第1回:小島慶子さん「新明解国語辞典は辞書界の

みなさん、辞書といえばどんなイメージをお持ちですか?
おそらく「硬そう」「難しそう」といった声が聞こえてきそうですが
新明解国語辞典は一味違います。読み手が「ドキッ」と
するような鋭い見解や、思わずうなずいてしまう解説まで
日本語に対する実にさまざまな「意見」を持っています。
まるで人格があるかのようなこの辞書を評し、
作家の赤瀬川原平さんはかつて〝新解さん〞と名付けました。
日本で一番売れているこの国語辞典には、今もなお、
その個性を愛してやまない多くのファンがいます。

実は、ラジオパーソナリティの小島慶子さんもその1人。
日々、世の中のさまざまな事柄に自分の疑問や意見をぶつけ
愛と尊敬を込めて〝オジキ〞と呼ばれる小島さんに
〝新解さん〞の魅力についてじっくりと話をうかがいました。

新解さんの「意見」が聞きたくて読んでしまう!

――普段から新明解国語辞典を使っていらっしゃるとか。

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「エッセイを書くときに引いたりしていますね。ラジオの生放送なんかが特にそうですけど、しゃべり言葉は言い間違いをしても何とかなるものなんです。そこに至るまでの流れとかがあるので、アバウトでも通じる。だから、私はけっこう言い間違いをしています(笑)。でも、文章は言葉そのものな上に後々に残るので書くときは慎重に取り組むようにしています。

 ただ、それは『正解』を知りたいからじゃないんです。新明解国語辞典はちょっとおせっかいというか、誰かの個人的見解のようなものが入っている。例えば、『御客さん』という項目を引いてみると、〝その組織・団体などに属してはいるものの、積極的に役割を果たすことはほとんど期待できない人の俗称〞とある。〝ほとんど期待できない人〞とか明らかに余計な説明ですよね。

 でも、そういった面があるからこそ、新明解国語辞典を使っています。ラジオでもそうですけど、何か意見を言うと『それはあなたの個人的な見解に過ぎない』というクレームがあったりする。しかし、全く個人的じゃない言葉なんてあるんでしょうか。自分の言葉というものは、個人の意見に対して反発したり、賛成したりすることで形作られていくと思うんです。辞書にしてもそうで、無機質な説明がただ並んでいるだけだったら、『なるほど』で終わってしまい、自分にとってその言葉がどういう意味を持つのか、というところまで考えられない。それが新明解国語辞典だと、今まで疑わずに使っていた言葉でも『そんな見方があるんだ!』という意外な発見がある。その驚きが楽しみで読んでいます」

「愛」と「愛情」の違いを新解さんで学んだ

――〝調べる〞というよりも、意見を〝聞く〞といった感じですね。

shinkai01_image04.jpg「だから、寝る前とかに読んだりすることもありますよ。この間も、ふと読んでいて『愛』と『愛情』が違うということがわかったんです。普通、この2つは同じものだと思いますよね? でも、『愛』という項目には〝個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重し......〞とあるのに、『愛情』では〝相手を自分にとってかけがえの無い存在としていとおしく思い......〞とある。『愛』は普遍的なのに、『愛情』は特定の相手を想定している。それは『愛』に〝(特定の)異性を他人と思わなくなる気持〞という意味の『情』がくっついているからなんです。もし『愛情』という項目に〝愛すること〞みたいな説明しかなかったら、この違いに気がつくことはなかったでしょうね。

 これは言葉に対して先入観がある大人ならではの楽しみ方だと思うんです。言葉をある程度自由に使いこなせるということは、その言葉に対して誰もが自分なりの意味を持っているということですよね。『愛』と『愛情』にしても、人によって微妙に捉え方が違うかもしれない。でも、新明解国語辞典は、「俺が思う『愛』と『愛情』はこれだ!」と突きつけてくる。おせっかいといえばおせっかいなんですが、しっかり主張があるから、その意図にまで考えを巡らすことができる。逆を言えば読み手に一つの回答を提示し、あとは「自分で考えなさい」と。こんな辞書、ほかにはないですよね。

 ただ、言葉に対する自分なりのイメージが固まっていない子供には難しい。私には2人の子供がいますが、まず無機質な辞書で言葉を覚えさせて、 『愛』と『愛情』の違いに疑問を抱くような年齢になったら、新明解国語辞典を渡してあげるようにします(笑)」


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小島慶子(こじま・けいこ)
1972年生まれ。95年TBS入社。99年第36回ギャラクシーDJパーソナリティー賞受賞。2010年よりフリー。『小島慶子キラ☆キラ』などでラジオパーソナリティとして活躍中。2児の母であり、育児に関するエッセイなども執筆している

