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操上恭子 操上 恭子の<<書評>>
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ららのいた夏
ららのいた夏
【集英社文庫 】
川上健一
本体 667円
2002/1
ISBN-4087474003
評価:B
 久々に清清しい青春小説を読んだ。ストーリー自体はまるで一昔いや二昔前の少女マンガのようだが、現代的な視点も随所に見られる。まず、主人公ららが陸上部への入部をかたくなに拒否し、自分の楽しみのためだけに走ろうとするマイペースなところがいい。それを見守る語り手の純也が、鍛え上げたスポーツマンである自分よりも足の早い女の子の存在を素直に受け入れるのもいい。変な男のプライドみたいなものが邪魔しないのが気持ちいい。「焼酎オン・ザ・ロックンロール」の歌詞もブっ飛んでいるし、ららの友だちの女の子たちやゴルフじいさんなどのわき役たちも魅力的だ。
マスコミ批判も出てくるし、高校野球に対する批判的な視線もある。様々なサイドストーリーを適度に盛り込み、気持ちのいいエンターテイメントに仕上がっている。ただ、後半の話し運びが少し唐突な気がしたのと、いつも笑っているららの白痴っぽさが気になった。

カップルズ
カップルズ
【集英社文庫】
佐藤正午
本体 448円
2002/1
ISBN-4087473996
評価:D
 どうしても、佐藤正午が好きになれない。自分でもうまく説明できないのだが、違和感がつきまとう。よく出来た小説ではあるのだ。中規模地方都市を舞台に語り手である作家が、街の噂を集めて物語をつむぎ出すという設定もいいし、一つ一つのストーリーも面白い。好奇心だけは強いがちょっと情けない「私」もなかなか魅力的だ。じゃあ何が気になるのかというと、女性像である。前にも書いたかも知れないが、佐藤正午が描く女性には、どうにも現実感がないのだ。作中人物の中、男性は生き生きと自然なのに対して、女性は作者の都合のいいように動かされているという感じが拭えない。何を考えているかわからないというだけじゃなくて、内面がないような気がする。他の女性読者はこの違和感を感じないのだろうか。

過ぐる川、烟る橋
過ぐる川、烟る橋
【新潮文庫】
鷺沢萠
本体 400円
2002/2
ISBN-4101325170
評価:B-
 私はスポーツが好きではないし、特に格闘技は大嫌いなので、この元プロレスラーという設定の主人公に始めから、退いてしまっていた。これはコンプレックスを伴った偏見であることをはっきりと自覚しているので、関係者の方には申し訳ないけれど、肉体を使ったショーを生業にしている人々に、心や頭を求めてもしょうがないと思ってしまうのだ。これはその元プロレスラーの心の機微が語られる小説だ。これがなかなか読ませるのである。特に何が起こるわけでもない。ただ、青春時代からの思い出をたどるだけ。でも、その中で語られるいくつかの岐路の向こうに、あったかもしれない未来が透けて見える。そして、最後にはどうしようもない現実を確認して夜はふけていく。切ない。だが、言ってしまえは何のことはない、酒の上での一夜の感傷だ。それを180ページの小作品に見事に仕上げたのは、見ればまだ若い女性作家なのだ。是非他の作品も読んでみなくては。

グルーム
グルーム
【文春文庫】
ジャン・ヴォートラン
本体 781円
2002/1
ISBN-4167527952
評価:C+
 なんとも読みにくい作品だった。この一冊で2週間もかかってしまった。かといって途中で投げ出すことのできない魅力もあって、少し読んでは放り投げというのを繰り返してやっと最後までたどりついた。
説明をするのが難しい話だ。最初は不条理小説なのかと思った。帯にはパルプ・ノワールと書いてあるのだが、どうもそれも違う気がする。あら筋を要約すると確かにノワール的なのだが、読んで受ける印象は違うのだ。敢えていえば『サイコ』や『ドクラ・マグラ』の系譜に属する作品と言ってしまうと、ネタばらしになるのだろうか。
フランス人ってよくわかんねえ、というのも正直な感想。

秘められた掟
秘められた掟
【創元推理文庫】
マイケル・ナーヴァ
本体 700円
2002/1
ISBN-448827904X
評価:B+
 最近のハードボイルドの王道をいく作品(といっても原書が書かれたのは92年だが)。主人公ヘンリー・リオスは中期のマット・スカダーみたいで格好いい。もっともリオスは探偵ではなく弁護士なので、調査は調査員に任せている。それが物足りなくはあるのだが、逆にその分リオスの生い立ちや恋人との関係など、内面の問題に重点が置かれていて、短かめながら重厚な作品に仕上がっている。
メキシコ系ながら成功した弁護士であり、ゲイでもあるという主人公の設定は秀逸で、その徹底したアウトローとしての視点が、逆にこの作品に現実味を与えている。
驚いたのは、男同士のベッドシーンがごく当たり前に赤裸々に描かれていることで、十数年以上も前に、初めて「一般の」小説で濡れ場を読んだ時の衝撃を思い出した。

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