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第12章

『遂に出た単月黒字!? そして流れ出す崩壊へのプレリュード』

図解 よくわかる非製造業もトヨタ生産方式 (B&Tブックス)
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 年が明けた。明けた途端に、何故か客足が遠のいた。松の内はずっと天気も良くて散歩や買い物にはもってこいだと思ったが、逆に好天に恵まれ過ぎて皆どっか遠くに出掛けちゃったのか? それとも天気に関り無く、この不況下お金をかけずに寝正月を決め込んだのか? 兎に角先月の活況はただのまぐれか冗談か、嘘のようにヒマになった我がA店。

 そんな中唯一の救いは、例の美紀嬢の頑張りだ。無論元が元だけに、例えば新人のお手本にするのはとても無理だが、それでも1ヶ月以上も続けているのは大したもんだ。彼女がピリピリしなくなったから、他の気弱系男子バイト君たちも実に仕事がやりやすそうで、前とは明らかにテンションが違う。朝の挨拶一つとっても、声が1オクターブ高いもん。

 こういう場合、明るくなったこの雰囲気を利用するにしくは無い。即ち、「こんな俺たちだって、やってやれないことは無い」と乗せてしまえと企んだ。具体的には、先月も引き続き前年割れだったことをまず伝える。そして直後におもむろに、

「だけど割ったのはたったの12万円だぜ。ウチの店、社員とバイト君合わせて12人だろ。要するに1人あと1万円売りゃあ、クリア出来んだよ昨対なんか。例えば美紀さぁ、お前さん先月の出勤20日だろ。1万円を20で割ると500円。っつーことはだよ、コミックあと1、2冊ずつ売るだけで何とかなっちゃう数字なんだぜ」

 と、口で言うほど簡単じゃないのは言ってる俺が重々承知。だけどウチのメンバーの場合、長年の右肩下がりで「売り上げなんか上がる訳無い」と思い込んじゃってるから、「そんなことねーよ!」ってーのをまずは実感させないと。仕事に限らずスポーツだって、「勝てる訳無い」と思ってやってたらいつまで経っても勝てないし、そもそも面白くないだろう。受験勉強だって「合格りたい、合格るかも」って気持ちがどっかにあるから頑張れる。初めは勘違いでも構わない。自分たちでも何とかなると錯覚して一生懸命やってるうちに、本当にどうにかなっちゃうことも、結構あるんじゃなかろーか。

 かくして、諦めていた前年クリアが意外に手の届く範囲に在ると錯覚(?)させられて、無邪気なバイト君たちは悔しがるやら喜ぶやら。俺にとっては案の定っつーか思う壺。そんなところに更なる朗報。ナント我らがA店の12月の収支が、単月ながら黒字になったというではないか!? 確かに先月は、シフトをあっちゃこっちゃいじくったお蔭で人件費は随分低く押さえられた上に、割ったとはいえほぼ前年並みの売り上げだったから、過去最小の赤字だろうとは思っていたが、黒字になるとは嬉しい誤算。

 但し、例の返品指示で在庫をガバッと減らしたその影響が恐らく大で、今月以降も黒字が続くほどきっと甘くは無いだろう。とは言え吉報には違いないから、「ほら見ろ、言った通りだろ」的にちょっと得意気に皆に報告。ワーッと拍手が湧いたのは流石に恥ずかしく、「オイオイこれが普通っつーか、本来こうでなきゃいけないって状態に、漸く追っついただけなんだから......」などと、汗をかきかき再び兜の緒を締めさせる。

 ってな感じで、相変わらず売り上げは厳しいながらもスタッフ一同意気盛ん。今月もなんとかやってけそうだと思った矢先、どーしてウチの会社の本部ってーのは、現場の士気を挫くことしかしないんだろう?

