みなさん、辞書といえばどんなイメージをお持ちですか?
おそらく「硬そう」「難しそう」といった声が聞こえてきそうですが
新明解国語辞典は一味違います。読み手が「ドキッ」と
するような鋭い見解や、思わずうなずいてしまう解説まで
日本語に対する実にさまざまな「意見」を持っています。
まるで人格があるかのようなこの辞書を評し、
作家の赤瀬川原平さんはかつて〝新解さん〞と名付けました。
日本で一番売れているこの国語辞典には、今もなお、
その個性を愛してやまない多くのファンがいます。
実は、ラジオパーソナリティの小島慶子さんもその1人。
日々、世の中のさまざまな事柄に自分の疑問や意見をぶつけ
愛と尊敬を込めて〝オジキ〞と呼ばれる小島さんに
〝新解さん〞の魅力についてじっくりと話をうかがいました。
新解さんの「意見」が聞きたくて読んでしまう!
――普段から新明解国語辞典を使っていらっしゃるとか。
「エッセイを書くときに引いたりしていますね。ラジオの生放送なんかが特にそうですけど、しゃべり言葉は言い間違いをしても何とかなるものなんです。そこに至るまでの流れとかがあるので、アバウトでも通じる。だから、私はけっこう言い間違いをしています(笑)。でも、文章は言葉そのものな上に後々に残るので書くときは慎重に取り組むようにしています。
ただ、それは『正解』を知りたいからじゃないんです。新明解国語辞典はちょっとおせっかいというか、誰かの個人的見解のようなものが入っている。例えば、『御客さん』という項目を引いてみると、〝その組織・団体などに属してはいるものの、積極的に役割を果たすことはほとんど期待できない人の俗称〞とある。〝ほとんど期待できない人〞とか明らかに余計な説明ですよね。
でも、そういった面があるからこそ、新明解国語辞典を使っています。ラジオでもそうですけど、何か意見を言うと『それはあなたの個人的な見解に過ぎない』というクレームがあったりする。しかし、全く個人的じゃない言葉なんてあるんでしょうか。自分の言葉というものは、個人の意見に対して反発したり、賛成したりすることで形作られていくと思うんです。辞書にしてもそうで、無機質な説明がただ並んでいるだけだったら、『なるほど』で終わってしまい、自分にとってその言葉がどういう意味を持つのか、というところまで考えられない。それが新明解国語辞典だと、今まで疑わずに使っていた言葉でも『そんな見方があるんだ!』という意外な発見がある。その驚きが楽しみで読んでいます」
「愛」と「愛情」の違いを新解さんで学んだ
――〝調べる〞というよりも、意見を〝聞く〞といった感じですね。
「だから、寝る前とかに読んだりすることもありますよ。この間も、ふと読んでいて『愛』と『愛情』が違うということがわかったんです。普通、この2つは同じものだと思いますよね? でも、『愛』という項目には〝個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重し......〞とあるのに、『愛情』では〝相手を自分にとってかけがえの無い存在としていとおしく思い......〞とある。『愛』は普遍的なのに、『愛情』は特定の相手を想定している。それは『愛』に〝(特定の)異性を他人と思わなくなる気持〞という意味の『情』がくっついているからなんです。もし『愛情』という項目に〝愛すること〞みたいな説明しかなかったら、この違いに気がつくことはなかったでしょうね。
これは言葉に対して先入観がある大人ならではの楽しみ方だと思うんです。言葉をある程度自由に使いこなせるということは、その言葉に対して誰もが自分なりの意味を持っているということですよね。『愛』と『愛情』にしても、人によって微妙に捉え方が違うかもしれない。でも、新明解国語辞典は、「俺が思う『愛』と『愛情』はこれだ!」と突きつけてくる。おせっかいといえばおせっかいなんですが、しっかり主張があるから、その意図にまで考えを巡らすことができる。逆を言えば読み手に一つの回答を提示し、あとは「自分で考えなさい」と。こんな辞書、ほかにはないですよね。
ただ、言葉に対する自分なりのイメージが固まっていない子供には難しい。私には2人の子供がいますが、まず無機質な辞書で言葉を覚えさせて、 『愛』と『愛情』の違いに疑問を抱くような年齢になったら、新明解国語辞典を渡してあげるようにします(笑)」
小島慶子(こじま・けいこ)
