ハエが愛しくなる本~『害虫の誕生―虫からみた日本史』
- 『害虫の誕生―虫からみた日本史 (ちくま新書)』
- 瀬戸口 明久
- 筑摩書房
- 756円(税込)
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「こんなに無防備な生き物を大量虐殺するなんて!」
これは、動物愛護団体の女性がある生き物に対して言った言葉です。ここに出てくる"無防備な生き物"とは何のことを言っていると思いますか。これ、実はハエのこと。
ゴミなどにたかり、衛生害虫として不潔な虫とされているハエですが、実は昔から厄介者として扱われてきたわけではありませんでした。19世紀以前ではハエは小さくてかわいらしい生き物に過ぎず、1865年に出版された子ども向けの絵本、その名も『ハエ』では、ハエと赤ちゃんが楽しく遊ぶ姿が描かれていたというのです。
ではいつから厄介者として扱われるようになったのでしょうか。それは1898年、キューバとフィリピンの支配をめぐって起きたアメリカ-スペイン間の戦争。この戦争でアメリカ陸軍に腸チフスが蔓延し、患者2万人の感染源を調査した結果、その一部が汚物の上を歩き回ったハエによるものと発覚。これがきっかけでハエのイメージが大きく変化することになったのだそう。
日本で嫌われるようになったのもそれからまもなく。アメリカで「病気をもたらす虫」としてハエが明らかにされると、日本におけるハエのイメージも変化。大正期になると幕末から度々悩まされてきた疫病コレラの予防のために「ハエの駆除」が叫ばれるようになりました。
こうして衛生状態を改善しようと1924年7月14日に行われたのが「ハエ取りデー」。ある慈善団体では何匹かごとにハエを買い取り、2ヶ月で30万匹集めることに成功したそう。また、毎年この日になると町内会対抗戦が行われるようになり、たくさん集めた人に賞品や賞金を与え、これに目をつけた人が役場からハエを盗むといった犯罪までおきる始末。ちなみに記録は少ない年でも5000万匹、多い年では1億4000万匹が捕獲されたとか。
ただの虫だったはずのゴキブリやハエたちが、戦争や疫病など、歴史とともに人間からのイメージが変わっていく様子が書かれている『害虫の誕生』を読むと、虫たちも時代に翻弄されながら生きてきたことが分かります。そう思ってゴキブリやハエを見ると、何だか愛しく思えてきたりして...。