作家の読書道 第113回:湊かなえさん
デビュー以降つねに注目され続け、最新作『花の鎖』では新たな一面を見せてくれた湊かなえさん。因島のみかん農家に育った少女の人生を変えることとなった本とは。社会人になってから青年海外協力隊の一員として滞在した南の島で、夢中になった小説とは。それぞれの読書体験のバックグラウンドも興味深い、読書道のお披露目です。
その4「青年海外協力隊に参加」 (4/6)
- 『占星術殺人事件 (講談社文庫)』
- 島田 荘司
- 講談社
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- 『斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)』
- 島田 荘司
- 講談社
- 691円(税込)
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- 『峠 (上巻) (新潮文庫)』
- 司馬 遼太郎
- 新潮社
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- 『氷点 (上) (角川文庫 (5025))』
- 三浦 綾子
- 角川書店
- 514円(税込)
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- 『錦繍 (新潮文庫)』
- 宮本 輝
- 新潮社
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- 『ループ』
- 鈴木 光司
- 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 1,728円(税込)
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- 『ガリヴァー旅行記 (岩波文庫)』
- スウィフト
- 岩波書店
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――就職してからはいかがでしたか。
湊:アパレルメーカーに就職して、京都に住み始めました。デパートで働いていたんですが、その中に書店があったので休みの前の日に本を買っていました。そこのミステリーの棚を見ていて、あ、まだ島田荘司を読んでいないなと気づいて『占星術殺人事件』を読んでまたまたハマり、『斜め屋敷の犯罪』や『暗闇坂の人喰いの木』や『水晶のピラミッド』などなど、買い集めました。昨年、広島県内の出身ということで島田さんが選考委員を務める「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」に呼んでいただいて、お会いすることができたんです。隣の席になって舞い上がって、いろんなことを話しかけてしまいました(笑)。
――京都で働いていたのは、短い期間だったそうですが。
湊:1年ちょっとで仕事をやめて、そこから青年海外協力隊に参加しました。私は家政学部卒で、家庭科の先生の教職免許を持っているので、その資格を活かしまして。ここでついに、トンガ王国が登場です(笑)。京都ではバス通勤だったんですが、その車内に協力隊募集のポスターが貼ってあったんです。説明会に行ってどの国からどんな職種の要請がきているのか見てみたら、トンガがあったんですよ。ああ、私にとっての「天国にいちばん近い島」が出てるよー!となって、試験で希望の国を言う時も「トンガでなければ行きません」というくらいの勢いでした。
――それで、行けることになって。
湊:日本からは段ボール2、3個分の荷物しか発送できなかったので、本はやっぱり『天国にいちばん近い島』を選びました。協力隊で来ている人たちも、日本を離れるとなるとやっぱりマイベスト本を持ってきているんですよね。日本語が恋しいのでみんなで貸し借りをして、今まで読む機会のなかった司馬遼太郎の『峠』などを読みました。男の子はやっぱり司馬さんを持ってきている人が多かったですね。あとは辻仁成さんとか。ドミトリーには、これまで来た人たちが置いていった本もあったんですが、みんなのベスト本ですから、外れがなかったですね。中でも三浦綾子さんの『氷点』にまあ、ハマってハマってハマって。なぜ北海道を自転車で旅してた頃に読んでいなかったんでしょうね。南の島で『氷点』っていう(笑)。『続・氷点』もあるはずなのに本棚にないので、貸し出し表を見て誰が持っていったのか探して、「2、3日読まないなら先に貸して」とお願いするくらい夢中になりました。医者の夫婦の子供が殺されて、犯人の子供を育てることになって、お母さんがその娘をいじめ抜くんだけれど...。人間の黒い部分がいっぱい絡み合う話ですよね。宮本輝さんの『錦繍』を読んだのもこの時です。これは元夫婦の往復書簡ですが、ちょうど現地ではパソコンを持っている人なんてSEくらいで、みんな手紙でやりとりをしていたんです。協力隊の訓練を一緒に受けて、各国に行った人たちに毎晩手紙を書いていました。そんな中で出合った『錦繍』なので、手紙だけでこんな風な物語ができるなんて、という心境になりました。『氷点』と『錦繍』は二大感動本といっていいくらいですね。
