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磯部 智子の<<書評>>


ラス・マンチャス通信
ラス・マンチャス通信
【新潮社】
平山瑞穂
定価 1,470円(税込)
2004/12
ISBN-4104722014
評価:A+
 日本ファンタジーノベル大賞作品という以外の先入観を持たず、この奇妙な物語を読み始め、いきなり「正体不明の肌触り」包み込まれる。とにかくじんわり怖い上に、ページをめくる手がとまらない麻薬的な世界がそこにあった。雪が降る前のようなひんやりした空気、空はきっと鉛色、ぎゃーと叫びたいのに声も出ない、ぞくぞくするのに立ち去る事が出来ない状態が続く。「僕」の澄み切った視線の先には、陸魚(水に入れると死ぬ魚らしい)をイジメ殺したり姉を犯そうとするアレや、職場のレストランで好き放題する頭の悪そうな客など変な連中ばかり。それなのに、何故「僕」の方が施設に入れられたり、仕事を首になったりするのだろう。遠巻きにする人々は「僕」のどこにあの印、のろわれた家族、ラス・マンチャスを見つけているのだろう。セピア色の世界の中で「僕」と一緒に彷徨い続ける。ラストは美しく、それが物足りない感もあるが、おかげで読了後も悪夢の中に閉じ込められずに済んだという安心感もある。デビュー作でこの作品、次はどう出る?

しゃぼん
【新潮社】
吉川トリコ
定価 1,260円(税込)
2004/12
ISBN-4104725013
評価:C
 うっふ〜ん、あっは〜ん、な表紙のうえピンクの帯まで掛かっている。それで内容は軽快な艶笑小話かというと、なんとも痛々しくも古風なオハナシだった。女による女のための「R−18文学賞」受賞作ってなんだ?男性作家のエロ小説に飽き足らず、女性自身の視点から描いたナチュラルな作品らしい。4編から成る短編集だが何れもMの世界、受動的な性に徹している。確かに女の子のある種の切なさは表現されている。愛して欲しいから、我が身を相手に与えるというのも、愛情のないまま快感に身をまかすというのと同様に、自分に酔いすぎている。それにしても『ねむりひめ』はブニュエルが映像化した『昼顔』から一歩も発展していないし、SATCのような明朗な斬りこみもそこにはない。女の子のままでいたいというのは曲者だなぁ。「変わらない」ためには、変わり続ける事が必要だと思う。変わらなければ人は風化してしまう。昨日までもてはやされた不思議ちゃんは、明日の不気味ちゃんかもしれないから、ガーリーな道程もまた険しいハズだ。

日暮らし(上下)
日暮らし(上下)
【講談社】
宮部みゆき
定価 各1,680円(税込)
2004/12
ISBN-4062127369
ISBN-4062127377
評価:AA
 ああ、楽しい読書だった。前作『ぼんくら』では、連作短編集のように鉄瓶長屋の人々の間で起こる事件を、馬が欠伸をしたような顔のぼんくら同心、井筒平四郎と超美形の12歳の甥、弓之助が、次々と謎解きすることから始まり、最後には意外などんでん返しがあった。本作でも又、小さな事件の積み重ねから、やがて大きなうねりをみせる。『ぼんくら』は終わっていなかった。伏線というには、もったいない逸話の数々は、大きな流れの重要な血となり肉となる。読み解く鍵は人の心。誰をかばって嘘をついているのか、それとも陥れようとしているのか。信頼できる語り手はいるのか。登場人物は、お徳、おでこ(大ファン)、佐吉や……それぞれ心に傷を負い、江戸市中の底辺に『日暮らし』のように生きながら、すっと背筋を伸ばし凛とした表情をみせる。善良な人間も間違うし生き惑う、そのもつれた人と人の関係を解きほぐしていく妙味。本を閉じた後も尚忘れがたい味わい、この暖かく心地よい世界にずっと浸っていたい気分なる。心があるのと、甘いのは別物だから、人情時代劇に腰がひける方も是非。この宮部みゆき作品は一読の価値あり。

