「坂の上のパルコ」 第4回第1話
「矢部的書店仕事術」
片野純子(元・パルコブックセンター渋谷店)×矢部潤子(リブロ池袋本店)
「坂の上のパルコ」第4回は、パルコブックセンター渋谷店当時、最も矢部イズムを受け継いだひとり片野純子氏をお招きし、矢部さんから教わった書店仕事術について伺った。下敷きに追い回されつつ、習った仕事は掃除だった。何よりも理にかなったその方法論は、どんなものだったのか。
(1)渋谷へ飛び込む
- 矢部
- カタノは渋谷店が最初の配属じゃなかったよね? 調布店だっけ?
- 片野
- そうです。ただその前があるんですね。洋書のロゴスから入ったんです。だからいわゆるふつうの本屋さんの仕事はまったく知らなかった。調布に異動になったとき、番線すら知らなかった。
- 矢部
- 新卒で採用されたの?
- 片野
- 大卒の、いわゆる新入社員です。私、大学で美術史を選択していて、なんとなくアートに携わる仕事がいいなと思ってたんですね。でも就職は華の、って華じゃないんですけど、超氷河期世代なので、もう大変だったんですよ。ないないって騒いでいたら大学の同級生が、洋書のロゴスって会社が募集してるよって教えてくれて、それで応募したら受かっちゃったんです。
- 矢部
- じゃあパルコブックセンターじゃなくて、ロゴスで働きたかったんだ?
- 片野
- そうです。けどパルコブックセンターとロゴスはアクロスという会社でどっちに配属になるかはわからなかったんですよね。たまたま私は希望通り洋書ロゴスに配属になって三年間洋書をやっていたら、ある日、調布のパルコブックセンターに異動しろって辞令が出て。
- 矢部
- 大変だ!
- 片野
- 私、番線も常備もまったく知らないんですよ。それで調布店で一年くらい新書とかの担当をした後、今度は渋谷店に異動だって言われて。
- 矢部
- そうか、調布店は一年しかいなかったんだ。
- 片野
- そうです。で、渋谷店に行ったら、いきなり文芸書の担当だって言われて......。仰天しちゃった。私、本は好きだけど読書が好きなわけじゃなくて。
- 矢部
- そういう人いますね(笑)。
- 片野
- 文芸書? マジ?!って。そうしたら矢部さんがいらっしゃって「案ずるなワシがいる」みたいな(笑)。
- 矢部
- ははは。私は店長だったっけ?
- 片野
- 店長です。矢部さんが店長になってすぐ、私が行ったんです。
- 矢部
- 98年?
- 片野
- 98年の10月です。私ともうひとりの社員が矢部さんの下について、文芸書を担当することになったんです。あと、もうひとりバイトの女の子がいましたね。だから、四人で文芸書をしていたんですよ。
- 矢部
- なんて贅沢なんでんしょうか。今だったら、文芸書で0.5人くらいだよね。
- 片野
- 文芸書のなかでも担当が分かれていて、私は日本文学。もうひとりがバカ本と...。
- 矢部
- バカ本担当って(笑)。
- 片野
- バカ本と外国文学かな。それ以外が私だったと思います。
- 矢部
- ちょうど半分ずつ分けていたんだよね。カタノは、パルコの中で働くって意識あったの?
- 片野
- 全然ないです。就職活動の一環として受けただけで、そもそも自分が商売する人間になることも考えてなかった。でも最初に配属になったロゴスがわりと担当任せみたいなところがあって、ぺーぺーなのに結構いろんなことさせてもらったんですね。それで本を売るのも意外と楽しいなって感じてはいました。
- 矢部
- それで洋書を担当して三年が過ぎ、一年調布に行って、渋谷へ来て、いきなり文芸書担当だったわけね。
- 片野
- 調布店はもうモデルにしたいくらいの普通のお店、郊外店だったんですよ。たとえば郷ひろみの『ダディ』(幻冬舎)が初日に100冊くらい売れたりして。
- 矢部
- あー、売れていたね。売れましたね。
- 片野
- わかりやすいファミリー型のお店でした。だから渋谷店に来たときは、アンテナを180度切り替えなきゃって思って。新刊台の構えからして全然違うんですもん。
- 矢部
- 結果は違っていたけれど、みんなと一緒にしていたつもりよ?
- 片野
- 棚は基本だったかもしれないけど、新刊台はやっぱり他のお店と違いましたよ。だって『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』中原昌也著(河出文庫・当時は単行本)が、あんなに売れないですよ、他のお店は。っていうか平積みもしていないです。
- 矢部
- そ、そうか(笑)。実はちゃんと『ダディー』もどかんと置いてあった。でも実際は......。
- 片野
- そうそう。ずーっと後の話ですけど2000年のオリンピックで高橋尚子が金メダルを穫ったときに、当時のパルコブックセンターの社長が「なんで高橋尚子の本が置いてないんだ!」って怒って。
- 矢部
- 私はそのとき本部に異動になっていたな。
- 片野
- そうでしたっけ? とにかくすごい怒られて、それで実用書のところに2冊だけあったんで、それを話題書のところに面陳で置いてみたんですけど......。
- 矢部
- 厳しかったのね。
- 片野
- そうなんですよ。渋谷店はほんとうにそんなもんでしたね。
- 矢部
- 明らかに調布店とは客層が違うよね。来る前に渋谷店のイメージとかってあった?
- 片野
- ありました。実は同期の二人が、渋谷店配属になっていたんですけど、すごい大変そうだった。なんかガツガツしていたし。
- 矢部
- ガツガツ?
- 片野
- もう二人とも、やる気マンマンでしたもん。それと多分あの時は一番売れていた頃でしたよね。
- 矢部
- そうだね。売れるからまた忙しかったんだよね。
- 片野
- だからもう常に全員が殺気だってたんですよ。パルコブックセンター渋谷店が。そのパルコブックセンター渋谷店の店長が矢部さんで、矢部さんは常に止まらない(笑)。
- 矢部
- 止まらない?
- 片野
- 止まったら死んじゃうみたいに動き回ってましたよね。
- 矢部
- 当時を知っている人に会うとみんな言うんだよね。
- 片野
- だって止まっているところ見たことないですもん(笑)。出版社さんと話していても、手を動かしてスリップや平台を直している。それからあっちこっち走り回っている。そんな矢部さんのところに異動って聞いたときは焦りましたよ。
- 矢部
- 私も走らなきゃって(笑)。
- 片野
- そうです(笑)。でも、配属されてみたらニュートラルな感じでいけたんですよ。だってやったことないから、初心者マークをバリバリつけて、恥ずかし気もなく「お願いします!」って。そしたら矢部さんは、イチから教えてくれました。
(つづく 次回更新は12月17日)