あい 【愛】
個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重していきたいと願う、人間に本来備わっているととらえられる心情。

あいじょう 【愛情】
〔夫婦・親子・恋人などが〕相手を自分にとってかけがえの無い存在としていとおしく思い、また相手からもそのように思われたいと願う、本能的な心情。〔広義では、生有るものを大切にかわいがる気持も含む〕

じょう 【情】
〔特定の〕異性を他人と思わなくなる気持。愛情。


一大ブームを巻き起こした新解さん入門書

新解さんの謎 (文春文庫)
『新解さんの謎 (文春文庫)』
赤瀬川 原平
文藝春秋
540円(税込)
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>> HonyaClub.com
芥川賞作家の赤瀬川原平さんが著した"新解さん"ブームの出発点。真面目でありながらもどこかチャーミングな魅力を解き明かした一冊

新明解国語辞典の魅力は、何といっても"過剰"とも思えるほど親切丁寧な言葉の説明。その解説が辞書なのに人間臭ささえ感じさせることから、"新解さん"と多くのファンに愛されています。

作家の赤瀬川原平さんは、著書『新解さんの謎』(文春文庫)の中で、その独自性を次のように説明しています。

「とにかく日本語を明解にしようというパワーにあふれている。ふつう辞書というのは説明をムダなく最小限に抑えている。その方がミスも少なく、辞書的な正しさを保守しやすい。ところがこの新明解国語辞典はどんどん説明してくれる。日本語をわからせようという明解パワーである」

その赤瀬川さんに原稿を依頼したのが、文藝春秋の鈴木マキコ(現在は作家・夏石鈴子)さん。92年のことでした。夏石さんは13歳のときに新明解国語辞典に出会い、「辞書の中で言葉が動いている!」と感激。以来、"新解さんの伝導者"として、世の中に広める機会を待っていました。

 赤瀬川さんの著書で、夏石さんは「SM嬢」(本名の鈴木マキコに由来)として登場。新解さんが「いかに個性的か」熱弁を振るっています。その成果は後に『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』(ともに角川書店)として結実。これにより新明解国語辞典は「読んで楽しい辞書」として一大ブームを巻き起こしました。

 最近では写真家の梅佳代さんが"新解さん"と写真集『うめ版』(三省堂)でコラボ。語釈と梅佳代さんのポートレートが重なり合い、不思議な魅力 を生み出しています。
 現在、「新解さん」で検索すると多くのファンページを見つけることができます。版ごとの違いを詳細に分析したものから、個性的な語釈の数々に感嘆するものまで、多くの人が"新解さん"に親しんでいることがわかります。ここに挙げた入門書4冊は、 広大な"新解さん"ワールドへの格好の案内役となってくれるでしょう。

うめ版 新明解国語辞典×梅佳代
『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代』
新明解国語辞典,梅 佳代
三省堂
1,470円(税込)
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気鋭の写真家・梅佳代さんの写真と"新解さん"の語釈がコラボレート。人間臭い語釈に、梅佳代さんの温かみのある写真がベストマッチ
新解さんリターンズ (角川文庫)
『新解さんリターンズ (角川文庫)』
夏石 鈴子
角川書店
660円(税込)
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>> HonyaClub.com
五版から六版の変化を読み解いた『新解さんの読み方』の続編。新たに加わった要素から、初版から変わらない言葉まで。その魅力をくまなく紹介
新解さんの読み方 (角川文庫)
『新解さんの読み方 (角川文庫)』
夏石 鈴子
角川書店
660円(税込)
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>> HonyaClub.com
その存在感を世に広めた夏石鈴子さんが指南する「新解さんの読み方」。これにより新明解国語辞典は「読んで楽しい辞書」というイメージが定着
新解さん新聞

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辞書研究の大家、武藤康史先生も新明解国語辞典の魅力にとりつかれた1人。武蔵野音楽大学で教鞭をとる武藤先生は、「国語辞典の歴史」という授業を担当していました。生徒たちに日本語の魅力・豊かさを伝えるために、「新明解国語辞典」から選んだ語釈の見出し語を修正液で消し、何の言葉かを当てるクイズを出していたそうです。そんな武藤先生に敬意を表するコーナーが、この「新解さん逆引きテスト」。果たして、全問正解できるでしょうか?