漢方小説
漢方小説
【集英社】
中島たい子
定価 1,260円(税込)
2005/1
ISBN-4087747433
評価:B
 忙しすぎる現代人の硬直しきった心に処方箋はあるのか?31歳、独身。元カレが結婚すると知ったその日から原因不明のふるえ…。人生の浅瀬を飄々と泳いでいたはずの自分が「何がおきているかわからない」という恐怖に陥る。適度に病んでいるのがオシャレなのに本格的に病人になってどうする?変わらぬ日常、愉快な奴という仮面のまま問題に立ち向かう。同じく悩んでいる暇なんてない多くの読者は、つい一緒に答えを捜し求める。的確な診断と適切な処方の西洋医学は対処療法、熱があれば解熱剤、セキなら咳止め、でも今回はどうやらこれでは解決しない。それで半信半疑でたどり着いた先が漢方診療所。東洋医学では「病気のあなたはこういう人だから、この薬」という時間をかけた『本治』を目指す。この葛藤の日々が非常に軽快でユーモア溢れる筆致で描かれている。面白いし読みやすいし、にわか漢方の知識まで仕入れる事が出来る。スローライフの提案というより、明日からも現実社会に立ち向かうための視点の転換、皮肉にも対処的漢方小説となっている。

となり町戦争
となり町戦争
【集英社】
三崎亜記
定価 1,470円(税込)
2005/1
ISBN-4087747409
評価:A
 何も見えないのは、見ようとしないからだ、と強く静かに訴えてくる作品。戦争とははるか対岸での出来事、の筈だったのに。突然となり町との戦争が始まった。平和なら上意下達で良かった。人の言うことを聞いていれば、只平凡に暮らしていくことが出来た。でも戦争となったら…思考停止した現代人はこの事態にどう立ち向かう?ここからの展開がこの作品を一味違ったものにしている。多くの日本人にとって全く戦争にリアリティが無い事を逆手にとって、血の一滴も流れない、一発の銃声もしない不気味な戦時下におかれる。
公共事業としての戦争は町役場主導で、広報には戦死者12名の文字が…見えない戦争は確実に始まっている。そんな中「僕」は敵地偵察を任命される。通常の会社勤務を続けながら役場からの休業補償も付いている。実感がないから反対もせず、その理由も見出せないまま「僕」は戦争に加担していく。この、当たり前のようにじんわりと侵食されていく描写が秀逸。日常生活の延長だから、何も失わないから痛みも感じられなかった主人公の姿が、私たちに改めて深く問いかけてくるのは、無自覚は消極的な加害者だという事だ。

四畳半神話大系
四畳半神話大系
【太田出版】
森見登美彦
定価 1,764円(税込)
2005/1
ISBN-4872339061
評価:A-
 笑い死にしそうなくらい面白かったあのファンタジーノベル大賞作品『太陽の塔』の森見登美彦作品。語りは健在、一人つっこみ一人ボケ(翻訳すればシニカルな視点)という関西人のお家芸を踏襲しつつ、オタク自身がオタクを語るという独自の世界を作り上げている。とびっきりケッタイな奴が妄想を道連れに京都の街をひた走る、いや四畳半にひきこもる。大学入学時のサークル選択を、3回生の「私」が振り返ると…映画サークル「みそぎ」を選んだ場合、そこには閉じた集団にありがちなカリスマ的ド阿呆、城ヶ崎先輩がいて…宗教系ソフトボールサークル「ほんわか」を選んだなら、と4つの選択肢による物語が平行して語られる。何れの場合も腐れ縁の「他人の不幸をおかずにして飯が三杯喰える」小津が必ず傍らにいて、どう転んでも現在の「私」に着地する。そんな「無意味で楽しい毎日」は、少々前作に比べて薄味の感が否めない。ifもしも?という展開に新鮮味がなく、4話目の予定調和も読めていたし。まぁそれでも面白い事には変わりないが、あと一息。期待するものが大きいから。いつか、そびえ立つあの塔を超える作品を待ってます。