――もっといろんな本が読みたい、と恋しくなることはありませんでしたか。
湊:新聞が一週間遅れで来るので、日本でどんな本が流行っているのか、広告や書評も丁寧に読んでいたんです。外国にいると新刊が出てもすぐ読めないから、なおさら読みたくなるんですよね。ドミトリーの中で『リング』『らせん』が流行っていたところに、『ループ』が出たと新聞に書いてあったので、ちょうど遊びに来る友達に買ってきてもらいました。あとは、新聞や雑誌を見ると渡辺淳一さんの『失楽園』がものすごい話題になっていたので、どうにかして手に入れることができないかと思って。日本から送ってもらって届いた時には「おお、これが!」とはしゃぎました。
――ところで、協力隊のお仕事はどういうことをされていたんですか。言葉の問題は。
湊:学校で家庭科の先生をしていました。トンガ語もあるけれど、もともとイギリスの統治国だったので、授業は英語だったんです。出発する前に3か月間、語学訓練や国際情勢の講義、応急処置などの医療訓練を受けました。あと、鳥のしめ方などの訓練もありましたね。フランス語やスペイン語の人たちは大変だったと思いますが、私は英語だったのでなんとかなったのかなあ、と。訓練も百数人と一緒に受けるんですが、3か月間一緒なのでみんな仲良くなって、それでいろんな国に行った人たちと文通していたんです。
――トンガは湊さんにとって「天国にいちばん近い島」でしたか?
湊:珊瑚礁の島なので、いちばん高いところでも15メートルくらいだったんですよ。平べったくて、砂浜も白くて、海は真っ青で、やしの木の上に空が広がっていて。最初に着いた時は「あー来た来た!」と思いました。視覚的には天国ですが、まあ、ずっといると生活圏にはなっていきました。学校でも生意気な生徒がいましたし。ただ、国民の95%がキリスト教の国なので、宗派ごと、何百メートルかおきに教会があって、安息日である日曜日には教会に行く以外で外にいるとおまわりさんに捕まるんです。日曜は読書の日でした。治安はすごくよかったですね。島なので逃げ場がないからというのも何ですが、殺人事件も10年の間で1件あったかなあ、という程度。刑務所もあったけれど、受刑者も週末ごとに家に帰ることができるんですよ。それと、ギスギスしていないのは、やはり南の島なので餓死することがないということが大きかったと思います。芋もバナナもあるし、キリスト教の精神で、持っている人は持っていない人に分け与える、という行為が根付いている。誰かの家に行けば何かもらえるんです。バナナの木がある家にちょっと分けてください、って言ったら、ひと房どころじゃなくて、房が幾重にも連なっているものをそのままくれたり。いつも何かしら食べていました。だからトンガ人は太るんです。昔、サイクロンが来て打撃を受けた時、救援物資でニュージーランドから現地の人も食べない羊の脂身の部分が送られてきて。これがやみつきになるくらい美味しいんですよ。だからサイクロンから立ち直っても輸入するようになって、また安く手に入るものだから、みんなよく食べるんですね。しかも向こうは一日三食という意識がないんです。「昼ごはんはいつ食べるの」と訊くと、「朝から数えて何回目の食事か」って訊かれました。三食時間をおいて食べるのではなく、お腹がすいたら食べるらしい。それでも、今までは太っていたとしても健康だったのが、脂身を食べるようになって肥満が増えてしまったんですね。私がトンガに行ったのは12、3年前ですが、当時で4人に1人が成人病だと言われていました。平均寿命が46歳だったんですよ。牧歌的なところだけど、実は健康問題が深刻で、国をあげて食生活の改善に取り組みましょうということで、栄養士の資格を持っている人、エアロビのインストラクターの資格をもっている人などが派遣されて、私は教育現場から栄養指導をするということで行ったんです。
――トンガの方って体格いいですよね。
湊:『ガリバー旅行記』の巨人の国のモデルと言われていますよね。日本にラグビー留学してくる人も多い。以前、大東文化大学にそろばん留学して、その後も活躍したラトゥという選手がいましたが、向こうではヒーローです。