1972年生まれ。95年TBS入社。99年第36回ギャラクシーDJパーソナリティー賞受賞。2010年よりフリー。『小島慶子キラ☆キラ』などでラジオパーソナリティとして活躍中。2児の母であり、育児に関するエッセイなども執筆している
あい 【愛】
個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重していきたいと願う、人間に本来備わっているととらえられる心情。
あいじょう 【愛情】
〔夫婦・親子・恋人などが〕相手を自分にとってかけがえの無い存在としていとおしく思い、また相手からもそのように思われたいと願う、本能的な心情。〔広義では、生有るものを大切にかわいがる気持も含む〕
じょう 【情】
〔特定の〕異性を他人と思わなくなる気持。愛情。
- 『新解さんの謎 (文春文庫)』
- 赤瀬川 原平
- 文藝春秋
- 540円(税込)
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- 芥川賞作家の赤瀬川原平さんが著した"新解さん"ブームの出発点。真面目でありながらもどこかチャーミングな魅力を解き明かした一冊
新明解国語辞典の魅力は、何といっても"過剰"とも思えるほど親切丁寧な言葉の説明。その解説が辞書なのに人間臭ささえ感じさせることから、"新解さん"と多くのファンに愛されています。
作家の赤瀬川原平さんは、著書『新解さんの謎』(文春文庫)の中で、その独自性を次のように説明しています。
「とにかく日本語を明解にしようというパワーにあふれている。ふつう辞書というのは説明をムダなく最小限に抑えている。その方がミスも少なく、辞書的な正しさを保守しやすい。ところがこの新明解国語辞典はどんどん説明してくれる。日本語をわからせようという明解パワーである」
その赤瀬川さんに原稿を依頼したのが、文藝春秋の鈴木マキコ(現在は作家・夏石鈴子)さん。92年のことでした。夏石さんは13歳のときに新明解国語辞典に出会い、「辞書の中で言葉が動いている!」と感激。以来、"新解さんの伝導者"として、世の中に広める機会を待っていました。
赤瀬川さんの著書で、夏石さんは「SM嬢」(本名の鈴木マキコに由来)として登場。新解さんが「いかに個性的か」熱弁を振るっています。その成果は後に『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』(ともに角川書店)として結実。これにより新明解国語辞典は「読んで楽しい辞書」として一大ブームを巻き起こしました。
最近では写真家の梅佳代さんが"新解さん"と写真集『うめ版』(三省堂)でコラボ。語釈と梅佳代さんのポートレートが重なり合い、不思議な魅力 を生み出しています。
現在、「新解さん」で検索すると多くのファンページを見つけることができます。版ごとの違いを詳細に分析したものから、個性的な語釈の数々に感嘆するものまで、多くの人が"新解さん"に親しんでいることがわかります。ここに挙げた入門書4冊は、 広大な"新解さん"ワールドへの格好の案内役となってくれるでしょう。
- 『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代』
- 新明解国語辞典,梅 佳代
- 三省堂
- 1,470円(税込)
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- 気鋭の写真家・梅佳代さんの写真と"新解さん"の語釈がコラボレート。人間臭い語釈に、梅佳代さんの温かみのある写真がベストマッチ
- 『新解さんリターンズ (角川文庫)』
- 夏石 鈴子
- 角川書店
- 660円(税込)
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- 五版から六版の変化を読み解いた『新解さんの読み方』の続編。新たに加わった要素から、初版から変わらない言葉まで。その魅力をくまなく紹介
- 『新解さんの読み方 (角川文庫)』
- 夏石 鈴子
- 角川書店
- 660円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- その存在感を世に広めた夏石鈴子さんが指南する「新解さんの読み方」。これにより新明解国語辞典は「読んで楽しい辞書」というイメージが定着