第86回:枡野浩一さん

作家の読書道 第86回:枡野浩一さん

口語調の短歌で、今の時代の人の気分を的確に表現し、圧倒的な人気を得ている枡野浩一さん。短歌以外にもエッセイや漫画評、小説などさまざまなジャンルで活躍、その世界を拡大させ続け、さらには膨大な知識量でも私たちを刺激してくれています。相当な読書家なのでは、と思ったら、ご本人はいきなり謙遜。しかしお話をうかがうと、意外な本の話、意外な読み方がどんどん出できました! 爆笑に次ぐ爆笑のインタビューをお楽しみください。

その5「昔から大ファンだった作家さんと対談」 (5/6)

電化製品列伝
『電化製品列伝』
長嶋 有
講談社
1,500円(税込)
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パレード (幻冬舎文庫)
『パレード (幻冬舎文庫)』
吉田 修一
幻冬舎
576円(税込)
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プレーンソング (中公文庫)
『プレーンソング (中公文庫)』
保坂 和志
中央公論新社
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もうひとつの季節 (中公文庫)
『もうひとつの季節 (中公文庫)』
保坂 和志
中央公論新社
720円(税込)
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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)』
村上 春樹
新潮社
637円(税込)
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新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)
『新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)』
中井 英夫
講談社
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ママはテンパリスト 1
『ママはテンパリスト 1』
東村 アキコ
集英社
802円(税込)
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――今も第一線で活躍している方でお好きな作家さんは。

枡野 : 長嶋有ですね。今は知り合いになってしまったけれど、もし知り合いになってなくてもずっと愛読していたと思います。作る本がいちいち凝ってるところも、へんな販促グッズを作るのが好きなところも信頼しています。新刊の『電化製品列伝』、あのちょっと懐かしい透明ビニールカバーがいいですよね。それから同世代の作家だと吉田修一。僕は『パレード』が一番好きです。昔からいて今も活躍している人だと、橋本治。最近は遠い人になってしまいましたが、昔は編み物の本とか、わけの分からないコラム集とか、無駄に幅広い本を出していたところが好きでした。角田光代とか、室井佑月とか、文庫解説を書かせてもらった作家は全員好きですよ。好きな人の解説しか引き受けないようにしているので。あと、大好きなのは田中りえ。

――田中りえさん。

枡野 : 父上が田中小実昌なんです。『おやすみなさい、と男たちへ』でデビューしたんですが、ドイツ人と結婚してブレーメンに行ってしまったんですよ。でも今年、約20年ぶりに『早稲田文学』に新作「ちくわのいいわけ」を発表して......。僕が大ファンだってあちこちで言っていたら、対談が実現して、『早稲田文学』2に載ります。今までで一番、何度も読み返した本って田中りえの小説だと思う。早稲田大学の文芸科出身で、卒業論文として書いた小説でデビューしたんです。文才ってこういうものなのかと思いますよ。何度読み返しても退屈しない。お風呂が沸くまでの話だったり、友達と久しぶりに会って飲む話だったり。大したことは何も起こらない。でも何度でも読めるんですよね。田中りえ、保坂和志、尾辻克彦は、僕が好きな3大作家だと思います。"何も起こらない派"。

――保坂さんの作品もよく読まれているのですね。

枡野 : 保坂和志の書く登場人物って、明るいんです。保坂和志の知的な部分より、そういうところがまず好きという、僕はおそらく底辺の保坂ファンですね。作品は全部好き。デビュー作の『プレーンソング』もいいし、『残響』も凄いし。最新作は常に面白いし。でも、あえて一冊好きなものを挙げるとしたら、『季節の記憶』の続編で新聞小説だった『もうひとつの季節』かなあ。作中人物が自由律俳句を作るんですよ。尾崎放哉の「咳をしても一人」みたいな、ああいうやつですね。それで作中人物のひねった一句が、「変な名字の人だ」......。ひとつひとつがもう、おかしくて。それに、えっと思うような、意外な終わり方をする。世の中のまぬけさを的確に描いている感じがして、もう大好きです。

――さきほどチラと村上春樹さんは苦手というようなことを......。

枡野 : 村上春樹はめちゃくちゃ苦手なんです。昔『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み終えるのに、からだをだましだまし読んで丸1年かかってしまって、ああこれは自分には合わないんだと思いました。映画の『トニー滝谷』を観て、ちょっといいなと思うエピソードは原作になくて、これはどうかと思う部分は原作通りで。もう根本的に合わないんだと思う。まあこれだけ世の中にファンがたくさんいるんだから、僕1人くらいアンチがいてもいいかなと思っているんです。普通、嫌いな作家の本なんて何冊も読まないでしょ。無理して読んでしまったことが、お互いにとって不幸なことだったと思うんです。村上春樹、顔は保坂和志そっくりなのにね......。あ、でも「ファミリー・アフェア」という短編だけはちょっと好き。

――言われてみれば似てるかも...(笑)。そういえば、SFは読まれているのに、ミステリの本は出てきませんね。

枡野 : ミステリは全滅と言っていいくらい......。テレビの『刑事コロンボ』は好きなんですよ。あれってあらかじめ犯人が分かっている。でも普通のミステリって、犯人は最後に明かされますよね。作者が答えを知っているなら、とっととショートショートくらいの長さで教えてくれよと思ってしまうんです。作者がウソをついてたりすることもあるし。

――それは叙述トリックのことですね。

枡野 : 唯一よかったのが中井英夫の『虚無への供物』。中井英夫は短歌の編集者なんですよね。あれは大学時代に最後まで読んで、面白いと思いました。まあ、ミステリのようでミステリじゃないのかもしれないけど。

――最近の読書はどのようなものを。

枡野 : 今、帯に推薦文を書いてほしいと依頼されて、見崎鉄の『阿久悠神話解体』のゲラを読んでるんです。もうすぐ彩流社から刊行になるんですが、これが面白い。阿久悠の歌詞を丁寧に分析して魅力を解きほぐしていくんですが、その過程で阿久悠以外の歌詞にも言及してあって。最近のヒット曲「キセキ」の歌詞が、いかに使い古されたフレーズだけで構成されているか、類似作をいちいち羅列して事細かに説明してくれたり。阿久悠についての本はたくさん読みましたけど、これが一番面白いんじゃないかな。阿久悠本人の発言もうまく網羅してあるし。僕は『SPA!』で、亡くなる数年前の阿久さんにインタビューしたことがあるんですよ。ピンク・レディーを知らなかったと言ったら驚愕されましたけど。阿久さんは常に自作を批評されたがっていたから、この本を天国で読んだら、喜ぶんじゃないかな......。あと今年よかった本は、栗原裕一郎の『盗作の文学史』。盗作って、人間的な営みなんだなあと、しみじみ興味をひかれる一冊でした。

――枡野さんは『このマンガを読め2009』にも登場されていましたよね。幼い頃の反動で、漫画好きとなって。

枡野 : 僕がアンケートで強烈に押す作品って、いつも「その他」に分類されてしまうんですが、今回はなんと、自分が最高点をつけた作品が総合ランキクング1位になったんです。人生で初めての経験です! このムックの執筆陣がいかに偏っているかが分かって、好感度が増しました。最高点をつけたのは、『ママはテンパリスト』という育児ギャグ漫画なんですけれど、育児経験のない人でも面白いはず。ここ数年で一番、爆笑した漫画です。

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