「坂の上のパルコ」 第4回第2話
「矢部的書店仕事術」
片野純子(元・パルコブックセンター渋谷店)×矢部潤子(リブロ池袋本店)
(2)受け継がれる本屋さんの仕事
- 矢部
- 私、何から教えた?
- 片野
- 掃除です!
- 矢部
- そうですね、そうかもしれませんね。「この棚1列掃除してみて」みたいな感じでしょう?
- 片野
- そうです。
- 矢部
- いつも同じなんだ、教え方が。
- 片野
- それで、なんだ掃除かと思ってやるとダメなんですよ。
- 矢部
- ちょっと来て、なんてね(笑)。
- 片野
- ふつうに掃除してたのに何がダメなのかわからない。そう言ったら下敷きを持って来られて。
- 矢部
- なぜか持っているんだ、下敷きを。
- 片野
- でも、下敷きの論理はものすごく真っ当なんですよ。やるとわかるんです。たとえば私が掃除した平台がありますよね。それを矢部さんから「ここの本取ってみて」とか言われて、平積みしている本を取ると、周りの本が引っかかって動いちゃうんです。そうすると「ほら、動いちゃうじゃん、こうなると取り出しにくいし、乱れるでしょう。お客さまもそんな面倒くさいところから買いませんよ。だからこの平積みの本と本の間に下敷き1枚くらいのスペースを空けて欲しい」って言われたんですよ。「下敷き1枚?!」ってそりゃ最初はビックリしました。
- 矢部
- カタノがあんまり驚いたんで、私は自分がふつうじゃないことをしていることに初めて気付いた(笑)。
- 片野
- ただ最初は驚いたんですけど、やっているうちに「下敷き1枚」をやらずにいられない身体になっちゃっう。
- 矢部
- そうなんだよね。私もここまでやるのも馬鹿かなって思うこともあるんだけど、もう身体がダメなんだよね。その隙間が空いてないと気が治まらない。
- 片野
- あとはスリップですね。飛び出ているのを直す。それは今でも本屋さんに行くと気になって直したりしています。
- 矢部
- 帯も気になるよね。
- 片野
- 帯はちゃんとしたところに付くようにデザインされているんだから、ズレていたらきちっと直す。汚くなっているものは取るって、散々、矢部さんから教わりました。
- 矢部
- 偉いなぁ~、よく覚えているなあ。
- 片野
- いや、別に苦じゃなかったっていうか、面白かったんですよ。だって決して理不尽なことをさせられているわけじゃないんですもん。
- 矢部
- そりゃそうだ。意味はあるからね。
- 片野
- いじめとかそういうことじゃなくて、すべてが理にかなっていたから、やらなきゃやらなきゃって感じで毎日やってました。それで売り場の整理が終わると、矢部さんからスリップを分けたものが渡されるんですよね。ブーメランみたいになったやつです。
- 矢部
- そうそう、ブーメラン。やってたね。売れたスリップをまず半分に切って、報奨券のところとわけると注文スリップだけになる。複数売れたものは1枚だけ残して、残りは捨てる。で、手元に残ったのは注文しなきゃいけない本なんだけど、まだ売り場に在庫があるかもしれないからそれを確認しなきゃならない。それをカタノに渡していたのよね、畝ごとに......。
- 片野
- 畝って畑じゃないですか(笑)。
- 矢部
- なんて言えば良いのかな。いわゆる棚配置ごとにスリップを束ねているわけですね。
- 片野
- 私のところにスリップが来るまでに矢部さんが全部棚に合わせてわけてくれているんです。だからそれを持って手前の棚から見ていけばすぐ在庫がわかる。
- 矢部
- そうそう。一番手前から歩いていけば良いように、あの当時だと男性作家から始まって女性作家、時代小説......ってスリップを並べておいたのね。
- 片野
- それで棚の列が変わるとスリップが十字に互い違いにされているんですよ。その中心が輪ゴムで括られている。その手裏剣みたいな束を、私たちはブーメランって呼んでいた。しかもそれは矢部さんがやったらすぐ終わるのに、私やアルバイトさんに本と棚を覚えさせるためにやらせていたんですよね。
- 矢部
- あれ、やると覚えるからねえ。確か週単位でやっていたかなあ。
- 片野
- 忘れられないですよ。あのやり方は矢部さんどっかで教わったんですか?
