作家の読書道 第148回:山田太一さん
語り継がれる数々の名台詞、名場面を生み出してきた脚本家の山田太一さん。小説家としても山本周五郎賞を受賞するなど注目されてきた彼は、どのような書物に親しんできたのか。筋金入りの読書家でもあるだけに、残念ながらすべて紹介するのは不可能。なかでも気に入った本について、ご自身の体験を交えてお話ししてくださいました。
その5「最近の読書生活」 (5/5)
――一日の過ごし方は決まっていますか。
山田:午前中は仕事をしています。テレビは連続ものだと半年とか一年も続く仕事になるので、規則正しくしておかないともたないんです。それが習慣になっていますね。ゆきづまったら本を読む。仕事とは全然関係のない本でも、思いがけない恵みをもらうことがあります。援軍がいないので、そういうものは勝手放題利用しなくちゃ。映画を観に行ってその映画自体は面白くなくてもシーンの切り方やテンポに教えられるものがあったりしますし、本屋に行ってぱっと本を開いて見た文章がすごくよかったりすることもあります。
――書店にはよく行きますか。
山田:行ってうろうろして、気に入ったものはつい買ってしまいます。本ってそんなに高いものではないから、いくら買うといってもせいぜい一度に一万円でしょう。それに、最近は新刊で気になっている本があっても、すぐ店頭から消えちゃいますね。あれあれ、あの一行を目にした本、なんだっけと思い出せなかったりして、後悔したりする。
――今、新刊が出たら買うという現代作家はいますか。
山田:ミラン・クンデラですね。小説も、『小説の精神』といった評論も面白かったですね。『ジャックとその主人』という戯曲があるでしょう。あの前書きは素晴らしいですね。本屋でぱっと読んですごく格好いいと思いました。彼はチェコから亡命して、フランス語で書いている人ですから、他者に対して油断をしていないですね。パッと人の心を掴むような文章を書くのが上手い。たとえば、今は通信が発達して世界的にみな似た心理を持つようになったから心理描写はしない、と言う。そこまで世界中の人が似てきているとは思えないけれど、でもそういう啖呵を切るようなところも楽しいですね。
――山田さんのいちばん新しいエッセイ集『月日の残像』では、幼少の頃からの話やお仕事のことのほかに、いろんな本についても触れられていますし、引用などもありますね。ジャンルを問わず幅広く深く、楽しく読書をされている印象です。
山田:今日はある程度ピックアップしてお話しましたけれど、本当は雑読でなんでもかんでも読んできたんです。読んでもすぐに忘れてしまう本もありますし。直近は藤田嗣治の『随筆集 地を泳ぐ』を読んでいます。第一次世界大戦の頃、彼はパリにいて、「今ノートルダムがやられた」とか「どこそこもやられた」と書かれてあって、こんなにパリが爆撃されていたのかと、びっくりしました。つくった話も入っているのかもしれませんが。生活も苦しいんですよね。有名なモデルのキキの絵を描いてやっと1枚売れたから「ご飯を食べに行こう」と言うとキキが「いいけど、わたし裸なの」ってコートしか持っていない。つまり売ってしまって着る服もない。お金がなくてギリギリで生きているのね。
――今後、ドラマや本のご予定は。
山田:ドラマはひとつ撮りおわって、それが年内に放送される予定です。あとこれから取材を始めるものがひとつ。本は6月に『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』という、以前出した親子論の新版がPHP新書から出ます。20年前に書いたものですからいろいろ手を入れようと読み返したら、本質的な部分は特に直す必要はなかった。でも通信ツールなどは劇的に状況が変わっていますから、新たに短いあとがきは書きました。
(了)