オリジナル文庫大賞
2018年の「オリジナル文庫大賞」は、野口卓『なんてやつだ』(集英社文庫)に決定!
候補作一覧
①『カトク』新庄耕(文春文庫)
②『菩薩花』今村翔吾(祥伝社文庫)
③『六人の赤ずきんは今夜食べられる』氷桃甘雪(ガガガ文庫)
④『バンダル・アード=ケナード』駒崎優(朝日文庫)
⑤『室町繚乱』阿部暁子(集英社文庫)
⑥『なんてやつだ』野口卓(集英社文庫)
北上 それでは、今年もオリジナル文庫大賞の選考会を始めます。まず最初に、若竹七海『錆びた滑車』(文春文庫)を候補から外したことをお断りしておきます。最初に配付した候補作一覧には入っていたと思うのですが、最終的に外しました。
評論家C(以下評Cと略) 一時的とはいえ、どうして候補に入ったんですか。前回、若竹さんをここの候補に入れたら、子供の喧嘩に大人が出てくるようでおかしいと外しましたよね。
編集者D(以下編Dと略) じゃあ、いっそのこと、候補に入れて大賞あげちゃえば?
北上 最終候補を決めるときに誰かが、この『錆びた滑車』を候補に入れようと言ったんですよ。それで、つい入れちゃった(笑)。でも、やっぱり外しました。議論する前から大賞が決まってるようなものだから、それではつまらない。だから、『錆びた滑車』は特別賞にして、ここからは外します。
編C じゃあ、殿堂入りにして外しましょう。
編E 殿堂入り、賛成。
北上 それでは、若竹さんは殿堂入りということで、残りの6作から決めていきます。じゃあ、その6作の採点をつけてコメントを述べてください。
編F 何点満点?
北上 5点満点で採点してください。それでは、ええと。
評A 私からいきます。上から順に、1点、4点、2点、1点、3点、4点。
北上 ええと、『菩薩花』と『なんてやつだ』が4点。『カトク』と『バンダル・アード=ケナード』が1点。ずいぶん厳しいね。それでは最高点をつけた『菩薩花』と『なんてやつだ』の推薦理由を一言ください。
評A 『菩薩花』はシリーズ全体がいいですよね。『なんてやつだ』は、文章もキャラもいいし、意表をつく展開が面白い。
北上 最低点をつけた作品の理由は?
評A 『バンダル・アード=ケナード』はシリーズものの1冊なので、これだけ読むと前提がよくわからない。世界観がわからないとこの手のものは入っていけない。
北上 あとは特にコメントをつけておきたい作品はありますか。
評A 『六人の赤ずきんは今夜食べられる』は、アイディアはいいけれど文章に難がある。『室町繚乱』は、もう少しメリハリが欲しい。
北上 わかりました。それでは次。
編A はい。点数は、3点、3点、1点、2点、2点、3点。
北上 ほお、4点以上がない。よくても3点どまりですか。
編A はい。今年は受賞作なしかな、という気がしています。
北上 特にコメントをつけておきたい作品はありますか。
編A 『菩薩花』は面白いんだけど、このシリーズを初めて読む人には、キャラの違いがよくわからない。
編F 火消し番付表がついてるよ(笑)。
評C 普通の登場人物紹介が欲しかったなあ。
編A 『なんてやつだ』は、賭け将棋のくだりがすっきりしないんですよ。ラストの解決がなるほどとはならない。全体的には面白かったんですが、そこを減点しました。
北上 みなさん、厳しいですね。それでは、次に行きましょうか。
編B はい。私の採点は、2点、4点、1点、3点、4点、4点です。
北上 『菩薩花』『室町繚乱』『なんてやつだ』が4点で、『六人の赤ずきんは今夜食べられる』が1点と。
編B 『六人の赤ずきんは今夜食べられる』は、文章ががちゃがちゃして読みにくかった。
北上 それでは4点つけた3作にもコメントをお願いします。
編B 『室町繚乱』は少女小説なのにラブが足りない(笑)のは気になりますが、優しい気持ちになるんですよ。説明的な文体を直せば大人も読めると思います。『なんてやつだ』は、心が疲れているときに読むといい。何も起こらないけど、そこがまたいい。
北上 はい、ありがとう。では、次は−−。
編C 採点は、4点、3点、1点、3点、2点、4点です。『カトク』はみなさんの評価が低いですが、ぼくは面白かった。会社の問題点をうまく描いている。オーソドックスではあるけれど、読ませる力は評価したい。『菩薩花』は敵方が弱いですよね。粗いというのかな。最近、この欠点が少し目立つのは気になります。『バンダル・アード=ケナード』は、派手なことが一つも起きない。何か派手なアクションか、どんでん返しが欲しかった。『室町繚乱』は偶然に左右されすぎです。
北上 『なんてやつだ』も4点をつけてますね。こちらは?