〈クイズの見方〉
見出し語の部分を空白にし、かなの数だけます目を設けました。漢字で書く問題では【】の中のます目になります

第1問

□□□□【○○】

気を許すことの出来ない要注意人物。〔狭義では、どろぼうなど挙動不審の者を指す〕どういう展開になるか(含み・伏線があるか)分からなくて、用心しなければならないもの。「恋は―/この企画力というのが―だ/あんなにあいそのいいのが―だ」


第2問

□□□□【○○】

すぐ食べられるように準備して、人の前に食膳を置くこと。また、その食膳。〔すっかり準備して、すぐ仕事に取りかかれるようにする意にも用いられる〕「―食わぬは〔=女から仕掛けられた誘惑にしりごみするのは〕男の恥」


第3問

□□□□【○○○】

妻(夫・愛人)との間にあった(つまらない)事を他人にうれしそうに話す。「人前で―」


第4問

□□□□

〔「かまぼこ」は「魚」で作るのか、と尋ねる意〕世慣れていないふりをよそおうために、わざととぼけた物言いをすること(人)。「―ぶる」


※答えはページ下

新解さん解体新書

第1回【世の中篇】

版を重ねながら進化を続ける新明解国語辞典。その個性的な魅力は第七版でも健在です。
このコーナーでは「語釈」という観点から「新解さん」の秘密に迫ります。 ときには厳しく、ときにはチャーミングな語釈の数々を読み解くことで見えてくる新解さんキャラとは?
第1回のテーマは、今年を振り返る意味も含めて「世の中」です。

よのなか 【世の中】
①社会人として生きる個々の人間が、だれしもそこから逃げることのできない宿命を負わされているこの世。一般に、そこは複雑な人間関係がもたらす矛盾とか政治・経済の動きによる変化とかが見られ、許容しうる面と怒り・失望をいだかせる面とが混在するととらえられる。「物騒な―/―〔=現世が〕いやになる」
人間が生きる上で避けて通れないのが「世の中」というわけでしょうか。「許容しうる面と怒り・失望をいだかせる面とが混在」ということは、新解さんにとって「世の中」はけっこう世知辛いもの?
じっしゃかい 【実社会】
実際の社会。〔美化・様式化されたものとは違って、複雑で、虚偽と欺瞞(ギマン)に満ち、毎日が試練の連続であると言える。きびしい社会を指す〕 「卒業して―に出たら親の苦労が少しは分かるだろう」
「世の中」では暗示する程度でしたが、こちらではハッキリと「毎日が試練の連続」と言い切っています! 「そんなことはない!」ときっぱり否定できる人はどれだけいるのでしょうか。新解さんは読み手の人生観まで浮き彫りにします。
がまん 【我慢】
「少しくらい自説に無理があると分かっていても、意地で主張を通す様子」の古語的表現。「強情―」〔もと仏教語で、我(ガ)を立てる気持が強過ぎ、自らを高しとする念が常に全面に出る意〕
「少しくらい自説に無理が有ると分かっていても」という辺りに、妙な人間臭さがあります。「無理が有る」と承知していながらも言わずにはいられない。新解さんがそこまで意地になって言いたいことって何なのでしょうか? う〜ん、気になる......。
せいかい 【政界】
〔不合理と金権とかが物を言う〕政治家の社会。「―の刷新」
きっと新解さんは政治に言いたいことがあるんでしょう。でもなきゃ、「不合理と金権とが物を言う」なんて断言しませんよね。もしや、政治家の人が新明解国語辞典で「政界」の項目を引いたときのことまで考えている⁉
おとな 【大人】
①一人前に成人した人。〔自分の置かれている立場の自覚や自活能力を持ち、社会の裏表も少しずつ分かりかけて来た意味で言う〕②その場の感情や目先の利害などにとらわれず、後のちまで見すえた対処が出きる様子だ。
「一人前に成人した人」というだけでは物足りなかったのか、新解さんは色々と大人の条件を述べています。「自活能力を持ち」というところに、並々ならぬこだわりを感じさせます。
げんじつ 【現実】
〔空想などと違って〕現在当面していて、それを無視することが出来ない事柄。
思わず「夢見させてくれよ!」と叫びたくなるような語釈です。「空想などと違って」とか「無視することが出来ない」いう部分が、余計に「現実」の存在感を際立たせていますね。
おせじ 【御世辞】
〔相手に取り入ろうとしたり好意的に見てもらおうとしたりするために〕相手自身や相手に関係のある事について必要(実質)以上にほめて言う言葉。
世の中を厳しい眼で見つめ、自分自身にも妥協を許さない新解さんは、やはり「お世辞」は好きじゃないご様子。その的を射たうまい語釈に、「新解さんってかっこいい!」「新解さんってすごーい」なんて言おうものなら、途端に嫌われてしまうかもしれません......。

いかがでしょう? 新解さんキャラが少しは見えてきましたでしょうか。次回は語釈の中にストーリーが展開される「物語」篇です。それでは、次号をお楽しみに。

「新解さん新聞」逆引きテストの回答
第1問 くせもの【曲者】
第2問 すえぜん【据膳】
第3問 のろける【惚気る】
第4問 かまとと