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  死者の日  死者の日
  【扶桑社】
  ケント・ハリントン
  本体 1,524円
  2001/8
  ISBN-4594032613
 

 
  石井 英和
  評価:C
  その分野に詳しくはないのだが、これが今、ナウいらしい「ノワ−ル」というタイプに属する小説なのだろうか?少なくとも帯の牽句には、そううたわれている。読んでみたかぎりでは、あまり芳しい印象を受けなかった。熱気の中で虚しい人生ののたうつティファナの町に関する記述には、なかなかの迫力を感じたのだが、どうもそれに耽溺するばかりで、さっぱり物語が走り出さない。これを読んだかぎりではノワ−ルなるもの、要するに中途半端な文学趣味による小説の物語性の圧殺行為としか解釈できず。著者は、それなりの力量もあると思われるし、ハヤリモノには色気を見せず、ストレ−トなサスペンス小説に精進するのが得策だろう。また、メキシコの死者の日の習俗には以前から興味を持っていたのでその描写にも期待したのだが、それに関する記述はほぼ皆無だった。

 
  今井 義男
  評価:C
  警察に追われる連中の逃亡先がメキシコというのはよく聞くが、逆に中南米方面からの密入国も茶飯のごとき風景らしい。そのメキシコ国境で麻薬取締局捜査官の立場を利用して、密入国者にたかる子悪党のまったくくだらない末路が、弛緩のない文章で描かれている。文章は引き締まっているのに作品自体はデング熱に罹ったようにものうい。主人公のどうしようもないルーズな性格がこの上ないだらだら感を生み出しているのである。その気だるさはたとえクルマで砂漠を疾走していても消えることはなく、こちらまで伝染しそうな気配がしてくる。明るいタッチの犯罪小説も考えものだが、ネクラ街道まっしぐらなのも相当にしんどい。昔は好きだったんだがなあこういう不健全な話。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  デング熱というのは高熱が出て、目や耳、歯茎から出血して高熱にうなされて多くが死に至る感染症だ。そんなものに罹りながら、借金まみれの麻薬取締局捜査官・カルホーンは密入国の危険な仕事からもバクチからも手を抜けない。難儀に難儀を重ねて抱え込み、好んで不正を働いているかのようなその生活は、堕落、腐敗、破滅を通り越して、ある種の極限状態の静寂を感じる。そんなカルホーンがある日、彼が身を落とす原因だった女に偶然出会う。この昔の恋人と人生をやり直そうとするカルホーンだが、この女がまた謎に満ちていてますます話は転落へと突き進むのだ。デング熱症状が悪化する中、司直に追われてメキシコ国境辺を車で走り回る逃走劇は緊張感と迫力満点。乗せていた密入国者がヘロインを吐き始めるシーンは、暫くは忘れられないくらいリアルだ。しかし、『転落の道標』もそうだったが、ラストの混乱ぶりに多少の不消化部分が残る。

 
  阪本 直子
  評価:A
  メキシコからアメリカへ、密出国を手伝う麻薬取締官。露見は時間の問題。ヤバい相手からの借金の山。病気。再会してしまった運命の女。そして帯には「ノワール」とある、とくれば当然、この男に明るい未来はない。ノワールって、よく知らないけど「メシがまずくなる小説」なんでしょ、いやだなあ……と怯えつつ読み始めたら意外にも、手に汗握りつつ一気読みでした。
 明日は彼女と町を出る、それで全て上手く行く。男はそう何度も繰り返す。だけど、実は自分でも百も承知だ。そんなことにはなりっこない、破滅が待っているだけだと。彼が何かをすればするほど、状況は余計に悪くなるばかり。結末は見えている。それでも迫力が失せないのは、文章が、くらくらするほど五感に迫ってくるから。体温。体臭。血。祭りの日の喧騒。岩沙漠の上の空。これは訳者の力も大きかったんでしょう。内容がこうだからこそ、文章は整っていなくちゃね。

 
  仲田 卓央
  評価:A
  もう、ギトギトに魅力的な作品である。その魅力はジャンクフードの味や、泥酔しているときの幸福感と同じ物だ。絶対健康に良いはずはないのに、そして絶対後悔するに決まっているのにも関わらず、ビッグマックを3つも食べてしまったり、次の日は早起きしなければいけないのについ何かしらのボトルを空けてしまったときの、あの罪悪感と恍惚感。内臓や手足はどろりと重たいのに、頭蓋骨の内側が物凄い速度で回転しているような快楽。特に後半、主人公カルハーンの熱病が悪化していくと共に加速していくスラップスティック化は最高だ。そこに描かれる狂気の濃度といったら、「狂っているのは俺か、それともこの世界か」というレベルに達している。とかく陰々滅々たるものになりがちなこのテのジャンル、これほどまでに躍動的に、そして色鮮やかに描ける作家の力量は、見事というほかない。

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