作家の読書道 第130回:辻村深月さん
今年の7月に『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞した辻村深月さん。幼い頃から本に親しみ、小説家に憧れてきたという辻村さんは、どんな作品を読み、何を感じてきたのか。また、作品に描く地方都市の人間関係や思春期の息苦しさは、ご自身の体験と重なるところはあるのでしょうか。今回は、小説家を目指した一人の少女の成長物語としても読める読書道です。
その4「高校時代の読書、そして創作」 (4/6)
- 『パラサイト・イヴ (新潮文庫)』
- 瀬名 秀明
- 新潮社
- 802円(税込)
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- 『凍りのくじら (講談社文庫)』
- 辻村 深月
- 講談社
- 843円(税込)
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- 『戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)』
- 神林 長平
- 早川書房
- 799円(税込)
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- 『OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)』
- 桐野 夏生
- 講談社
- 720円(税込)
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- 『冷たい校舎の時は止まる (上) (講談社ノベルズ)』
- 辻村 深月
- 講談社
- 842円(税込)
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- 『月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)』
- 小野 不由美,山田 章博
- 講談社
- 572円(税込)
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- 『金田一少年の事件簿File(1) (講談社漫画文庫)』
- さとう ふみや
- 講談社
- 648円(税込)
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- 『名探偵コナン (Volume1) (少年サンデーコミックス)』
- 青山 剛昌
- 小学館
- 463円(税込)
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――高校時代はどのような本を。
辻村:やっぱり綾辻さんから知ったミステリで、京極夏彦さんや森博嗣さんを読みました。それと、ちょうど『パラサイト・イヴ』が出たんです。瀬名秀明さんの登場は私にとって衝撃的でした。理系作家ということで、私にとってははじめて文章で理系のことを語ってくれた人なんです。進路に迷っていた頃には、瀬名さんが文系と理系について書いた新書を読みました。国語が好きだから文系にいくならいいけれど数学ができないからという理由ではもったいない、興味があることは何かというところから文系にするか理系にするか決めるといい、ということが書かれてあってものすごく影響を受けました。なんて素敵なんだろう、と思ったのは雑誌の『鳩よ!』のインタビューで瀬名さんがドラえもんについて語っていた記事。その場の空気が分かる書き方がされていて、瀬名さんがガーッと喋った後でもまだまだ喋れますよ、という感じで、「ものすごく詳しくて熱かったと言われましたが、自分の中ではまだ3割くらい」というようなことが書かれていて。とにかく楽しい記事で、私も幸せな気持ちになって、それを読んだことで「ドラえもんが好きです」って言っていいんだ! って思ったんです。いつか私もドラえもんのことでインタビューを受けるくらいになろうって、それが夢になりました(笑)。でもこの動機がなかったら、『凍りのくじら』はああいう話にならなかったかもしれないですね。
――『凍りのくじら』は各章のタイトルがドラえもんの道具の名前になっているし、実際にドラえもんへの言及がありますよね。
辻村:瀬名さんがいなければあの形にはならなかった小説だと思います。他に高校生の頃に読んだものといえば、遠ざかっていたSFもまた手に取るようになりましたね。神林長平さんは中学の時に『戦闘妖精・雪風』を読んで甘くないエンディングに横っ面を張られたようで、それが格好いいと思っていて、その後続編が出たのを機に、また読むようになりました。宮部さんの既刊のものを全部読んだのもこの頃かな。ミステリは全部読んだので時代小説ものを読んだら、こんなにまだまだ読めるものがある!と世界が広がった気がして、とても嬉しかったです。一人の作家を追いかけていくと、いろんなジャンルに触れて、今まで知らなかったものにも抵抗がなくなっていく。高校はそういう時期だったと思います。綾辻さんが乱歩をお好きだと書かれていたからという理由で江戸川乱歩もまとめて読んだし、その流れで親の書棚にあった横溝正史も全部読みました。それと、大学受験の時にちょうど桐野夏生さんの『OUT』を読んでいたんです。明日入試なのに読むのを止められない!という状態でした。主人公の年齢や立場が自分と全く違うのに、ひりひりと身に迫るような感覚があって、たまらなかったです。
――高校生の頃に、綾辻さんにファンレターも出したんですよね。
辻村:それまで綾辻さんの新刊を楽しみにしていたんですが、高校の時に新刊を出される間隔が開いたんです。既刊のものを読み返すしかなかった時期に、私の誤った思いがファンレターを書かせることに...。
――あ、ファンレターという形の催促ですか(笑)。
辻村:バカみたいに気を遣ったのを憶えています。「頑張ってください」って書いたらせかしているみたいだからやめよう、私だって人に頑張ってと言われたら嫌だしな、とか考えて(笑)。自分の日常を綴ったりして大量の手紙を出していたんですが、3年生の2月に「これから受験なのでしばらく書きません」と書いた後、受験や進学でバタバタしていたら、5月に綾辻さんからお手紙をいただいたんです。「受験はどうでしたか、受かって綾辻どころでなくなったのならいいです、もし落ちても長い人生いろいろあるもので、今はそれがすべてに思えるかもしれないけれどすべてではないですよ」って...。泣きました。進学してミステリ研究会に入ったという報告の返事を出したら、サインと「祝大学合格」という言葉が入った、綾辻さんの監修した「YAKATA」というゲームソフトが贈られてきて感激しました。
