第13章
『三十六計逃げるに如かず!? 突然の総員退去に真っ青だよ』
いやぁ、実際に体験する羽目になるとはこれっぽっちも思わなかったよ。例のリーマン・ショック以降、テレビや新聞でちょくちょく目にするようにはなったけど、まさか自分の身に降りかかって来るとは、思わねぇーわなぁ普通。何がって、だから希望退職だよ希望退職! 早い話が、だ。「会社が潰れそうだから人件費の負担を減らしたい。退職金を余分に払うから、誰か辞めてくれ」と、そういう通知が本部から届いたという訳だ。
幾ら俺が能天気とはいえ、流石にこれにはびびったよ。しかも、だ。募集の期限は僅かに2週間後って、ちょっと急過ぎね? 更に、応募が100人に達したらその時点で募集を締め切るって、じゃあ不幸にも101人目になった人間は、退職の意思表示をして忠誠心が薄いことを自ら暴露したにも関らず、その後も会社に在籍し続けなきゃならないってことかい? それって、針のむしろじゃんか......。
無論奴隷じゃないんだから、希望退職の募集を締め切った後でも、自分の意思で退職するのは自由だろう。しかしその場合、自己都合での退職になる訳だから条件は格段に悪くなる。細かいことは知らないが、失業手当なんかも下手すりゃ差が出たりするんじゃねーか? それが嫌ならさっさと応募すりゃ良さそうなもんだが、超売り手市場だったバブルの頃ならいざ知らず、このご時世に失業するってかなりの勇気が必要だぜ。ましてや俺は、何の資格も技術も無い40目前のおっさんだ。次の働き口が、そう簡単に見つかるとは思えない。
ならば会社にしがみついてりゃ良いかっつーと、勿論そう単純な話ではない。何しろ経営が傾いているからこその今回の措置だ。今後の推移によっては、退職金どころか給料の未払いだって無いとは限らん。仮にそういう最悪の事態は避けられたとしても、希望退職で100人も社員を減らしたら、その後の店舗運営はどうなるのか? 当然残った人数でやりくりせざるを得ないから一人一人の負担は急増する。そうなると残業120時間どころか、殆ど店に住んでるのかって状態になったりしないか?要するに、だ。「辞めるも地獄、残るも地獄」だなんて、そんな言い方したら大袈裟かなぁ?
えっ? 悩んだかって? そりゃあ悩んだよ、一晩だけ。で、翌日。朝イチで応募書類を提出しました。ええ、辞めますよ、辞めますとも。幾ら何でも、急転直下過ぎるだろうって? いやぁ全く仰る通り。何しろ、当の本人もびっくりしてるくらいですから。
未練は無いのかって? 無い訳ないじゃんっ! 数ヶ月散々苦労した挙句、ついこないだ漸く黒字が出たんだぞっ! ゾーニングや棚割りはほぼ完了して見出しも付けて、品揃えも日増しに良くなって、後は日々の仕事の中で少しずつ精度を上げていこうと、漸くそこまで漕ぎ着けて、何で放棄しなきゃならんのだ!? 埃と虫の死骸にまみれた、あの怒涛の掃除バトルは一体何の為だったんだ!? バイト君たちだって、一人残らず意気盛んだっちゅーのに、未練が無い訳無かろうが......。
或いは、不安は無いのかって? だからぁ、不安じゃない訳ないだろ、フツウ。さっきも言ったけど、出版社さんから少々ちやほやされてきたからって、資格や免許がある訳じゃなし、簡単に再就職出来るほど世の中甘かぁないでしょう。不安でしたよ、思いっ切り......。
兎に角、俺は一晩じっくり考えて、募集開始の翌日には希望退職に応じていた。その後数日経っても本部からは梨のつぶてなもんだから、仕様が無くこっちから確認の電話を入れると「届いてます。受理されてます」って、だったらウンとかスンとか言って寄越せよ......。
希望退職の場合、退職日は当然任意ではなく、「いついつを以って」と会社が定めている訳ね。具体的には2月の末日なんだけど。で、「残っている有給休暇を消化するなら2月の末までに」ってなことも言われた訳だ。どういうことかと思ったら、2月末まで精一杯出社した後に有給休暇を使って退職を3月以降に伸ばすことは出来ません、という意味らしい。
