「坂の上のパルコ」 第3回第4話
「サブカルチャーの神話」
松村由貴氏(元太田出版・渋谷担当)×矢部潤子(リブロ池袋本店)
(4)ファジーなものが支えていた
- 矢部
- 売れ数っていえば、当時はPOSもないからさ。月曜日になると電話したくなる版元がいくつかあったんだよね。とりあえず報告したいみたいな。喜んでくれるかなって?
- 松村
- 売れ調なんていってね。出版社も書店さんに細かく電話するのも悪いから、近場は回るわけですよ。渋谷担当のぼくとしては、「クイックジャパン」の出た週は、もう必ず3日目、1週間目、2週間目って行ってたもんね。
- 矢部
- あれ数、数えてたの?
- 松村
- もちろん!
- 矢部
- そうだよね、データがないんだもんね(笑)。
- 松村
- 頼むよ、矢部さん......参ったなぁ(笑)。でも矢部さんのところは、スリップ集めてくれていたからそれをもらいに行って。
- 矢部
- スリップ集めてたんだよね。
- 松村
- それでそのスリップの束を見ただけで、こんだけ売れてるーて。
- 矢部
- 目に見えるのが良いよね。実感できる。
- 松村
- 「クイックジャパン」の発売時は、必ずその3日、1週間、2週間目に行っていて、それ以外でもまあ1週間ずつ行ってたんですけどね。当時スリップ集めてもらってた書店さんのなかで、1ヵ月単位で送ってもらうお店と1週間単位で送ってもらうお店とあったんですよ。
- 矢部
- そんなのあったんだ。
- 松村
- 30店舗集めていて、エクセルでデータ管理していた。そのデータを社内で「おおたくん」と呼んでいた。なんでそんな呼び名にしたかというと当時取次店のトーハンさんで、スリップを読み込んでデータにした「よむぞうくん」に対抗したんだね。
- 矢部
- ハハハ。
- 松村
- おおたくん30店舗とよむぞうくん70店舗あわせて100店舗の売り上げデータを見ていたんですよ。ただやっぱりPOSよりもスリップの方が実感がありますね。今の若い子たちはって言っちゃうと、すごいジジイになったみたいで嫌なんだけど、例えば営業ってどこの会社でもそうだと思うんだけど、一番金にうるさくなきゃいけないんですよ、いい意味で。これだけ売ったらいくらだとか、取次卸しが何%だから、こんだけ入ってきて、原価これだけでって感じでね。その感覚がね、今の子たちは鈍い。POSだから。
- 矢部
- POSだからっていったって販売データは一緒じゃん。
- 松村
- 同じことだと思うでしょう? やっぱり違うって。スリップが何枚って。スリップがある瞬間お札に見えるわけだから(笑)。
- 矢部
- そうなんだよね!
- 松村
- そうでしょう? だと思うのよ。そこの感覚って結構大事でさ。これ売れたよねーっていう実感がね。例えば今100冊とか売れてPOSで見られるでしょう。勿論嬉しいんだよ、嬉しいんだけど、実感がないんだな。
- 矢部
- 私も売り場でそうだよ。パーッとデータで見ちゃうと実感がわかない。
- 松村
- クレジットカード使ってるようなもんでね。ぼく現金派だからさ(笑)。
- 矢部
- そうよね、100冊売れたならスリップが100枚ないとね。なんか目に見えて欲しいよね。
- 松村
- その方が書店さんにも変に説得力あったような気がする。見せてって言われて、ほらPーBC渋谷店ではこんな売れてんじゃんって。今だったらさ、おそらくPOSデータをプリントアウトして見せるでしょう。「売れてるねー、それで?」みたいなことになっちゃうんじゃないかな。
- 矢部
- それで終わっちゃうね。実感が湧いたものを持って営業に行けばさ、何か強いものが一個あるよね。
- 松村
- 自信を持って語れるわけよ、ぼくたち営業も。
- 矢部
- そうね、背負ってるものが何となく違うね。
- 松村
- 何か古いのかもしれないし、気分だけの問題なんだけどね。でもぼくはそこで育っちゃったから、その時語れることの方が自信があった。POSになってから語ってることがウソっぽい。
- 矢部
- だからさPOS導入後の子たちと共通の言語がなくなっちゃうんだよね。
- 松村
- もちろんそれをPOSで分かるようにするために、このPOSの意味はって若い子に始めたところで、やっぱり時間がかかるんですよ、それを実感するのに。少なくともスリップを数えてきた子たち、あるいは小さな書店さんでそれをまだやってる子たちは、POSの見方とかPOSの意味がパッと頭に入る。でもさ、今、出版業界は全部スリップレスへって動いてんだから、古いんだよ、ぼくの考えは。でも実感という意味ではね。
- 矢部
- なしでやんなきゃいけない時代になってんだから。スリップなしでもやれるように育ててやんなきゃいけないんだけどさ。でもそういう風に私たちは育ってないから、どうやって教えたらいいかも多少戸惑いもあるよね。
- 松村
- 今のPOSだと、勉強を教えるような感じになっちゃうんですよ。スリップでやってた時はもう職人みたいなもんで、気分を体感してるから、多くを語らずとも、この100冊の意味はわかるだろうって。ほんとうにそれでわかりあえちゃったんだよね。
- 矢部
- 現物だからね。
- 松村
- こんなこと言っていると古くて駄目だコイツと思われそうで嫌なんだけど(笑)。
- 矢部
- いや、あの時代に育った人間は、みんなが思ってるからさ。その間を埋めることが大事なんだよね。若い子たちだって、何かあるとおもってんじゃないかな。
- 松村
- そういう意味で話をまたグンと戻すと、PーBC渋谷店というのは、ほんとうに絶妙な時期に、良い時期にあったんだよね。あれだけ新しいものを置いて、新しいお客さんも生まれて、でもバックヤードや自宅でスリップを数えてたんだから。
- 矢部
- 日曜日に持って帰ってね。お布団の上でわけるんだ、タイトルごとに。
- 松村
- 不思議な時期なんだよね。
- 矢部
- 確かにね。またさ、うんと若い子がよ、渋谷で買いものする子と同世代みたいな子たちがさ、渋谷で働きたいとか、パルコで働きたい子が来てるわけじゃん。社員とかもアルバイトで。だから実はスリップなんて言っていないで、その子たちにやらせたら、もっとお店も伸びるところがあったんじゃないかなっていつも思っていたよ。
- 松村
- そうかもしれないけど、あのときにPOSがあったら、渋谷ものって生まれてないのかもしれない。
- 矢部
- そうねえ。
- 松村
- だって全国いっぺんに見れちゃうわけだから。うちのお店だけしか売れてないじゃん、じゃあもういいや、って思っちゃったかもしれないじゃん。もういいや見切ろうって。
- 矢部
- そうだね、何ひとり粘っちゃってバカじゃんみたいな。
- 松村
- あっちの本の方が売れているんじゃんって、分かっちゃうわけだから。それはやっぱり均一化を生むよね。まあPOSはPOSで、もちろん良いところもあるんですよ。いろんな判断が速くできるし、重版のタイミングもわかる。
- 矢部
- 前はどうしてたの?
- 松村
- 勘ですよ、そんなの(笑)。
- 矢部
- もういいや、エイ! みたいな(笑)。
- 松村
- ファジーな部分が結構この業界を支えてる時期があったんじゃないかな。それがP-BCの時代です
(了)