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  マンハッタンでキス  マンハッタンでキス
  【早川書房】
  デイヴィッド・シックラー
  本体 2,200円
  2001/9
  ISBN-4152083689
 

 
  石井 英和
  評価:D
  外国の一地域の伝統芸能だなあ、要するに。いろいろ凝った設定と運びの物語が展開されるのだが、なんだかさっぱりスリルが感じられないのだ。爛熟した文化の賜物とでも呼ぶべきか、達者と言えば達者な物語の構築ぶりなのだが、お定まりの都会の頽廃やら憂鬱やらをなぞっているだけ、という気がしないでもない。結局、著者は「ニュ−ヨ−クなる土地の描き方の伝統」の優等生を演じているに過ぎないのではないか?と思えてきてしまうのだ。マンハッタンという土地を肌で知っていて、それなりの思い入れのあるアメリカ人、あるいは、日本の現実よりアメリカの最前線に通じておられる粋人の方には、懐メロを聞くように楽しめる小説集なのかも知れないけれど、そのような場所に特に思い入れのない私のような人間の心を動かすものは、ここには特に見当たらないのである。

 
  今井 義男
  評価:B
  登場人物の行動や環境が架空のアパート《プリエンプション》を介することで微妙に関連し合う、気の利いた連作短編集だが、はてその関連になにか重要な意味があるかといえば、さほどないのである。例えば『オパール』で出現したイヤリングがどんな結果を招くのか期待していたら、別にどうってこともない。ならそもそもあの不思議な店の意味は? いわくありげな(なにしろ生まれたとき第三の目があった)ドアマンの正体は結局ほったらかしで、反キリスト的人物の悪事は中途半端にフェイドアウトしてしまう。独立した短編としてまとまりのよい『スモーカー』などはむしろ例外で大半はアンチクライマックス(ひょっとして死語?)である。並々ならぬ破綻の兆しは頼まれもしないのに私が勝手に膨らませた妄想だったのだ。

 
  唐木 幸子
  評価:C
  こういうニューヨークストーリー風の物語を読むと、私は少し取り残されてしまう。面白い出来事として書かれている事柄があんまり面白くないし、登場人物が妙に気取っていて本心を掴みきれないからだ。形式は連作短編集になっていて、微妙に話が関連しあって進む。半年前の課題本『フィンバーズホテル』と似た構成だ。フィンバーズホテルに当たるのが、この場合、豪華アパートの<プリエンプション>。当然、住人は大金持ちが多いのだが少しも幸せそうではない。フィンバーズホテルよりは話の繋がりが深く、後半は主人公が集約されて、話の展開もミステリーめいて来る。しかし、どの仕掛けも中途半端の感があり、むしろ、話がバラバラのまま終わってくれた方が雰囲気が良かったんじゃないのか。でも本作は御当地ではお洒落!と大評判でレッドフォードが映画化するんだと。

 
  阪本 直子
  評価:A
  忠告します。裏表紙の宣伝文句には、一切耳を貸さないように。軽妙、小粋、ウィット、洒落た……真に受けては絶対に駄目です。いかにもそれっぽい装幀も無視するように。1話目を読んで「あ、やっぱり、なるほどね」と思っても、2話目に入って「ほら、これもだよ」と思っても、絶対にそこで止めてはいけません。騙されたと思って読み進んで下さい、真ん中辺まででいいんです。……その辺りまで行ったなら、きっと止められなくなってるでしょう。序・破・急、とはまさにこの本のためにある言葉。さすがは早川書房だね。何気なさそうな顔をして、ちょっと凄い本を出してくれました。
 でもやっぱり、この宣伝文とこの装幀はどうかと思うなあ。小説それ自体だけでいうならAAくらいつけたいところなれど、本の体裁が内容と合ってないので減点します。この本は、間違っても「洒落た連作」なんかじゃないよ。怖い小説です。

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