それは構わないんだけどさ、俺、有休休暇が40日目一杯残ってるから、全部消化しようとするともう明日から休みだよ......。それでA店に残されたスタッフがどーなるとか、きっと全然考えてないんだろうな。だからと言って流石に明日から有給って訳にはいかんから、半分の20日だけ取らせて貰うとしましょうか。今年の2月は28日で4週間。週休2日で週5日勤務だから、2月末退職に合わせると丁度2月1日からが有給消化だ。ここまで一緒に頑張って来た純平君に、言わない訳にはいかんわなぁ。
ま、サラリと話したよ、ありのままを。「失業することよりも、この会社に居続ける方が俺には不安だ」ってことも含めて。純平君自身は会社に残ると決めた上で、俺の決断には「それぞれの人生ですから、それぞれの選択を否定は出来ませんね」と、一応納得はしてくれたようだけど、本心はどんなもんなんだろうな。黒字の報告なんかしてなまじ希望を持たせない方が良かったのかも知れないが、まさかこんなことになるとは思ってなかったしなぁ。まぁここまで来ちゃったら俺に出来ることなどまるで無い。ジメジメと変に感傷的にならずに、ただ純平君たちの健闘を祈ろうと思う。
ってな訳で、インド人もびっくりの急展開だが、後任には、俺の前任者が再び舞い戻ることに決まって、それなら純平君はじめスタッフたちとも気心知れてるだろうし、まぁ一安心。そして1月31日、俺の最後の出社の日。午後6時頃だったかな、今月も書籍は前年クリアが確定して、10月から4ヶ月連続で書籍は昨対をクリアした。ホント、あと1年、時間があれば、結構良い勝負が出来そうだったんだけどなぁ。
そして最後に、今まで散々応援してくれた業界各社の皆さんに、これまでのお礼と退職の報告を兼ねて、一斉メール。これでオイラの仕事、全て完了。明日からどうやって食って行こう?
次回店長の星『一生に一度、在るか無いかのロングバケーション! ってか、単に失業者なだけじゃん!?』。ふっふっふ、退職したからって、そう簡単には終わらないのさ。
幾ら俺が能天気とはいえ、流石にこれにはびびったよ。しかも、だ。募集の期限は僅かに2週間後って、ちょっと急過ぎね? 更に、応募が100人に達したらその時点で募集を締め切るって、じゃあ不幸にも101人目になった人間は、退職の意思表示をして忠誠心が薄いことを自ら暴露したにも関らず、その後も会社に在籍し続けなきゃならないってことかい? それって、針のむしろじゃんか......。
無論奴隷じゃないんだから、希望退職の募集を締め切った後でも、自分の意思で退職するのは自由だろう。しかしその場合、自己都合での退職になる訳だから条件は格段に悪くなる。細かいことは知らないが、失業手当なんかも下手すりゃ差が出たりするんじゃねーか? それが嫌ならさっさと応募すりゃ良さそうなもんだが、超売り手市場だったバブルの頃ならいざ知らず、このご時世に失業するってかなりの勇気が必要だぜ。ましてや俺は、何の資格も技術も無い40目前のおっさんだ。次の働き口が、そう簡単に見つかるとは思えない。
ならば会社にしがみついてりゃ良いかっつーと、勿論そう単純な話ではない。何しろ経営が傾いているからこその今回の措置だ。今後の推移によっては、退職金どころか給料の未払いだって無いとは限らん。仮にそういう最悪の事態は避けられたとしても、希望退職で100人も社員を減らしたら、その後の店舗運営はどうなるのか? 当然残った人数でやりくりせざるを得ないから一人一人の負担は急増する。そうなると残業120時間どころか、殆ど店に住んでるのかって状態になったりしないか?要するに、だ。「辞めるも地獄、残るも地獄」だなんて、そんな言い方したら大袈裟かなぁ?
