コラム / 高橋良平

ポケミス狩り その2
「E・S・ガードナーの巻」

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装幀・上村経一

 まずは、恒例(?)のお詫びと訂正から。
 毎年、黄金週間に開かれる「SFセミナー」。その合宿の企画もすべて終了した深更、一室に輪座している面々はとみれば、牧眞司、日下三蔵、そして、探書30年目にして星一(ご存じ、星新一のご尊父)の『三十年後』を入手した奇縁をさらりと言ってのける彩古さんと、いずれ劣らぬ古本道の古強者。しかも、発言すべて、所蔵する現物の裏付けがあるのだから、頼もしい。古本にまつわる四方山話から他言をはばかる悪巧みまで、談論風発するなか、恐るおそる、「S・Fシリーズがビニールカバーになったのは、平井和正の『エスパーお蘭』からだったよね」と口にすると、即座に、「いや、違います」と牧眞司。「次の『ニュー・ワールズ傑作選No.1』からですよ。函入りの『エスパーお蘭』、うちにありますから」と断言すると、ほかのふたりもニッコリ......。
『ニュー・ワールズ傑作選No.1』は新刊で購入したから確認済みだったけれど、たまさか、ぼくが古本屋で手にいれた『エスパーお蘭』初版2冊が、どちらもビニールカバー装だったばかりに早合点、前回のごとく書いたが、ここにお詫びし訂正します。
 ちなみに、同じく牧眞司によれば、[ハヤカワ・SF・シリーズ]最初の函入り本は、フランク・ハーバート『21世紀潜水艦』(1958年6月刊)だそうです。

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左上/装幀・永田力 左下/装幀・浜田稔

 さて、本題のガードナー。
 アール・スタンリー・ガードナー(1889-1970年)といえば、なんといっても、ペリイ・メイスンのシリーズが有名だ。

 ただし、このLAの刑事事件弁護士を、ぼくが知ったのは、ご多分に漏れず、レイモンド・バーがメイスンを演じたTVシリーズ「ペリー・メイスン」のほうだった。10年近く続いた60分枠の長寿番組で、日本では59年3月6日にフジテレビ系でスタート。その後に、63年秋からTBS系、70年秋からテレビ朝日で放映されている。
 レイモンド・バーは、特撮ファンには、アメリカで再編集・短縮化した改作版の「怪獣王ゴジラ」(56年)で追加撮影された、ゴジラの東京上陸をレポートする新聞記者役のほうでお馴染みかもしれないが、「陽のあたる場所」(51年)や「裏窓」(54年)など、数多くのハリウッド映画で脇役(主に悪役)を演じたのち、ペリイ・メイスン役でTV界のスターの座についた。

 もちろん日本でも、この番組でスターとなり、ケネディ大統領が暗殺されて全米が喪に服していた63年の暮れ、来日して話題をふりまいた(同じころ、「サンセット77」のスペンサー探偵役のロジャー・スミスとスザンヌ役のジャクリーヌ・ビーア、「ベン・ケーシー」のヴィンセント・エドワーズも来日。「ローハイド」のクリント・イーストウッドしかり、60年代の前半、来日スターといえば、アメリカのTVスターの時代であった)。
 レイモンド・バーはその後、「鬼警部アイアンサイド」で半身付随の車椅子の警部を演じて再び人気を博すが、ぼくにはペリイ・メイスンの印象のほうが強い。秘書のデラ・ストリート(バーバラ・ヘイル)、探偵のポール・ドレイク(ウィリアム・ホッパー)を従えて事件を調査し、後半の法廷場面で、被告の無実を勝ち取るメイスンの尋問の切れ味に、コドモながら快哉を叫んだものだ。いや、コドモだったからこそ、ただされるべき真実とくだされるべき正義について、大いに教えられたのだった。

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左上、右上、左下/装幀・浜田稔 

 だからといって、ガードナーの小説には興味が向かわなかった。なぜなら、中学一年の春休み、〈S-Fマガジン〉と出会って、ようやく活字に親しむようになったころには、正義というものを単純に信じられなくなっていたからで、これまたコドモっぽい潔癖感の裏返しで、ガードナーという作家を低く見ていた。「ゼロ人間」などのSF作品は読んでも、彼のミステリには見向きもしなかった。
 そんなぼくがたまたま、ドロシイ・B・ヒューズの『E・S・ガードナー伝──ペリイ・メイスン自身の事件』(吉野美恵子訳・早川書房・83年4月刊)を読んだのがきっかけで俄然、ガードナーという人物に魅かれた。
 問題児だったガードナーが、ひょんなことから弁護士を目指し、すったもんだあるものの、ペリイ・メイスンそこのけの法廷弁護士として名をあげる一方、パルプ雑誌の作家として書きまくり(というか、作家専業になると、もっぱら口述筆記、しかも人里離れた牧場や砂漠で、なのだが)......サクセス・ストーリーなのは当然にしても、終生、冤罪を防ごうとする正義漢のガードナーの姿に、コドモのころの正義心を思い出してもいた。
 そういえば、都筑道夫さんにお話をうかがったとき、翻訳ミステリ誌が〈EQMM〉〈マンハント〉〈ヒッチコックマガジン〉の3誌鼎立時代、ポケミスは平均初版5000部を刷れたが、ガードナーは8000部と別格で、ドル箱というか大黒柱だったと聞いていた。もちろん、TVドラマの人気にあずかりもしただろうが、それだけではないはずだ。