 或る日電話で「A店さん、『ハリーポッター』の4巻、なんでそんなに抱えてるの?」って、A部長に報告連絡したことが、B部長やC部長にはどうやら一切伝わってない......。だから俺がこっちに来たのは去年の夏だって、何回言えば分るのよ!? で『ハリーポッター』の4巻出たのは2002年の秋でしょう? 当然、俺が知る訳無いでしょ。

 それに最近、偉い人たちが急にバタバタ浮き足立って、現場の人間を責めたり吠えたりなじったり。売上不振店の店長はその責任を自覚せよみたいな通達がやたらと増えた。こんなこと、書いても読んでも面白くないだろうからこれ以上は止めとくが、本部の偉い人たちの言い分をまとめると、「会社が苦境に立たされてるのは、現場がだらしないからだ」と、早い話がそう言いたいらしい。

 ここでふと思い出したのが、『図解 よくわかる 非製造業もトヨタ生産方式』(トヨタ生産方式を考える会、日刊工業新聞社)。

 で、その中にあった《古いタイプの企業文化》って項目を、ここで幾つか紹介したい。
《制裁を科し、責め立てる風土がある》
《誤りや失敗が見つかったときは誰かのせいにされ原因の分析はされない》
《たった1回の失敗でその人のそれまでの成果は帳消しにされる》
etc......。或いは《組織を退化させる価値観》って項目はこんな感じ。
《問題があってはならない》
《波風をたてない》
《情報はみだりに流さない》
etc......。すると失敗を隠したり問題を見て見ぬ振りをしたりして、組織がどんどん退化するって、マジでウチの会社のことかと思ったよ。

 まぁこの本の著者が本来訴えようとしているのはそこではなく、トヨタに於けるムダの省き方が、実は非製造業でも使えるよってなことで、実際俺も「品切れするなら余った方がマシ」的な注文は、見えにくいけど相当利益削ってるかも、なんてこの歳になって漸く気が付いてみたりした。紹介されている事例も、イトーヨーカ堂からルイ・ヴィトン、岐阜県各務原市役所から名古屋の特別養護老人ホームまでと実にバラエティに富んでいて、勉強ってよりもプロジェクトX的に、極めて普通に楽しめた。同じくトヨタ生産方式を取り上げた『無駄学』(西成活裕、新潮社)辺りがフィットした人なら、『非製造業も〜』もきっと参考になると思う。地味だがかなり良い本だ。

 閑話休題。兎に角、だ。折角ここまでやってきたけど、最近俺はやたらと不安で仕様が無い。断っておくが、不満なのではなく不安なのだ。勿論不満に思うことも数々あるが、会社に限らず学校だろうと町内会だろうと、何一つ不満が無い組織なんてある訳ゃ無い。「ウチの会社のここが嫌だから」と言って転職しても、次のとこではまた別の不満がきっと幾つも出てくる筈で、だから少々の不満はあって当然と受け流す。


 何度も言うが、不満ではなく不安なのだ。但しそれは、「クビになるかも」とか「会社が潰れるかも」といった類の不安ではない。どう言えば良いんだろう、上手く言葉には出来ないが敢えて言えば「自分を無駄遣いしてんじゃねーか、俺?」って感じ。う〜ん、なんつーんだろうなぁ、「俺、ここに居て大丈夫なのか?」ってか「ここに居ることがプラスにならないだけならまだしも、マイナスになってねーか、ひょっとして?」ってか、もっと言えば本部お偉いさん方からの数々の電話から察するに、俺がここに居ることすら知らない奴がきっと何人かは居る筈で、そんなとこで必死こいてやってても、レベルアップとか飛躍とか絶対有り得ないんじゃなかろーか?

 って、文面凄ぇ陰鬱になっちまったじゃねーかよ。だけどこんなの実は序の口で、2009年1月遂に崩壊へのプレリュードが始まった。

 一通の封書が本部より届く。「またなんか文句つけてきたか」と思いつつ開封してみるに《希望退職者募集のお知らせ》だと!? 

 とうとうここまで来ちゃったよ......。どうする、俺? っつー訳で次回、予告不可能!

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