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      「血の味」

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    【新潮社】
  沢木耕太郎
  本体 1,600円
  2000/10
  ISBN-4106006669
 

 
  今井 義男
  評価:AA
  事件そのものではなく少年の隠し持つナイフ、その刃先の方向と対象がこの小説の骨子である。『雨の鎮魂歌』同様、大人社会とはまだはっきりと境界線が引かれている中学生に照準を絞ったのは慧眼である。教師やゲイの男に対する嫌悪と敬慕、これら相反する感情に日々揺れ動くのも人格形成の真っ只中にいる証である。世の中の仕組みが分かったような気になって、利害が判断の基準に居座った者はもうなにも見なくなる。<見ないふり>という選択肢もある。主人公の少年には中年の大人が醜い別種の生物であり、光り輝く預言者でもある。結局、ポケットのナイフは指針を見失った少年によって三度振るわれた。私の眼に映るのはモノクロームの映像。従って一度目の血の色は濡れた黒。だが二度目と三度目に迸った血は黒なのに限りなく鮮烈だ。贖いようのないなにかのために流された神聖な血である。「本の中には何もないのよ」ともらす母親にも、本を読み続ける寡黙な父親にも共感できる年齢に私もなった。

 
  小園江 和之
  評価:D
   他人とどのくらい間合いをとるかの基本は、まず家族との接触により体得されるのかもしれない。そして思春期には社会との接触面が急激に大きくなるのに、まだ自分の定点が確定しないから間合いを詰めすぎたり開けすぎたりして、はなはだ不安定になる。本書の主人公「私」の家庭には対人測距のモデルとなるべき父親がいない。いや、いるのだが何かの事情で自らの実体を消去し、残像として生きているというのだ。やがて「私」は、自分の生きる場所をはっきり感じとれず、捉えどころの無い恐怖を感じるようになるというお話。でも、諦めてしまえば「ここにいるのに、ここにいない」っての、本人は案外ラクかもしれない。結婚なんかしなきゃ、誰にも迷惑かかんないだろうし。無音の砂漠のような読み味でした。

 
  松本 真美
  評価:C
  好きじゃないが私には特別な小説。それはひとえに、石井徹クンが今まで読んだ小説に出てくる中学生の中でいちばん魅力的だったから。いいなあ、遠くしか見れなくて遠くに行ってしまいそうな少年。<跳ぶのが怖くなる理由>は今ひとつ私には響かなかったが、とにかく、存在感があってセクシーで私の中でのオールタイム主演少年賞。大人になったら一気につまんなくなったけどよ。
徹少年以外の登場人物はなんだか影ばかり目立ったし、話自体は作者の自慰行為みたい…って畏れを知らない発言か。でも、「語られないこと」がすっごく思わせぶりなんだもん。文体はかっこいいし、構成とか語りの距離感が絶妙だからよけいそう思うのかも。読み手に解釈を委ねる小説はもちろんあったっていいし、嫌いなわけじゃないけど、最後の15ページ、いやらしくないかなあ。
あそこってどこだよ!

 
  石井 英和
  評価:C
   果敢なボクサーたらんとした過去を持つゲイのサンドイッチ・マン、若き日に戯曲を出版した事実を主人公だけに知られている国語教師、かって「あそこ」で「何者か」であったらしい父親、そんな「失われた過去」を背負って生きる人々の間で、主人公の少年もまた跳べなくなってしまった走り幅跳びの選手だ。偉大な跳躍を跳ぶ恍惚、高揚。そして、いつの間にか跳べなくなってしまう事。しかし・・・「その他の人生」を丸ごと「屍」と決めつけられたら、人類のほぼ全員が「生きる価値なし」になってしまうなあ・・・と凡人は頭を抱えつつ、起こる必要の無かった殺人の記録を読み終えた。ところで、作品の中で女性たちは「彼が遠くへ行ってしまうこと」を恐れ、あるいは「ここにいるのに、ここにいない」と嘆く役割を負わされているのだけど、現実の女性たちは、この作品をどう読むのだろう?

 
  中川 大一
  評価:C
  「中学三年の冬、私は人を殺した」。こんな書き出しで始まる小説なら、結末までにその動機や経緯をはっきりくっきり分かるようにしといてほしい。私ならそう思う。だが、そんな明確な得心は最後まで得られない。やっぱなー、「純文学書下ろし特別作品」だしなー、水戸黄門みたく分かりやすく、ってわけにはいかないか。「このひと悪もん? それとも良いもん?」なんてね。でもまあ、思弁的でつまらない、ということではない。余韻を残し、読者の想像力に任せるタイプの作品なのだ。低くつぶやくような、抑えた文体。精興社(この本を印刷した会社ね)特有の、格調高い書体。血のように赤いしおり紐。冬枯れの景色を眺めながら、屹立した精神をゆっくり育むのに最適の一冊。うー、寒っ。

 
  唐木 幸子
  評価:C
   文章が淡々としているが故に、主人公の一人称なのにノンフィクション的な雰囲気が漂う。主人公の眼を通した外界が少しぼやけたまま独り言のように語られる。その生気のない雰囲気は悪くないのだが、結局、わからず終いのことが多すぎやしないか。父親が読んでいた黒い革の本とは一体何だったのか、母と妹はどこへ行ったのか。誰を殺したのかは最終コーナーで明らかになるが、何故、この人を殺さなければならなかったのか。こうではないかと読者が推察する材料はいくつか播かれているが、それに任せたまま、物語は終わってしまう。集中して読んでいただけに、私は失望した。『檀』を書いた後、著者のインタヴュー記事を週刊誌で読んで、わりと自己陶酔型の人かなと感じたが、やっぱりそうなんだろうなあ。

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