第13回 山形県
山形県をひとことで表すとすれば何だろうかと、ずっと考えているのですが、なかなかいい答えが見つかりません。明らかにある特徴があるのですが、それをなんと表現していいのかわからないのです。
悩んだ末に判明したのは、山形県には2つの印象が混在しているということです。だから、ひとことで言えなかったのです。2つの印象とは、異世界っぽさと、狙ってる感とでもいいましょうか。
異世界っぽさの代表格はもちろん出羽三山です。修験道の聖地といえば紀伊半島の大峯や国東半島、石鎚山など全国にいくつかありますが、出羽三山はなかでもとりわけ謎めいています。
たとえば湯殿山のご神体。古来、これを拝んだ者は決してご神体の姿を他人に語ってはならないとされ、現在でも写真撮影厳禁、スケッチなどももちろんできません。今でこそ、インターネットで検索すれば、誰かが撮った写真がそこそこ出てきますが、決して見てはいけません。ご神体は必ず自分の眼で見なければならないのです。
また即身仏の存在も山形県の異世界っぽさを際立たせています。生きたまま土に埋まりミイラ化した僧侶の遺体が、大日坊や注連寺など、いくつかの寺で公開されているのです。なぜ死ぬとわかっていてそんな修行をしたのか。異様ともいえる習俗に、われわれは戦慄せざるを得ません。
こうして見ると、まさに異世界の入口としかいいようのない出羽三山なのですが、単に異世界的であるだけでなく、同時にミステリー脳を刺激してくるところに、うまく興味をかきたてられた感があります。ネッシーや雪男と同列に語ってみたくなる雰囲気とでもいいましょうか。たまたまではありましょうが、これによって他の修験道の聖地との見事な差別化、絶妙なポジショニングがなされているわけです。
異世界っぽさと狙ってる感の混在という意味では、有名な銀山温泉を挙げてもいいかもしれません。
東北地方の温泉といえば、普通は秘湯っぽいというか、古くからの風情を残した温泉が多いわけですが、銀山温泉は、大正から昭和初期にかけての建物が中心で、夜になると川の両側に並んだそれらの建物にあかりが灯っておしゃれだと旅雑誌などで人気です。たしかにどことなく映画「千と千尋の神隠し」のような雰囲気。先日、男ふたりで出かけてしまい、実に場違いな場所に来てしまったというか、呼ばれていない感をひしひしと感じました。
さらに鶴岡市郊外にある加茂水族館も、ひとひねり加わった施設です。
ここは日本で唯一のクラゲ水族館で、かつては赤字続きで閉鎖は時間の問題とされていました。それがクラゲのおかげで一躍人気スポットになったのです。一時はラッコ方面で切り抜けようとしたもののうまくいかず、そこから今度は海の中の神秘的な生きものに特化することで差別化を図り、その後大成功を収めたというわけです。
現在飼育しているクラゲの種類はもちろん日本一。どの水槽にもひたすらクラゲが泳いでいる様子は、ちょっとした異次元世界のようです。
こうした観光地を見てくると、どこもまるで狙ったかのように(実際に狙っているかどうかは別として)、現代人のファンタジー嗜好やミステリー嗜好にさりげなく寄り添っていることがわかります。なかなかの手練れの県と言わざるを得ません。
このほかにも山形県には、蔵王や、山寺(立石寺)、最上川の川下り、酒田市には土門拳記念館があったり、月山麓に時代劇映画の広大なオープンセットがあったりして、観光地にはことかかないわけですが、ためしにここで、県の観光部の資料から、山形県でもっとも人気のある観光スポット、一番結果を出してるのはどこなのか調べてみますと、それは蔵王でもなく、山寺でもなく、出羽三山でも加茂水族館でもなく、松岬公園とのことでした。
松岬公園?
なんだそれ。
聞いたこともありません。いったいどこにある公園かというと、米沢城だそうです。園内には上杉謙信公を祀る上杉神社があり、桜の名所でもあるそうですが、なんだか普通。いったいなぜそんなところに人々が詰めかけているのでしょうか。
私は看破しました。
園内には、世の社長さんたちに人気の、上杉鷹山による有名な句「なせば成る、なさねば成らぬ、何事も、成らぬは人のなさぬなりけり」の句碑があるのです。「成らぬはお前のなさぬなりけり」と言われてるようで、大きなお世話感いっぱいの句碑ですが、同時に、狙ってる感の正体を見た気がします。ひょっとするとこの句碑から県内全域に「なせば成る」の電磁波が放射されているのではないでしょうか。
申し訳ないですが、私としてはそんな句碑を見るより、鶴岡に人面魚でも見にいったほうが面白いように思います。
鶴岡市にある善宝寺の池には、人面魚が生息していると昔テレビで話題になったことが......、おお、またしても。誰だ人面魚テレビに売り込んだのは!
どこにいっても狙ってる感から逃れられない......。
人面魚はその後すっかり忘れ去られましたが、今でも生息しています。見にいったところ、人面というより犬の顔のようで犬面魚と呼びたい気がしました。
ま、あれこれ言いましたが、いずれにしても、つい行ってみたい気持ちにさせられるスポットに満ちた県であることは間違いないので、みんな行くといいでしょう。
思えば最初に庄内平野を訪れたときは、その明るさに驚いたものです。それは地味で暗いという東北のイメージからはほど遠いものでした。青々と広がる広大な水田と、そのむこうにそびえる鳥海山の美しい姿。東北が、しかも日本海側がこんなに明るい場所だったなんて、西日本育ちの私はさっぱり知りませんでした。
その庄内平野にある吹浦という海岸には、岩を削って造った十六羅漢があり、ここも観光地になっています。海をバックにした羅漢像など他に例がなく、なんてかっこいいんだと感心しますが、これもなんとなく、磯に仏像彫ったら珍しいから人来るんでね? みたいなうまいこと考えた感が滲んでる気がするのは、私の考えすぎでしょうか。