に差した〈天使のはしご〉! 希望の光よ、どうか消えるな!』で、また会いませう。ではでは。

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