- 矢部
- 最初に習ったのは、スリップをジャンル分けしてそれを持って棚を見に行って在庫を確認して注文部数をスリップに書き込みってことだった。毎日やらなきぇいけない仕事だった。でね、スリップを見るのにいろんな方法があったの。ある人は、スリップにパンチで穴を開けて、文房具屋さんで売っている単語カードみたいのに付いている輪っかを付けていた。私も渋谷店のとき持っていたよ。
- 片野
- えっ? そんなの持っていたんですか。
- 矢部
- 持っていたのよ。そのスリップに「正」の字を書いて、今週何冊売れたかみていたんだよね。
- 片野
- あっ書いてありましたね、スリップに。
- 矢部
- その輪っかに入らなかった細かいものを日曜の夜に家で整理して、十字に輪ゴムで止めて「ブーメラン」を作って、月曜の朝にカタノたちに渡していたんだね。
- 片野
- すごいなあ、そこまで理解していなかったです。
- 矢部
- でも異動してくる前のお店でも同じようにやっていたんじゃないの?
- 片野
- スリップは見ていましたけど、私が調布店で担当していたジャンルは、激しく売れるわけじゃなかったんですよね。雑誌とか児童書とか文芸書は売れてましたけど。だから渋谷店に行って、あれ? と思いましたよ。売れ方もすごいし、全然わかんない人たちがこんなに売れていくって。
- 矢部
- それは調布店とはぜんぜん違うから戸惑うよね。
- 片野
- ただしばらくするといくつかの雑誌で取り上げられた人が売れるんだ......って気付いて、雑誌の発売日にチェックして、これが売れるかもみたいに考えるようになりましたね。
- 矢部
- 偉いなあ。
- 片野
- でも私、渋谷店の文芸は最後までわかんなかったかも。今だから言いますけど......。
- 矢部
- ははは。
- 片野
- 2000年に矢部さんが本部へ異動になっちゃったじゃないですか。
- 矢部
- 異動になったね、半年くらいなんだけど。
- 片野
- その半年間、私が文芸の担当をやらされていたんですけど、記憶から消し去りたいくらいできてなかったですよ。常にバックヤードに棚差しできない荷物が山のようにあって、毎日出版社さんの応対をしているだけで終わっちゃうみたいな感じでした。
- 矢部
- 特にその頃はブックファーストもできたから、向こうも行けばこっちも行こうって思ってくれたんだと思うよ。
- 片野
- そうですね。矢部さんが戻ってきてくれて、私は芸術書の担当になるんですけど、そのとき心底安心しました。良かった、文芸離れられた~って。
- 矢部
- でもさ、わからないから良かったところもあるんじゃない? 思い入れがあったり、これ読んでいるから好きみたいなのも大事は大事だけど、それがありすぎるとちょっと鬱陶しい棚になっちゃうからね。とくに渋谷だと。
- 片野
- そうですね。もうフラットな目線で売れ行きを見て、良さそうな本を椅子で展開したりとか、出版社が持って来られた企画とかも、これはイケるとか違うかなっていう匂いは何となくわかりましたね。
- 矢部
- 匂いなんだよね。読んでいるかどうかじゃなくて。
- 片野
- それにしても私にはとても手に負えない棚でしたよ(笑)。
- 矢部
- またね、時代的に売れなくなりだしている頃だからね。大変な時期だったと思うよ。
- 片野
- しかもその時代に売れているベストセラーが売れないんですもんね。『ハリーポッター』も売れなくて。
- 矢部
- これも大量に展開はしているの。
- 片野
- そうなんですよ。柱一面『ハリーポッター』を置いているのにダメ......。売れるネタを探すのが大変でしたよ。
- 矢部
- 芸術書はその辺わかりやすいからね。
- 片野
- そういえば、矢部さんが戻ってきて私が芸術書の担当になった時に、大きなフェア台の企画をいろいろ出したんですけど、ものすごくダメ出しされて(笑)。
- 矢部
- そうだっけ?
- 片野
- 「演劇が最近流行っているのでここを伸ばしたい」とか企画書に書いてもダメ!って(笑)。何回も何回も持っていってダメ出しされるんですけど、ときたま「やってみろ!」って言われたときはもう嬉しくて。
- 矢部
- 大袈裟な(笑)。でも渋谷の芸術書はダメなものは絶対ダメって感じだったからね。
- 片野
- 芸術書をやりながら見る文芸書が楽しかったんですよ。「こういうのがありますよ」とか「芸術書のこの本と一緒に展開しませんか」なんて提案したりして、そうやって関わるのはとても面白かったです。
(つづく 次回更新は12月24日)