えっ? 悩んだかって? そりゃあ悩んだよ、一晩だけ。で、翌日。朝イチで応募書類を提出しました。ええ、辞めますよ、辞めますとも。幾ら何でも、急転直下過ぎるだろうって? いやぁ全く仰る通り。何しろ、当の本人もびっくりしてるくらいですから。
未練は無いのかって? 無い訳ないじゃんっ! 数ヶ月散々苦労した挙句、ついこないだ漸く黒字が出たんだぞっ! ゾーニングや棚割りはほぼ完了して見出しも付けて、品揃えも日増しに良くなって、後は日々の仕事の中で少しずつ精度を上げていこうと、漸くそこまで漕ぎ着けて、何で放棄しなきゃならんのだ!? 埃と虫の死骸にまみれた、あの怒涛の掃除バトルは一体何の為だったんだ!? バイト君たちだって、一人残らず意気盛んだっちゅーのに、未練が無い訳無かろうが......。
或いは、不安は無いのかって? だからぁ、不安じゃない訳ないだろ、フツウ。さっきも言ったけど、出版社さんから少々ちやほやされてきたからって、資格や免許がある訳じゃなし、簡単に再就職出来るほど世の中甘かぁないでしょう。不安でしたよ、思いっ切り......。
兎に角、俺は一晩じっくり考えて、募集開始の翌日には希望退職に応じていた。その後数日経っても本部からは梨のつぶてなもんだから、仕様が無くこっちから確認の電話を入れると「届いてます。受理されてます」って、だったらウンとかスンとか言って寄越せよ......。
希望退職の場合、退職日は当然任意ではなく、「いついつを以って」と会社が定めている訳ね。具体的には2月の末日なんだけど。で、「残っている有給休暇を消化するなら2月の末までに」ってなことも言われた訳だ。どういうことかと思ったら、2月末まで精一杯出社した後に有給休暇を使って退職を3月以降に伸ばすことは出来ません、という意味らしい。
それは構わないんだけどさ、俺、有休休暇が40日目一杯残ってるから、全部消化しようとするともう明日から休みだよ......。それでA店に残されたスタッフがどーなるとか、きっと全然考えてないんだろうな。だからと言って流石に明日から有給って訳にはいかんから、半分の20日だけ取らせて貰うとしましょうか。今年の2月は28日で4週間。週休2日で週5日勤務だから、2月末退職に合わせると丁度2月1日からが有給消化だ。ここまで一緒に頑張って来た純平君に、言わない訳にはいかんわなぁ。
ま、サラリと話したよ、ありのままを。「失業することよりも、この会社に居続ける方が俺には不安だ」ってことも含めて。純平君自身は会社に残ると決めた上で、俺の決断には「それぞれの人生ですから、それぞれの選択を否定は出来ませんね」と、一応納得はしてくれたようだけど、本心はどんなもんなんだろうな。黒字の報告なんかしてなまじ希望を持たせない方が良かったのかも知れないが、まさかこんなことになるとは思ってなかったしなぁ。まぁここまで来ちゃったら俺に出来ることなどまるで無い。ジメジメと変に感傷的にならずに、ただ純平君たちの健闘を祈ろうと思う。
ってな訳で、インド人もびっくりの急展開だが、後任には、俺の前任者が再び舞い戻ることに決まって、それなら純平君はじめスタッフたちとも気心知れてるだろうし、まぁ一安心。そして1月31日、俺の最後の出社の日。午後6時頃だったかな、今月も書籍は前年クリアが確定して、10月から4ヶ月連続で書籍は昨対をクリアした。ホント、あと1年、時間があれば、結構良い勝負が出来そうだったんだけどなぁ。
そして最後に、今まで散々応援してくれた業界各社の皆さんに、これまでのお礼と退職の報告を兼ねて、一斉メール。これでオイラの仕事、全て完了。明日からどうやって食って行こう?
次回店長の星『一生に一度、在るか無いかのロングバケーション! ってか、単に失業者なだけじゃん!?』。ふっふっふ、退職したからって、そう簡単には終わらないのさ。