編C なんといって安定感があります。清々しいし、設定もよく出来ている。展開としては盛り上がりに欠けるけれど、応援の意味をこめて高く評価したい。
北上 わかりました。次は、Dさん。
編D はい。採点は、2点、4点、1点、2点、3点、4点です。
北上 『菩薩花』と『なんてやつだ』が票を集めているなあ。
編F 一騎討ち。
北上 いやいや、まだわからない。それでは、その2作に対するコメントをもらいましょうか。
編D 『菩薩花』がエンタメとしては一番だと思う。でも5点を付けられなかったのには理由がある。
北上 なに?
編D ぼくは仕事で消防士によく取材するんですよ。その体験から言うんですが、この小説には消防士に対する敬意が足りない。
(全員笑)
北上 どういうこと?
編D 消防士って大変なんですよ。心と体を鍛えている男がこんな悪いことをはたしてするのか(笑)。
北上 『なんてやつだ』は?
編D 『カトク』の次に読んだので、主人公の青年の爽やかさが目立ちました。実に、清々しい。
北上 わかりました。次は?
評B ぼくです。採点からいきます。3点、4点、3点、2点、1点、3点です。
北上 『バンダル・アード=ケナード』は2点かあ。君にはもっと高い点を貰えると思っていたんだけど。
評B いや、面白いですけどね。でも、異世界にする必然性がないでしょこれ。中世でもいいですよね。
北上 そうかあ。あとは?
評B 『なんてやつだ』はいちばん心地よい小説だったという記憶があるけど、採点3にとどめるのは、最初に読んだのであとは何も覚えていないから(笑)。
北上 なるほど。それではどんどんいきましょう。
評C はい、いきます。3点、3点、2点、1点、3点、2点。
北上 『カトク』『室町繚乱』の評価が、みなさんと違って高いのが面白いなあ。この2作に対するコメントをください。
評C 新庄さんは、ブラックな面を描くのがもともとうまい。イヤなやつを描くのもうまいから、『カトク』はその新庄さんの特徴がよく出ていて面白かった。
北上 『室町繚乱』は?
評C これはすごく新鮮だった。日本史を全然知らないんで、読みながら南北朝を調べた(笑)。
北上 じゃあ、どんどんいこう。
編E はい。採点は、3点、4点、3点、2点、3点、4点です。
北上 何にコメントを付ける?
編E 『六人の赤ずきんは今夜食べられる』は、この中でいちばん頑張っている(笑)。
北上 それだけ?
編E それだけ。
北上 じゃあ、次はFさん。
編F はい。採点は、2点、5点、2点、3点、2点、4点です。
北上 5点が出ました。本日初めての5点だね。それからいきましょう。
編F この5点は少しゲタをはかせました。この人に取らせたいという意味の期待込みです。
編C その気持ちはわかるんだけど、最近の出来はなあ。
北上 時間が押しているんで先にいきます。ええと、次は?
