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└2001年5月
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
青空の方法
【朝日新聞社】
宮沢章夫
本体 1,300円
2001/10
ISBN-4022576405
石井 英和
評価:A
もうどうしようもなく間が抜けている人間という存在が巻き込まれてしまう、様々な形の悲喜劇の諸局面を、独特の飄々とした筆致で描いている。ほとんどが「突っ込み」なしの「ボケ」の単独行なので、例えば「梨の季節」に代表されるようなシュ−ルと言っていい描写に突入してしまうケ−スもあり、これには捨てがたい魅力を感じてしまうのである・・・などと、このような本に関してつまらない感想まがいを書くのは、すごく野暮なのであって、ただ読んで「笑える」とか「笑えない」とか勝手なことを言っているのが正しい作法と思う。新聞連載だそうで、ややこの回は苦しいかな、と思われる部分もあり。でもまあ、とりあえず標準以上の回数、哄笑に導いてくれたので、Aを献上。まったく笑えない「笑激大作」とか、ごく普通にあるからね。
今井 義男
評価:AA
目まいがしそうなオーバーハングにも、手がかりになる絶好のポイントがどこかにちゃんとある。そんな所にまであるぐらいだから、ひっかかりというものはそこいら中にあるに決まっている。誰もそれと気が付かないだけなのだ。では、分かる人間がひとたび世の中を見渡せば、どのようなでこぼこを指摘してくれるのか。いや笑った笑った、最初から最後まで無理やりだこの人は。指摘するにもほどというものがあるだろうに。風邪で喉が痛いのに、えらい目に会った。この本年度最大級の問題作は、我々なら100%ノーチェックで、大脳を素通りさせてしまうようなどうでもいい事柄の中から目ざとく、ん? なんだそれは、とわざわざ一本釣りにした微細不条理物件の集大成である。意義深い仕事には学ぶべきことが多い。私は著者の警告に従って、夜口笛を吹くのを金輪際慎むつもりだ。
唐木 幸子
評価:C
先日、私の勤める会社である会合があった。偉い役員の人たちの話を聞いた後、同じ会場で懇親会もやる。その日は講演が次々と長引いて懇親会の開始は相当に遅くなった。一旦引いた役員を待つ会場で、私達下っ端に向かって、総務部の担当者は、「急いで立食テーブルに散らばれ、時間がない、早く早く」とマイクで叫ぶ。それに応えるべくついハイハイと従う者たちの後ろで、ある男がボそりとつぶやいた。「遅らせた奴らに言えよ、それは」 皆、ハっと気が付いて、本当にそうだよなあと大笑いだった。本書はそういう、多くの人間達がつい見過ごして大勢に流れてしまうところを、著者の独自の視点で、少し違うんじゃないか、と指摘する。そんな新聞連載のコラムをまとめたものだ。著者の頭の良さをつくづく感じさせる面白いものが多いのだが、はっきり言って、別に笑いが湧かないものも半分くらいあったなあ。一番面白かったのは帯に書いてある一篇だった。
阪本 直子
評価:A
朝日新聞連載だったそうですが、私の家では読んだ記憶なし。大阪本社版とかだったのかな。本になってくれてまことに幸い。そうでなきゃ、一生知らずに終わるところでした。といっても、別に知って得することとか深遠な知恵とか、他人に教えたら感心されるようなこととか、そんなことはなーんにも出てきません。計算する病、「ていうか」問題、小便小僧のこと……この本に出てくる事柄は、あれもこれも、きっとあなたも引っかかったことのあるものの筈。あったでしょう、ほら、ほんの1秒か2秒ほど。ところが著者の場合は1秒ではすまなくて、しかもこの人は芝居書きなので、「引っかかり」は思わぬ方へと転がっていってしまうのだ。こういうのを、うまい文章っていうんだよ。
谷家 幸子
評価:C
このエッセイを評価するのは非常に難しい。評価することに意味はないというか、評価したとたんに、説明する言葉を失ってしまう気がする。なので、私の「評価C」は、単に「中を取って」点けたものだ。
宮沢章夫は、変である。物事に対する視点がこんなに人と違うというのは、ただごとではない。もちろん、これはほめているのだけど。例えば「関西の計算」の項。人には「東京ドーム二十個分」などと計算しがちなところがあるが、関西人にとっての「広い」の基準は「甲子園球場」にあるらしいと書き、土地それぞれに「ぴんとくる広い場所」がある、という。そこまではいい。しかし、その後に続ける「意外な場所」で、「鈴木秀男さんのひたい、千六百万個分の広さ」ってのはもう、想像を絶する飛躍だ。一般的な論理では、この人の思考は推し量れない。この思考についていけるかどうかで感じ方が激変するから、簡単に面白いとか面白くないとか言うことは不可能だ。彼の初の小説「サーチエンジン・システムクラッシュ」は、完全についていけなかった。でも、次は何を言い出すかという期待が、この人から目を離せなくさせている。「兵器」の項で、新庄選手がメジャーに移籍というニュースを聞いたとき「風船爆弾」を思い出したというくだりでは爆笑してしまった。
中川 大一
評価:C
朝日新聞の夕刊に連載されていたコラムをまとめたもの。市井の人びとの言葉遣いやちょっとした仕草に微妙な違和を見つける。そこをとっかかりに読者をハッとさせ、また微苦笑させる手際は鮮やか。着眼点が演出家らしい。水準の高い文章だと思うけど、まとめて一気に読むと飽満感あり。言っちゃあナンだけど(青木雨彦調)、コラムって本来は添え物、堅苦しい記事の合間の息抜きでしょう(とくに新聞の場合)。経済面や文化欄に挟まれてこそ価値がある。笑いは、緊張が緩和したときに生じるわけだ((C)桂枝雀)。でも、こうゆるみっぱなしだと笑顔もふやけがち。そうだ、本書を十倍楽しむ方法があるよ。つまり、新聞を見ながら読めばいいんだね(((大爆笑)))。時事ネタもあるんで、読むんなら早いうちに。
仲田 卓央
評価:A
人を笑わせるということは、たいそう難しいことである。奇抜な動きをする、突如奇声を発する、などという単純なことで笑う人もいることはいるのだが、そういう人々は笑いたくてしょうがない、あるいは、さあ、俺は今ここで笑うぞ! と頬っぺたをすでに弛ませている人々であることが多い。ところが大半の人はそうではなく、読書中の人はなおさらである。活字を追ううちに眉間の皺はますます深くなり、長時間同じ姿勢を保ち続けた肩と腰にはすでに異様な力がこもっている。笑うなどという行為とは、程遠い状態である。笑う側にもそれなりの準備というものが必要なのである。その準備を余裕と呼ぶ人もいる。今ここで笑いという行為のそのものについて確認する必要はない。ここで言うべきはいつでも笑える余裕を持つという重要性についてである。私は今後、折に触れて本書を開くことだろう。そして、毎日の体温や血圧を計るように、自分に笑える余裕があるかどうかを確かめることだろう。その光景が、多少不気味なことは承知の上だが、私はやる。
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