作家の読書道 第138回:畑野智美さん
2010年に地方都市のファミレスを舞台に人間模様を描く『国道沿いのファミレス』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー、二作目の『夏のバスプール』がフレッシュな青春小説として評判を呼び、三作目、図書館に勤務する人々の群像劇『海の見える街』は吉川英治文学新人賞の候補に。今大注目の新人作家、畑野智美さんは一体どんな人? 読書遍歴はもちろん、作家になるまでの経緯、そして最新作についてもおうかがいしました。
その5「デビュー後の生活」 (5/6)
――この作品で小説すばる新人賞を受賞しデビューが決まったわけですが、その後の生活に何か変化はありましたか。
畑野:バイトを辞めた時は本当に感動しました。一昨年の終わりまで白夜書房で働いていたんです。10数年間ずっとバイト生活をしていて、時給の計算ばかりして、景気が悪くなると「お前らクビにするぞ」という空気に不安になって、さらにはバイト先がつぶれないかどうかも心配して...。そうした不安にずっと苛まれてきたので、稼いでもないのに辞められることが嬉しかった。特にマッサージ屋の院長には「本を読んでないでマッサージ師になれ」と言われていたので「新人賞獲ったので辞めます!」と言った時の気分のよさは夢のようでした。
――バイトを辞めたことで時間の使い方も変わったのでは。最近の1日のタイムテーブルは。
畑野:NHKの「あまちゃん」を見ることが最高の楽しみになっているので、見過ごすのが怖くて7時半くらいに自然と目が覚めます。ずっと朝ドラを見てきましたが、「あまちゃん」は最高に面白い。8時から「あまちゃん」を見て、8時15分に1日で一番の楽しみがはやくも終わり、朝ご飯を食べて新聞を読んでインターネットを見てツイッターを見て、10時には仕事を始めます。13時まで仕事をしてお昼を食べて、午後はゲラを読んだり、取材などがある場合は出かけて、なければ本を読んだり映画を観に行ったり。最近夜は演劇を見にいくか打ち合わせで食事ということが多いです。
――本を読む時間も確保できていますよね。
畑野:そのわりに本を読む量は減った気がするんです。読む本は、ちょっと前までは資料になるようなものに目を通すように心がけていたんです。ためになるだろうと思った本とか、人に薦められた本ばかりを読んでいたら、つまらなくなってしまったのかもしれません。それで、最近は好きな本を読もうと思って。向田邦子さんの全集を買いました。ほぼ全部読んでいたり持っていたりするんですが、それを買えるようになったことが嬉しくて。バイトしていた頃はよく時給に換算して考えていたんです。時給850円とか900円なので1冊買うのに文庫は30分、単行本は2時間ぶん働かなくてはいけない。その時間を小説の執筆にあてるか働いて本を買うのか。お芝居をひとつ観に行くのでも、1日働けば観られるけれどそのぶん小説を書く時間を削らなければならない。そういうことは今でもよく考えます。でも向田さんの全集が出た時、ほしいと思ったんです。誰かの全集をバーンと買いたくて、買うなら向田さんを買いたかった。買えた時は「やったー!」って思いました。あとは最近、今まで読んだことのなかった「赤毛のアン」シリーズも、集英社みらい文庫から羽海野チカさんが表紙を描いているシリーズが出たので、それで読んでいます。あとは広瀬正さん。『マイナス・ゼロ』を読んでこんなに面白いのかと思って他の作品も読もうとしたら、集英社文庫で6冊しか出ていないんです。いつか自分でもSFを書きたくて宇宙に関する難しい本も読んでいるんですが、この難しい本を読んだら広瀬さんのこれを読む、という風に決めて読んで、もうあと未読のものが1冊しかないんです。いつ読もうか悩みます。SFは他にも読んでいて、筒井康隆さんの『時をかける少女』は今読んでもやっぱり面白いですね。安部公房のちょっと奇妙な感じの小説も楽しみとして読んでいます。
――『マイナス・ゼロ』や『時をかける少女』となると、SFのなかでもタイムスリップものですか。
畑野:タイムマシンは書きたいですね。「『時をかける少女』が書きたいんです」と突然言って打ち合わせを混乱させてます。小中学生の頃に宇宙人が来たらどうなるだろうって妄想していた頃を思い出して、ああいうのも楽しいな、って思います。藤子・F・不二雄先生のSF短編も改めて読んでみると、ものすごくブラックなんですよね。SFではないけれど、漫画といえば『海の見える街』で出したので赤塚不二夫先生の『もーれつア太郎』も最近になって箱入りの全巻セットを買ったんです。お二方の作品って、実は短いなかに難しいテーマを盛り込んでいて奥が深い。ああいうことができるようになりたいなと思いますね。
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