第128回:原田マハさん

作家の読書道 第128回:原田マハさん

アンリ・ルソーの名画の謎を明かすためにスイスの大邸宅で繰り広げられる知的駆け引きと、ある日記に潜んだルソーの謎。長年温めてきたテーマを扱った渾身の一作『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞を受賞、直木賞にもノミネートされて話題をさらった原田マハさん。アートにも造詣の深い著者が愛読してきた本とは? 情熱あふれる読書、そしてパワフルな“人生開拓能力”に圧倒されます!

その5「いちばん熱い読書体験&作家デビュー」 (5/5)

三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33)
『三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33)』
吉川 英治
講談社
821円(税込)
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三国志 (1の巻) (ハルキ文庫―時代小説文庫)
『三国志 (1の巻) (ハルキ文庫―時代小説文庫)』
北方 謙三
角川春樹事務所
617円(税込)
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カフーを待ちわびて (宝島社文庫)
『カフーを待ちわびて (宝島社文庫)』
原田 マハ
宝島社
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風のマジム
『風のマジム』
原田 マハ
講談社
1,575円(税込)
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斜陽 (新潮文庫)
『斜陽 (新潮文庫)』
太宰 治
新潮社
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わたしの名は赤〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)
『わたしの名は赤〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)』
オルハン パムク
早川書房
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ラブコメ
『ラブコメ』
原田 マハ,みづき 水脈
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,296円(税込)
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――その後、小説で衝撃を受けた本はありましたか。

原田:32歳くらいの時に『三国志』を読みました。夫が小学生の時から読んで大切にしていた講談社文庫、吉川英治さんの『三国志』を持っていて、読みすぎてボロボロになっていて。読め読めと言われたんですけれど漢字も多いし登場人物も多くて無理、と手を出さなかったんです。山本周五郎を読んで昔の時代の小説にもちょっと慣れてきていた頃に「第一章を読んでつまらなかったらやめればいいんだから」と言われて、ならばと読んでみたらあまりの面白さに「えーっ!」となりました。すっかりハマってそこから3か月くらいずっと読んでいたのですが、あれはものすごく幸せな読書体験でした。あまりに夢中になったので夫もびっくりしていました。伊藤忠で働いていた時期だったんですけれど、仕事をしていても『三国志』のことしか頭にない。同僚の女の子が買ったという真っ赤なBMWを見て「赤兎馬!」と言ったくらい。まったく理解されませんでした(笑)。北方謙三さんの『三国志』も読んだし、『三国志』の辞典も買ったし人形劇の写真集も買ったし。読み切った時、十年は封印して節目節目に読み返そうと決め、ならば次に私のすべきことは人に薦めることだ! と、人に手紙を書いてまで薦めていました。2年ぐらいその状態をひっぱって、森美術館にいってからも後輩の女子たちに薦めたらみんな読んで、お互いに武将名で呼び合っていました(笑)。ある時、夫と私が海外にいく時に、当時犬を飼っていたので後輩の女の子に10日間くらいドッグシッターを頼んだんですが、その時も『三国志』を置いていって「読め!」と。彼女全巻読んだんです。帰国したら「すごいもの見つけちゃいました」と言われて、最後のページを見てみたら私の字で「嵐の夜、読了」って書いてあって、もう恥ずかしくて(笑)。全然憶えてなかったんですけれど、よっぽど浸っていたってことですよね。いまだにその『三国志』は大事にとってあります。私にとっていちばん熱い読書体験です。

――素敵な読書体験ですよね。その後、小説を書きはじめたきっかけは。

原田:ルソーのことをずっと考えていたんです。何かしたいと思っていたけれど何もできなかった。MoMAに派遣された時にはチャンスだと思いましたね。あそこには「夢」と「眠れるジプシー女」の二点があるので、毎日観にいきました。あとは資料室に行ってルソー関係の資料を全部コピーして。その時すでに小説にするつもりだったんです。キュレーターをやりながら二兎を追ってもいいんじゃないかと思っていました。森美術館に戻った後、社内でいざこざもあって3か月会社を休んじゃったんですが、その時は早稲田の図書館に通ってとにかくルソーの資料を漁りました。会社でも孤立していてこの先どうしたらいいのか分からなくて苦しくて自分でもかなり落ち込んでいたんですけれど、その時期にルソーやアートに助けられたのは間違いないです。それで、一回初心に戻ってアートと接することにしよう、キュレーターにこだわるのはやめて、とにかくいつかルソーの小説を書こうと思ったんです。最終的には円満に退社して、立場としてはフリーのキュレーターになったんですが、自分ではもう書く準備を始めました。今振り返ると戦略を立てていたんだなと思います。ルソーについて書くとは決めていたけれど、そこまでのステップとしてまずは何か書いてみよう、と。だったら六本木ヒルズからいちばん遠い世界を書こうと思って、沖縄の離島に住んで、携帯電話も持っていないような青年の話を書いたら、これがうまくいってデビューできることになりました。