――綾辻さん、素敵すぎますね...。デビュー作でありメフィスト賞受賞作の『冷たい校舎の時間は止まる』を書き始めたのも、高校生の頃だとうかがっていますが。
辻村:中学の頃はファンタジーを書いていたんです。『十二国記』を読んでいたし、コバルト文庫のファンタジーが大好きだったので、その影響もあって。学校でも当時のクラスメイトが読んで面白いと言ってくれていて。高校で中学の時の友達と離れた時に、はじめて異世界ではなく、教室を舞台にミステリを書くと面白いのではないかと思ったんです。勉強漬けの3年間を送ると言われている進学校で、夕方の5時半くらいまで補習があるので部活に入る自由もないし放課後に寄り道もできないし、帰宅したら予習復習に追われて時間がない。そういう中で、並行して小説世界の中で高校生活を書いてみたくなったんです。当時としてはミステリとしての驚きや構造に目がいっていて、後に評価していただくことになった高校生の心情とか、教室内の閉塞感は枝葉のことでしかなかったんです。枝葉のつもりなのにあれだけ書いて楽しかったのは、自分が高校生活ど真ん中にいたからだと思います。
――それもクラスの人たちに読ませていたんですよね。小説を書いていることを周囲に隠す人も多いなかで、ずいぶんオープンだったんだなあと。
辻村:それを許してくれる環境でした。進学校で100人くらいしかいないコースで、全員の顔と名前がなんとなく分かる、アットホームな環境でした。ドラえもんをバカにされてケンカになった男子も、私が書いたものを読んでくれるようになったし。その頃『金田一少年の事件簿』や『名探偵コナン』が出はじめて人気だったんです。自分たちはそれを読んでいるから犯人当てられる! と言って読んでくれていました。『冷たい校舎の時は止まる』が読者への挑戦状みたいな形になっているのは、そうした身近な読み手を意識していたからだと思います。
――教室内のカーストなどはなかったということですか。
辻村:アットホームだったけれど緩やかなカーストはありました。でも、この頃アニメで『新世紀エヴァンゲリオン』がブームになっていたんです。運動部のキャプテンでモテるような男の子が、サブカル好きの男子に「エヴァのビデオ貸してくれよ」って借りに来ているのを目の当たりにしました。オタクの境界線を取り払ったエヴァンゲリオンの登場はものすごい事件だったんです。私が高校生の頃って安室奈美恵ちゃんを真似したアムラーが全盛だったんですよ。ルーズソックスのアムラーとエヴァンゲリオンが分け目なく教室に存在していました。それくらい圧倒的な存在としてエヴァンゲリオンがあって、アニメの中の表現って明確に変わったと思います。子ども向けのアニメでも、一人がインナーワールドで悩みに入ったりすると、あ、これもエヴァっぽくなったなと語られてしまうようになった。私が『冷たい校舎の時は止まる』で一人ひとりについて書いたのもそうした影響が少なからずあったと思います。でも、そこから間をおかずに『少女革命ウテナ』というアニメの放送が始まったんです。これも『女神転生』と同じく絶対的なものはないということを、アニメでしかできないような形で見せてもらったところがあって。その頃ミステリを読んでいてもオープンエンドのものが多いと感じていたし、エヴァンゲリオンもオープンエンドと呼べる最終回を迎えた直後だったこともあり、ウテナもきっとオープンエンドになるだろうと思っていたら、きちんと物語を真正面から閉じたエンディングを迎えたんですよ。ミステリのような伏線を回収して鮮やかに閉じたんです。そこに作り手の誠実さと凄みを感じました。自分が小説を書く時にも、メタやオープンエンドがやりたくて書くならともかく、逃げの手段としてそれらをやっては絶対にいけない、と学びました。何がフェアかアンフェアかは個人によって違うだろうけれど、その時に「それは美しくない」ということがひとつの基準になる。それはウテナの影響も大きいです。
――その頃から他ジャンルのものに触れても、それをどう自分が書く小説に反映させるか考えていたんですね。
辻村:小さい頃から小説を書いていたので、アニメに影響を受けたからといってアニメを作りたい、という風には考えなかったですね。ここで受けたこの影響をどう小説に活かすかと考えます。小説のジャンルでまだ人がやっていないことをアニメやゲームから知ることができる私は有利な立場にいるかもしれないですね。漫画でも大事な一冊があります。岡崎京子さんの『リバーズ・エッジ』。高校3年の頃、学校に行く途中にあるコンビニに一冊だけおいてあったんです。岡崎さんは『pink』は読んだことがあったけれど自分の価値観からはまだ遠いと思っていたんですが、これはパラパラと開いただけで、読んだ内容と文章がぐるぐるとまわって頭の中でとまらなくなりました。学校に行きたくない朝にコンビニに寄って、ちょっとずつ読み進めていったんです。もったいなくて一気読みできなかった。場面場面で強烈に憶えているので、エピソードの時系列は今も曖昧かもしれません。自分のために書かれたものだとか、自分のことが書かれているんだと、熱烈に思った一冊でした。大人でないこと、作家でないこと、そいういうことすべてがもどかしくてたまらなかった頃に、すがりつくように読んだ本。あ、立ち読みで一通り読んで2巡めに入った時に、ようやく買いました(笑)。今も仕事部屋においてありますが、あれほど切実な気持ちで本を読んでいた当時の自分がうらやましいし、あんな体験は二度とできないと思う。その意味では、今も見るたびに胸が苦しくなります。
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- 『リバーズ・エッジ 愛蔵版』
- 岡崎 京子
- 宝島社
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- 『pink』
- 岡崎 京子
- マガジンハウス
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