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左上、右上/装幀・上村経一

 機は熟した、いざ、実食、いや実読となったのが、10年ほど前。
 ポケミスでは、ペリイ・メイスンのシリーズが全81作、検事ダグラス・セルビイのシリーズが全9作、その他、義賊レスター・リース物など日本編集版短篇集を合わせて101点、それにA・A・フェア名義のバーサ・クール&ドナルド・ラム探偵事務所のシリーズが全29作と計130冊、現在に至るも、ポケミス史上、ガードナーは最多収録作家である。
 古本屋や古本市で見つけるたび(しかも安価!)に入手し、その夜のうちに読了するのを習慣としているうち、いまや未読は7冊残すのみとなった。いやいや、「ラム&クールは好きだけれど、セルビイ物はイマイチですね」と電話口で言われた浅倉久志さんの助言をうけて、手つけずのダグラス・セルビイ物の9作を合わせれば16冊か。
「ガードナー作品の最大の魅力は、後味がさっぱりして、読み終ったその瞬間に、筋から人物からまるで忘れてしまう点にある。勿論僕には健忘症的素質があり、かつ探偵小説には一般に健忘症を促進させる機能があるが、ガードナーの、それもメイスン物ほど、見事に忘れさせてくれるのは他にはまずない。メイスン物の題名だけをずらりと眺めまわしても、どれ一つ確かに読んだという記憶が出て来ないのだからがっかりする」
 と、福永武彦が『深夜の散歩』(中村真一郎、丸谷才一共著、初刊ハヤカワ・ライブラリ・63年8月)で書いているが、まったくそのとおり。だから、すぐにも次を読みたくなるし、忘れるからこそ、読み返しがきく。
 最初に奇妙な謎が提出され、殺人事件が起き、ぬれぎぬを着せられた被告の弁護をメイスンが引き受け、法廷で謎を解いて真犯人を指摘するパターンを量産しても、パズラーの王道をけっして踏み外さない。好みはあるだろうし、優劣はあっても、水準以下の作品はまったくなく、ベストセラーになるのもムベなるかな、第一級のエンタテインメント作家である。メイスン物で最良の作品は、パズラーとしての魅力と出自の〈ブラック・マスク〉的行動派のアクションの面白さがうまくミックスされた『どもりの主教』。さすが、『世界ミステリ全集』のガードナーの巻に、未訳だった2作と共に再録されている。
 かつて、ハヤカワ・ミステリ文庫に、ガードナー作品は46冊、フェア名義作品は10冊収録されていたが、昨年の文庫解説目録を見ると全点消えているし、ポケミスの目録には『検事封を切る』とフェア名義の『罠は餌をほしがる』の2点の重版在庫があるのみ。

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装幀・勝呂忠

 その昔、メイスン物の第1作『ビロードの爪』をはじめとする最初期作品は、創元推理文庫のみならず、新潮文庫、角川文庫にも収められていたものだが、いまやすっかり、忘れられた大家になってしまったようだ。
 たしかに、毎度のごとく、電話をかけるのにドラッグストアを探しまわったり、風俗的に古びた点は多い。しかし、いま読んでも、ガードナーは面白い。
 弁護士であったガードナー自身が誤審を調査する機関を作り、無実の罪で収監された人々を救った事実を記録したノンフィクション『最後の法廷』『続・最後の法廷』(ともに新庄哲夫訳・早川書房・59年2月刊)と合わせ、裁判員制度が導入されている今の日本でこそ、自供や状況証拠ではなく物証主義のガードナー作品が、再び広く読まれていいのではないだろうか。

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左上/装丁・永田力(昭和29年2月28日)右上/装丁・永田力(昭和31年5月31日)左下/装幀・浜田稔

 ところで、書影をご覧になれば一目瞭然だが、『義眼殺人事件』のカバーの具象画は、なぜか描き直されている。初刊の絵はおどろおどろしく、ガードナー作品らしくないと再考されたせいだろうか。珍しいケースである。

蛇足・『吠える犬』の巻末には、通例の既刊リストではなく、ポケミスに収録予定の作品が、作家別にずらりと並んでおり(訳者名なし)、出版に至らなかった作品も多い。おそらく田中潤司セレクションと思われるが、幻のポケミスのようで、興味深い。



[資料篇]"ポケミス"刊行順リスト#2(奥付準拠)
1954(昭和29)年・上半期
  1月10日(HPB 114)『時の娘』J・テイ(村崎敏郎訳)
  1月30日(HPB 123)『暁の死線』W・アイリッシュ(砧一郎訳)
  2月05日(HPB 115)『野獣死すべし』N・ブレイク(黒沼健訳)
  2月10日(HPB 125)『マルタの鷹』D・ハメット(砧一郎訳)
  2月25日(HPB 117)『幽霊の死』M・アリンガム(服部達訳)
  2月28日(HPB 147)『義眼殺人事件』E・S・ガードナー(砧一郎訳)
  3月10日(HPB 146)『甲蟲殺人事件』S・S・ヴァン・ダイン(森下雨村訳)
  3月25日(HPB 150)『オリエント急行の殺人』A・クリスティー(延原謙訳)
  4月10日(HPB 142)『大時計』K・フィアリング(長谷川修二訳)
  5月10日(HPB 141)『恐怖への旅』E・アンブラー(村崎敏郎訳)
  5月15日(HPB 133)『もう生きてはいまい』H・ブリーン(西田政治訳)
  5月15日(HPB 148)『オランダ靴の秘密』E・クイーン(二宮佳景訳)
  5月20日(HPB 164)『スターベル事件』F・W・クロフツ(井上良夫訳)
  5月30日(HPB 156)『ケンネル殺人事件』S・S・ヴァン・ダイン(延原謙訳)
  5月31日(HPB 124)『奇妙な花嫁』E・S・ガードナー(平井イサク訳)
  6月15日(HPB 145)『陸橋殺人事件』R・ノックス(井上良夫訳)
  6月30日(HPB 153)『優しき殺人者』D・S・デイヴィス(村崎敏郎訳)

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