――第1回日本ラブストーリー大賞を受賞した『カフーを待ちわびて』ですね。

原田:フリーになってから時間ができたので大阪の女友達と一緒に旅行するようになったんです。「ぼよよんグルメ」と名付けてその後ずっと続けています(笑)。それで旅をした時に鹿児島の霧島神宮で「結婚してください」という絵馬を見て、神様へのメッセージなのにプロポーズを書くなんて面白いな、となんとなく憶えていたんです。その後、いつか小説にしようと思って、沖縄でラム酒を作っている金城祐子さんに別件で取材をしに行って、これは後に『風のマジム』という小説にしたんですが、その際にふらっと伊是名島に足をのばしたんですよ。そこに犬を連れた人がいたので近寄っていって「なんて名前ですか」と訊いたら「カフーといいます」って。「カフーとは幸せという意味です」と聞いた時に、私のなかでカキーンと何かがヒットしました。犬の名前がカフーだったから、あの小説ができあがりました。偶然があってできた小説なんです。私、『楽園のカンヴァス』だけは虎視眈々と狙いを定めていましたが、他のことは全部、偶然に導かれていますね。

――その後もいろんなテーマ、いろんな切り口で次々と作品を発表されてきましたよね。

原田:好奇心が強いのでいろんなことをやってみたいんです。それに、アートのことはいつか書けると思っていたから、それ以外のところで作家としての経験を積んでおきたかったんですよね。

――読書生活はいかがですか。

原田:相変わらず旅が多いんですが、必ずやっているのは旅先が舞台となっている小説を読むこと。山口に行く時は金子みすずを読むとか、そういうことです。はじめて太宰治の斜陽館に行った時は、平日の一人旅だったんですけれど、津軽鉄道の中でもちろん『斜陽』を開いて。そうしたら、一人旅の女性が他に三人くらい乗っていて、全員『斜陽』を開いていました(笑)。トルコへ行く時はオルハン・パムクの『わたしの名は赤』を読みながら向かって、すごく気持ちが盛り上がりました。16世紀のトルコの話なんですけれど、すごく面白いんです。その時はトルコの作家協会に呼ばれていったんですが、向こうの人に言わせると、トルコには他にも優れた作家がいるのになぜノーベルを受賞したのか分からないって。たまたまニューヨークに住んでいて海外では目立っていたからじゃないか、って、冷めているんですよ。他のトルコ人作家を読むチャンスがないので分かりませんが、私はオルハン・パムクをすごく楽しく読みました。

――機会をうかがっていたルソーの話を、いよいよ書こうと思った経緯を教えてください。

原田:2010年がルソー没後100年だったのでいいタイミングだと思ったんですが、刊行はとても間に合わなくて、2010年にアクションを起こすことにしました。それでその年にパリに3か月間滞在して、ルソーのお墓参りにもいって、小説の舞台となるスイスのバーゼルでも織絵が泊まるホテルに宿泊して、窓からどんな景色が見えるか、エレベーターのドアが何秒で閉まるか、部屋のドアにメモを挟むことができるか、シャワー室から電話まで何秒かかるか、全部確認したんです。お酒が飲めないのにリースリングを飲んだりもして(笑)。楽しかったですね。『楽園のカンヴァス』を書くために、できることは全部やりました。だから書き終えてとても清々しい気持ちです。

――そして見事に山本周五郎賞を受賞されて。そのお祝いの席で今度はピカソの小説を書くという話題が出ていましたが。

原田:いつかピカソを書きたいという気持はあります。自分の中のヒーローなので『楽園のカンヴァス』もピカソを格好よく書いてしまいましたが、やっぱり格好いいピカソを書きたい。91歳まで生きた方ですからいろんなエピソードもあるし謎もある。逸話に恵まれているので小説は書けると思います。でもルソーよりももっと専門家もファンも多いので、批判をかわせられるように書けるかどうかですよね。

――それまでにまた沢山の、まったく異なる小説を発表されるのではないでしょうか。最新刊『ラブコメ』はなんと米づくりの体験談ですよね。

原田:去年、10か月間、漫画家のみづき水脈さんと一緒にコメ作りを体験したんです。彼女は今年も2順目に挑戦しているんですよ。『ラブコメ』は私の初のエッセイでもあるんですが、前半が私のエッセイパートで、後半がみづきさんのコミックパート。ど素人がやった体験として分かり易く、何が大変で何が素晴らしいのか、いかに米が日本人にとって大切なのか、せっせと書きました。ドキュメンタリーではありますが、自分でも書きながら爆笑していたので、楽しく読んでいただけると思います。

(了)