WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >『虚空の旅人』 上橋菜穂子 (著)
評価:
上橋さんの名前を一躍有名にした『守り人』シリーズの外伝。『守り人』がタイトルについた作品が、新ヨゴ皇国の皇太子を護衛するバルサを主人公に据えているのに対して、『旅人』がタイトルについている作品は、皇太子・チャグムが主人公だ。普通なら甘やかされて育つ王族に生まれた彼は、奇妙な体験をしたせいで庶民達と暮らし、帝王教育では学べないことをいくつも体験している。心優しきチャグムだから、即位の儀に招かれたサンガル王国で起こる陰謀に、知らんふりはできない。ましてや、「神を宿した」として幼い娘が海に葬られると聞いて、自分の境遇を重ね合わせてしまう。皇太子の成長を縦糸に、周辺国の動きを横糸に織りなす物語は、小野不由美さんの『十二国記』シリーズに似ている。弱そうに見えて意外な強さを持っていたり、己の信じる道を貫く気概がある所など、主人公の性格も共通点が多い。自分を知るからこそ、どこまでも謙虚で、他人にも寛容になれるチャグム。理想の国主となりそうな、彼の成長が楽しみ。利発で優しい皇女サルーナ、その姉で、夫の目論みを見越している策士タイプのカリーナなど、サンガル王国の女性達脇役陣も個性的。
評価:
女用心棒バルサが主人公だった前作までと違い、〈守り人〉シリーズ4作目となる本作では新ヨゴ皇国皇太子チャグムが主人公。守られる立場だった前作までとは違い、皇太子としての気品と人間的な強さを身につけたチャグムの活躍にシリーズ通読者は感涙にむせぶのではないでしょうか。まさに、巣立つ雛鳥を見守る親鳥の気分。本作だけを読んでも楽しめるつくりになっていますが、一作目から読んだ方が登場人物に対する思い入れがある分、絶対に面白いと思います。私はこのシリーズ未読でしたが、これを機に一作目から通読したところ、すっかりハマってしまいました。
「シリーズの流れを大きく変えた重要な一冊」とあとがきで著者も言うように、本作ではファンタジー的要素に加え、国家間の駆引きなども重要な要素になっており、近隣諸国だけでなく、ついに南の強国が動き出し策謀をめぐらせます。物語の厚みが増し、ファンタジーが苦手な読者の鑑賞にも堪える作品ではないでしょうか。
評価:
文庫版を本屋でみかけていました。でも、ファンタジーはあまり興味ない。読まない理由は、覚えにくい固有名詞が多いこと。その世界に入り込むためのルールを覚えるのが苦手なこと。でも、「指輪物語」や「ハリーポッター」のように、はまってしまえばこっちのものなのも事実。どっぷりと浸りこんでしまう(から怖い)ジャンルでもあります。
サンガル王国での新王即位の式に招かれた新ヨゴ皇国皇太子チャグムは、とてつもない陰謀に巻き込まれてしまいます。〈守り人〉シリーズの第4弾。シリーズ途中からでも問題ありません。過去に苦難を乗り越えてきたらしい、チャグムと星読博士のシュガの信頼関係、チャグムの純粋で心やさしい様子、なにより、サンガル王国を含めたこの世界の原始的で不思議な風景がいっぺんに目に浮かんでくる生き生きとした文章が素敵なのです。何かの策略かとも思いつつ、すでに出ている3巻分を読了する日も近そう。
さて、物語中、皇太子としてのチャグムの自覚と将来の展望が見え隠れしています。この世界で大きなうねりのようなことが起こりそうな予感。彼らがどんな国造りをしていくか楽しみになりました。
評価:
日本を代表すると言っても過言ではない壮大なファンタジー作品「守り人」シリーズの続編であり、シリーズがさらに大きな流れに突入する転換点の物語。「守り人」シリーズの外伝的位置付けの作品かと思いきや、シリーズ全体の流れを左右する転換点となる物語であり、チャグムやシュガがキャラクターとしてさらに成長をとげ、人物像や人間関係に深みが増して、ファンはシリーズの展開からますます目が話せなくなる。
上橋菜穂子氏のファンタジーの魅力のひとつは、作品の世界に奥行きがあり、読者がその世界に吸い込まれそうなほど活き活きと臨場感があふれていることだろう。また、作品の世界の中に吹いている風や波の音が本当に聞こえてきそうな見事な表現力と、登場人物たちの喜びや悲しみが心にびんびん伝わってくる力のこもった文章も、昨今のファンタジー作家では群を抜いている。
この作品も、そんな上橋ファンタジーの魅力が詰まった秀作だ。「守り人」シリーズを読んでいない人でも楽しめるほど、ひとつの物語としての完成度も高い。読者の年齢や前作を読んでいるかどうかは関係なく、読む人すべてを楽しませてくれる作品だと思う。
評価:
「守り人シリーズ」の第4作目。このシリーズは未知なる冒険へのわくわく感、人や歴史、国が変化していく壮大さなど、ファンタジーの魅力が存分に詰まっている。大人も子どもも、男性も女性も楽しめるシリーズだと思う。
シリーズ第4巻だが、この作品から、短槍使いのバルサが主役の物語から、国と国をまたにかけた壮大なシリーズに変わっていく。一応今作だけでも読めると思うが、一巻から読み進めていると、今作主人公チャグムの成長ぶりに胸を打たれる。
シリーズでは全く違う文化を持った国が多く出てくるが、この物語の舞台となるサンガル帝国で興味深いのは、女性の王族によって国が密かに守られ反映してきたというところだ。女だけの集会で各地の情報収集をし、賓客の寝室に隠し通路を設けているという場面でぞくりとした。
アボリジニの研究をしていたという著者。ファンタジーだけれどヒーローはいない、勧善懲悪でもない。マイノリティへの視線、未知のもの、多様性への暖かい視点が、この世界に深みを持たせているように思う。
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