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少女七竈と七人の可愛そうな大人
少女七竈と七人の可愛そうな大人
 桜庭 一樹 (著)
【角川書店】 
定価1470円(税込)
2006年7月
ISBN-4048737007
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  小松 むつみ
 
評価:★★★
 プロローグがあまりにおどろおどろしく、ひいてしまったが、本編はがらりと変わり抒情的世界が美しく展開していく。
 白いケント紙にペンで描かれたような、繊細な絵が浮かぶ情景。
 描写はとても叙情的だが、そこここに散りばめられた会話のがさつさ、そっけなさが、作品にリアリティを与えている。
 要は、少々特殊な事情を持って生まれた、美貌の少女「七竈」の成長の物語なのだが、やはり美貌の親友・雪風と鉄道模型にだけ心を開いていた彼女が、時を経て、少しずつ少しずつ現実の社会との距離を詰めていくさまが、リリカルに描かれる。
 私はこの人の文章がなかなか好きだ。簡潔だが抒情的、やさしそうだが、凛としている。
紡がれる世界観が、少女漫画的で、繊細で。
 しかし、ところどころに差し挟まれる大人たちのエピソードは、いかんともしがたい人間の性(サガ)と諦観とが入り混じり、妙味を添えている。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★
 北国でひっそりと暮らす美少女七竈と、美少年雪風。美貌をもてあます美少女という設定が、私のど真ん中ストライクでした。
 本物の美少女がいるのは「地方の公立高校の隅である」、「たいへん遺憾ながら、美しく生まれついてしまった。」など、美を語る台詞が生真面目でいかしています。
 そのようにほとんどの登場人物が生真面目に芝居口調で語る中、突出して現実感があったのは雪風の母でした。働こうとしない亭主プラス六人の子どもの合計七人の扶養家族を抱えて、ひとり戦場にいるような境遇。この数字なら雪風の母が白雪姫のはずなのに、美しいのはほかの七人の方。孤軍奮闘で現実と切り結んでいるこの人の姿と心情に迫力がありました。
 誰よりも分かり合えて分かち合えていた筈の七竈と雪風を、時の流れは容赦なく引き裂き遠ざけます。その別離は悲しいけれど、七竈が自分の力で人生を発車させる決心が込められていて、読後感は良かったです。

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  神田 宏
 
評価:★★★
 色彩の失せた冬の景色に七竃の実はこの世のものとは思えないような艶やかさをみせ、その非現実さに自分の目を疑う事がある。そんな七竃を名前に持つ美貌の少女、川村七竃と凡庸で「平凡な白っぽい丸」の様な人間と自分を思う七竃の母親の世代を超えた相克の物語と言ったらちょっと硬いようだが、著者はそんなシビアなテーマを独特の朴訥としたリズムと鮮やかな色彩で語りかける。異質である事の違和感と凡庸である事の悲しみが、七竃の赤とそれに降り積もる雪の白とに比して語られるとき読者の心にすっと入ってくる。そんな、作品である。装幀もグーです。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 われわれ凡人は、少しでも美しくなりたい、と歯噛みして努力したりするものだが、美しすぎるということは、それはそれで不幸なことであるらしい。
 異形とも言うべき美貌の七竈は、凡庸な自分のこころのかたちを変えるために七人の男と寝た母親を恨みつつ、好奇の視線を避けるように孤立して生きている。鏡に向かい合うかのようにわかりあえるのは、同じく異形のかんばせを持つ幼馴染の雪風だけ。ふたりのあいだには、黒々として冷たい鉄道模型が走っていて、そこでしか触れ合うことができない。
 そんな七竈の少女としての日々の終わりが、本人、母、犬、雪風、雪風の母の言葉で語られる。不思議な言葉遣いと、北国の小さな町の厳しさという設定が、まるで横溝正史の世界のような、透徹で残酷なまでに美しい異質感を演出している。しかし、次第に、巧みに仕組まれた数々の伏線が明らかになるにつれ、この異質感は失われていく。それが大人になるということなのか……。特別な自分に折り合いをつけて歩き出す七竈と雪風の姿は、とても哀しくて清々しい。

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  磯部 智子
 
評価:★★★
 少女の切なさと、少女では無くなった女の切なさを同時に味わえる甘美な一作。「いんらん」の母から生れ落ちた世にも稀なる美少女「七竈」、そして彼女たち二人に翻弄される人々。舞台は「ひんやりとした小さな町、旭川」で、地元の国立大学を出て地元の小学校教師になった生真面目で平凡な容姿の母がいんらんになるところから始まる。閉塞感のある地方都市で何かを打ち破りたくなる母。父が誰か分からぬまま、出奔した母に代わり「善良な老いた男」祖父の下で七竈は美しく成長する。こう紹介していくと、なんじゃ?それなのだが、七竈は「遺憾ながら美しく生まれた」のであり、同じく母は遺憾ながら平凡に生まれ、どちらも少女であること自分であることをもてあましているのだ。古風な文体が鋭い痛みを覆い隠し他人事のようなとぼけた味わいを醸し出す。自薦他薦の地方選抜隊が何故東京を目指すのか、「女の人生は母をゆるす、ゆるさないの長い旅」など読みどころも多い。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 冒頭に惹きつけられたら、それはほぼアタリ。この話はこんな冒頭で始まる。「わたし、川村七竈十七歳はたいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった。」
 自分で美しく生まれて「しまった」なんて、と読んでいくうちに、レトロ的な文体に、自意識たっぷりの七竈が確かに「遺憾ながら美しく生まれてしまった」ことに納得させられる。ちなみに、七竈の母親は二十五歳の時に男遊びの辻斬りをはじめた。なにかが降臨したかのように、片っ端から遊びまくった。そして生まれたのが七竈だった。
 美しく、趣味は鉄道、それもマニアの域である七竈の親友はやはり同じ“鉄”である雪風という名の美しい少年。劇画チックにドラマチックに七竈の美しさとふたりの友情がとっぷりと描かれ、あいまにちらほらと七竈の母親も。おまけのように描きつつも、この母親ありきの七竈の美しさ。そしてやはりどこかで追い求めていることの切なさ。せつなさを味わいつつ、鉄道模型をこよなく愛し、「がたたん、ごととん」と愛でるふたりが叙情的で深々と余韻を残す。

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