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坊ちゃん忍者幕末見聞録
【中央公論新社】
奥泉光
本体 1,800円
2001/10
ISBN-4120031977
石井 英和
評価:C
その時代を描けばそれは面白いでしょう、と言うべき幕末を舞台に、達者な筆運びで軽妙に話は進んでゆくのだが、何故かちっとも「面白い」と感じられない。そもそも、漱石の「坊ちゃん」の主人公を幕末に持って行った、それだけで主人公のキャラクタ−作りは完了した、と著者が信じ込んだのが失敗なのではないか?「ほら、あの漱石の」などと、既存の作品に寄りかかって成立する小説など、どうかと思うぞ。主人公、ヒラヒラ動き廻るばかりで、ちっとも存在感が感じられないのだ。それに、夢とか希望とか、とにかく彼が人生で追い求めているものが切実な形で提示されていないので、読み手のこちらとしても、作品に感情移入のしようがない。主人公の明日にまるで興味が沸かない小説を読み続けるのは、忍耐がいる。また、「忍者」を持ち出す必要性って、何かあるのだろうか?
今井 義男
評価:A
医学を学ぶための費用と引き替えに、悪友の付き添いとして江戸へ旅立った霞流忍術十六代目横川家養子・松吉は尊皇派に身を投じるという寅太郎のわがままで急きょ、京都へ向かうことになった。この寅太郎、命がけの譲位運動とは縁遠いお調子者で、志を同じくする生真面目な平六とのコントラストが絶妙でおかしい。どうにかこうにか医者の書生に納まった松吉だが、性根の改まらぬ寅太郎に終始引きずり回される。自分が助かるためなら平気で仲間を裏切るネズミ男も顔負けの寅太郎と、とても秘術とは呼べない松吉の忍法が笑わせる。後半なんの前触れもなくいきなり爆発する悪ふざけに、どんな壮大なオチが待ち受けているのかと思いきや……。なんだったのだあれはいったい。
唐木 幸子
評価:C
帯に、歴史ファンタジーと書いてあったので普段なら手に取らないところだ。しかし今月は出張が多くて読書時間が結構あったので、どれどれと読んでみた。そうしたら実にこれが読みやすい。まるで講談か落語を聞いているかのごとく、ストーリーが流れる。最初は主人公の「おれ」の真面目な性格も好ましく感じたし、冴えない忍びの一族の逸話も笑えた。それが、京都へ上ったあたりから、ちょっと停滞するなあ・・・新聞小説だったらしいから、ここらで随分、読者は脱落しただろうなあ、と思ったところで、衝撃の第9章『スクランブル』だ。こういうのって、面白いか? 読者の評価は分かれるだろう。詳しくは書けないが、こんな奇抜な展開をファンタジー好きな人なら、こうでなくっちゃ、うん面白くなってきたぞ、と思うのかなあ。私はまるで、ドッキリカメラみたいに感じて鼻白むだけだった。
阪本 直子
評価:AA
坊ちゃん忍者。とはまた頼りなさそうな……などと思いつつ本を開き、1行目を読んだところで判りました。あの「坊ちゃん」のことです、漱石の。主人公の幼少時代の語られ方、好き好んでというより必要に迫られて学に志し、それで新天地へと旅立つ。この構成と文体が、もろにそう。でもって舞台は幕末の京都。新撰組も坂本竜馬も出てきます。
というふうに説明すると、まずアイデアありきのパロディ小説かと思われるやもしれませんが、飛び道具の使用はほとんどなし。タイプは全然違うんだけど藤沢周平の『用心棒日月抄』のような、作者オリジナルの主人公と史実の組み合わせの面白さがあります。幕末はよく判らんという人は、司馬遼太郎とか読んで予習をしてから読みましょう。その方が絶対楽しめるよ。あとがきを読めば、作者には続編への意欲があるようで、これはぜひともお願いしたい!甚右衛門が好きなんですよ、私。
中川 大一
評価:C
ああそうか。中央公論社って、読売新聞社の傘下に入ったんだったね。だから読売の連載小説をまとめた本書がここから出るわけだ。余計なお世話ながら、今後のご発展をお祈りします(*^_^*)。さて、あとがきによると、タイトルは夏目漱石の『坊っちゃん』から来てるらしい。私がこの国民文学を読んだのはもう四半世紀も前のことだけど、なるほど彷彿とさせるものがある。赤シャツは出てこないが青河童ってのが出てくる。何より全体に通底する気分というか、主人公の気質がね。そこはほんと素晴らしいんだけど……。9章の「スクランブル」以後、幕末なのに現代の文物が出てくるのは一体全体どういう趣向なのか。急にSFになったのか。単に、興を殺ぐだけとしか思えんが?
仲田 卓央
評価:B
この作品には端整、あるいは上品という言葉が似合う。育ちの良さ、とも言うべきものが全編に滲み出ているのだ。舞台は幕末。主人公松吉は忍者の末裔。そういう舞台が揃えば少なからずゴタつきそうなモノであるのだが、本筋は決して大外れしない。あくまで礼儀正しく進行していくのだ。それに加えて脇役の造形の素晴らしさも見逃せない。出てくる人物はセコイ男や貧相な男で、そもそも松吉自体なんとなく主体性がないというか覇気に乏しい男なのだが、それでいても十分に魅力的で憎めない男として描かれる。本当にさわやかな読後感しか残らないのである。ほんの少しだけ惜しまれるのは、帯の文言、「夢には必ず手が届く」である。これではセンスに乏しい青春恋愛小説みたいじゃないか。
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