素敵
素敵
【光文社】
大道珠貴
定価 1,575円(税込)
2004/12
ISBN-4334924484
評価:D
 この作品は途方にくれる。小説を何のために読むのか暫し考える。何かが決定的に欠落している登場人物たち。『純白』では酔っ払うとトイレまで持たず、母親にその場でパンツを脱がされる父親や、職を転々とし、今は住み込みの仲居となり長期滞在の妻子もちの男と毎日寝る娘。飼い犬まで脂肪分の取りすぎで獣医から体重を半分に落とすように言われているが、母親は、娘と口げんかした後、わざと高カロリーなものを与える。他の作品も似たり寄ったりで、会話は噛み合わないのに、60歳を過ぎても性交渉だけはある夫婦などなど。それでも淡々とし、ぬかるみにどっぷりと足を突っ込んだまま、抜け出す努力もせず、何故か平然としている人たち。肉体はあっても精神は無い、生活はあっても人生はないという印象を受ける。この自堕落な世界、心が死んでしまいそうになる。そもそも線引きがないから堕落でもなんでもないのだが。つまらない人間のつまらない生活。読んでどうする。

アジアの岸辺
アジアの岸辺
【国書刊行会】
トマス・M・ディッシュ
定価 2,625円(税込)
2004/12
ISBN-4336045690
評価:AA
 SFを読む子供は危険信号を発しているのだという。ここではない何処かへ行きたいサインだから親は見逃してはいけないらしい。本当だろうか?じゃSFを読む大人は、いや書き手はどうなのだろうと思いながら読む。この作品集は、不可解なこの社会とその中でマイノリティであり続け右往左往する自分、その両方を諷刺し笑い飛ばそうとしている作品や、社会の歪みの根源には、それを構成する人間一人一人の歪みがあるという作品。そして何より見事に物語として本当に面白い!底辺にどんな真意があろうとも、皮肉な黒い笑いで楽しんでしまう、シュールでポップな異世界を、確実なリアリティで作り上げている。
イジワルかつ恣意的な情景が美しい『アジアの岸辺』、『国旗掲揚』と『争いのホネ』は悪意が炸裂。怒るべきか笑うべきか迷っている間にもこみ上げてくる『犯ルの惑星』などなど。初期作品には時代背景の古さもあるが、チャップリンの無声映画と同様に、けっして損なわれる事のない批判性と娯楽性を、併せ持った作品だった。個人的にも非常に好きだ。

ブラック・ヴィーナス
ブラック・ヴィーナス
【河出書房新社】
アンジェラ・カーター
定価 1,680円(税込)
2004/12
ISBN-4309204058
評価:B
 アンジェラ・カーター作品は、以前『ワイズ・チルドレン』を途中で放り出した事がある為、恐る恐る読み始める。とにかくお安い共感なんか一切寄せ付けない作家なのだ。とりつく島もないほどの大海原の真ん中に放り出される。これぞマジック・リアリズムなのか?幸い短編集なので先ず解りやすいほうから『キッチンチャイルド』はスフレのようなおとぎ話。(いつか萎む?)女料理人のシンデレラストーリーであり、その子供の父親捜しでもあるが、本来のおとぎ話=口承文学は下層階級の偏見であり夢でもあるという点をキッチリと胸元につきつけてくる。『ビーターと狼』の狼は、人間の狼少女。この少女の描写には、ピーターと一緒にどっきん、どっきんと心臓が音をたて、この異なる類の意識の前に言いようのない不安を覚える。それを少しだけ人間に近づけたのが『わが殺戮の聖女』だが、何れにせよどこまでも理解され集合化されることを嫌っているように感じてしまう。

グノーシスの薔薇
グノーシスの薔薇
【角川書店】
デヴィッド・マドセン
定価 2,310円(税込)
2004/11
ISBN-4047914886
評価:D
 この作品は、憮然としながら読んだというか。いやはや、なんという露悪趣味、変態版いないいないばぁ。ルネッサンス期が舞台ならそりゃ人材は豊富だよなぁ、その誰もが名前ぐらいは知っている人物達に「ゆがんだ性的嗜好」を纏わせ登場さすのだから身も蓋も無い。でもどれもこれも借り物感が拭えないし、単なる素材以上の思い入れや掘り下げを感じる事が出来ない。小人のピッピの前だからこそ素顔を曝した、なんてところに逃げ込まないで欲しいし。とにかくダラダラと牛のよだれのようにエロとグロが延々と続き、更にとってつけたようなグノーシス思想が絡むのだ。何を描きたいのだろう?エログロか、グノーシスか、グノーシスの名を借りた別の欲求か。ラストは大衆演劇顔負けの愁嘆場。作家がエロ描写にロマンを感じすぎるのは、彼自身に乗り越えなければならない何かがあるのか、または単なる職業エロかは、どうでもよくなってしまった。