『チャイルド44 (上・下)』

チャイルド44 (上・下)
  1. ニコチアナ
  2. 星降る楽園でおやすみ
  3. BH85―青い惑星、緑の生命
  4. フロスト気質 (上・下)
  5. チャイルド44 (上・下)
  6. 紅蓮鬼
  7. やせれば美人
岩崎智子

評価:星5つ

 少年少女をターゲットとした猟奇連続殺人が起こっているのに、政府は殺人だと認めたがらない。なぜならば、「社会主義に連続殺人鬼は存在しない」から。どこかで見た事があると思っていたら、本作は、映画『ロシア52人虐殺犯チカチーロ』で取り上げられたのと同じ事件に着想を得ていた。この映画は、スターリン体制下のソ連で、50人以上の少年少女を惨殺した希代の殺人鬼アンドレイ・チカチーロを追う鑑識官の苦闘を描いている。本作の主人公は、出世街道から外れた鑑識官とは違い、国家保安省の敏腕捜査官レオだ。エリート然として仕事をこなしていた彼が、やがて国家を疑い、捜査で妨害を受けることに。資本主義国家に生きる我々には、レオの置かれた状況は理解できないだろうか? 組織の安定を望む会社に、自らの正義を貫こうとして、行く手を阻まれる。大なり、小なり、こうした経験を積んできた労働者がきっといるはずだ。社会主義国家の元で、犯罪組織を追う難しさを取り上げた作品には、中国の作品『十面埋伏』があるので、興味がある方はそちらもどうぞ。

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佐々木康彦

評価:星5つ

 1980年代に実際にソ連で起きたアンドレイ・チカチーロ事件をモデルに、スターリン政権下で起こる連続殺人犯を追う人民警察官の戦いを描いた作品。
 人には、見たくないものは見ない習性があるのかも知れません。しかし、個人としてはそれで良いのでしょうが、国民の命を守るべき国家がそのような姿勢ではたまりません。理想郷であるわが国家で殺人事件など起こるわけがない。イデオロギーに支配された妄信的な思考。見て見ないふりをしているのに、見て見ないふりをしているということ自体を自分自身で認識出来ていない。それが、この事件を拡大させてしまった要因なのです。国家に逆らうことになっても犯人を追うレオの旅は、国家から本当の自分自身を取り戻す旅でもあり、その過程は読んでいて感動できました。拷問やレイプなど、読者に想像させながらもギリギリ抑えた描写になっているので、読んでいて気持ち悪さは少なくて好かったように思います。

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島村真理

評価:星4つ

 飢えで死を目前としたロシアの片田舎の風景、スターリン体制下の恐怖と疑心暗鬼に支配された生活。理想と現実が乖離していった国、建前で真実をねじ伏せていた国、外からは真実がうかがい知れなかった国ソビエト連邦。連続して起こる子供を狙った殺人事件も、理想国家には犯罪が存在しないという理由でかえって犯罪者を野放しにしてしまう。
 国家保安省の捜査官レオの最初の登場は実に嫌な奴だが、犯人を追跡する後半での変貌ぶりは惚れ惚れする。国家に都合が悪ければ排除されるところでは、行動一つで命取りにもなるのだから。展開が全く読めない鬱屈としたなかの悪戦苦闘。読み出したらやめられない。
 特に、緻密に描かれる登場人物ややりとりから、当時の様子が容易に想像できる。密告されたら最後、嘘も真実も関係なく待っているのは最悪の結末だ。実在した殺人鬼の犯行をモチーフに描かれた作品だが、ソビエトという国を理解するのにも有効だと思う。読んでいるだけで緊張を強いられる空気がなんとも恐ろしかった。

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福井雅子

評価:星5つ

 重厚な作品である。作品の背景に描かれているスターリン時代のソ連の社会や国民生活の様子に圧倒され、そのあまりの重さに、物語の後半にさしかかるまでサスペンス小説であることを忘れて読んでいた。よく練られたプロットにも感心したが、サスペンス抜きでも小説として十分に成立するほどドラマのある濃厚な内容だ。国家という強大な権力の前に、人々はいわれなき理由でいとも簡単に処刑される。そんな、私たちには想像もつかないような社会で生きる人々にとって、個人の尊厳とは何か? 良心とは? 愛とは? 家族の絆とは? そんなことをじっくり考えさせてくれる、深い作品だ。
 さらに、後半はストーリーの緊迫感も増してサスペンス小説としての盛り上がりも十分に楽しめ、読後の満足感も大きい。いろいろな意味で、グレードの高い作品だと思う。実際にあった連続殺人をモデルにしていると聞いて、さらに恐怖感が増した。

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余湖明日香

評価:星5つ

 文句なく五つ星!! 明日仕事もあるし、もう寝なきゃだめだ。と灯りを消してベットに入っても先が気になって眠れない。結局徹夜で読んでしまったのがこの作品。
1950年代、スターリンが「より大きな善のために」人を恐怖で支配する時代。国家保安省に務めるエリートのレオが、ある事件をきっかけに、この国の歪んだ構造に気づき、スパイを取り締まる側から全く逆の立場に追い込まれてしまう。以前の仲間の監視下に置かれ、ふとした行動を密告され、十分な食料も家もない状況だ。
ここまでの前半部分だけでも十二分に面白いのだが、中盤レオが、ある死体を発見し連続殺人の疑いを持ったところから物語はまた違った展開を見せる。
この理想の国では犯罪はあってはならない。あったとしてもそれは敵国に感化されたものや精神異常者や同性愛者など社会の構成員以外の仕業である。そして事件はすぐに解決しなければならない。
そうしたことから連続殺人犯はその存在さえ知られることがないまま、「理想の社会」の中で暮らし続ける。
追われる立場になったレオは、良心か、家族の命か、自分の命かという選択を迫られながら犯人を探し出していく。極限状態での選択の連続にはらはらどきどきし、時には憤りながら手に汗握って行く末を見守ってしまう。その構成のうまさ、心理描写の巧みさ、ぜひ読書の時間が十分あるときに一気に味わって欲しい。

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