編G ぼくです。採点は、2点、4点、3点、3点、4点、2点です。
編F すごいよこいつ。『バンダル・アード=ケナード』のこのシリーズ、既刊本を全部読んできたんだって。
北上 エライなあ。
編G これ1冊では前提がよくわからなかったんで。
北上 その結論は?
編G 傭兵の戦いを描くのが主ではない、ということがわかりました。
北上 よし、最後は君か。なんだか痩せてない?
評D ダイエットしてるんで。
北上 それでは採点を。
評D はい。3点、2点、2点、1点、2点、3点です。
編B 結局、5点はFさんの『菩薩花』だけだ。
編A こんなに5点が少ない年も珍しいね。
編C だから受賞作なしなんだよ。
北上 コメントがまだです。
評D その『菩薩花』の採点は2ですが、文章がだんだん粗くなっているような気がします。もっとリズムの緩急をつけたほうがいい。それに比べて『なんてやつだ』は、台詞のリズム感がいい。話はよくわからないけれど(笑)、読んでいて心地よいひびきがある。
北上 ほかには?
評D『室町繚乱』は元ネタが見えちゃう。読み物としては悪くないけど、歴史小説としては評価できません。
北上 そんなところでいいですか。じゃあ集計にいきましょうか。
評C 北上さんの採点がまだですよ。
北上 そうか。ええと、3点、4点、2点、4点、3点、4点です。
評C 『バンダル・アード=ケナード』が4点! これに4点つけたの、北上さんだけですよ。どこがいいんですか。
北上 あのね、戦いがあるほうがもちろんいいんだけど、無理に戦いを作ることはないんだよ。傭兵たちの日常を淡々と描くだけで、おれは面白かった。あともう一つ、誰だっけ、『なんてやつだ』に対して、忘れてしまって内容を覚えていないと発言した人がいたよね。これ、感想として正しいと思う。というのは、書き下ろしの時代小説文庫は腹六分半の思想である、という論を最近書いたばかりなんだ。
評C 腹六分半?
北上 そう。たとえば辻堂魁の「風の市兵衛」シリーズにしても、今回候補になっている今村翔吾の「羽州ぼろ鳶組」シリーズにしても、ここをもっと描きこめよ、というところがしょっちゅうある。そこを描かないから最初はそれが不満だったんだけれど、それこそが書き下ろし時代小説文庫の特徴ではないかと気がついた。読者が常に腹六分半だからこそ、次々に出てくるものを求めるんだ。読者を満腹にしてしまったら、そんなに簡単には次作に手を伸ばさない。だから、作者はあえて描かないんだと思う。
評C なるほど。
北上 描こうと思えば出来ることは、今村翔吾の『童の神』が証明している。これは今村翔吾が読者を初めて満腹にさせるために書いた小説だと思う。ええと、何の話をしてるんだ?
編B 受賞作なしという意見もありますが?
北上 こういうのは受賞作を出すことに意義があるから、ここは1作を選びたい。
編B 点数をいちばん集めたのは『菩薩花』の44点、次が『なんてやつだ』の41点。あとは少し離れて、『室町繚乱』32点、『カトク』31点。
北上 それでは、残念ながら『六人の赤ずきんは今夜食べられる』と『バンダル・アード=ケナード』はこの時点で落としましょう。残り4作で決めると。
編C 10点以上の差があるんだから、『菩薩花』と『なんてやつだ』の決戦投票でいいんじゃないですか。
編F そうだね。この2作に絞っていいんじゃないか。
北上 みなさんに意義がなければ、そうしますが。
評D だったら『なんてやつだ』にしたい。『菩薩花』はちょっと。
北上 もう少し議論をしたいんですが、押しているんで、そろそろ決めたい。
編C 決戦投票をしましょう。
北上 それでは挙手できめます。まず『菩薩花』を推したい人?
編B 3人です。
北上 じゃあ残りの8人は『なんてやつだ』ということなので、今年のオリジナル文庫大賞は、野口卓『なんてやつだ』に決定!